第22話 選別の部屋
通路は、さらに奥へと続いていた。
踏み込むほどに、空気が変わる。
重い。
湿っているわけでも、淀んでいるわけでもない。
ただ――均一すぎる。
ロックが眉をひそめた。
「……なんだここ。静かすぎるだろ」
セリナは周囲を見渡す。
「音が吸われてる……いえ、違う」
わずかに首を振る。
「最初から、“余計なものがない”」
必要なものだけを残した空間。
それが、逆に不気味だった。
ガルドは何も言わない。
ただ、前へ進む。
やがて現れた扉は、これまでとは明らかに異質だった。
石ではない。
継ぎ目のない、滑らかな金属。
ロックが低く言う。
「……いよいよ本丸って感じだな」
セリナが手をかざす。
「封鎖はされてない……観測優先ね」
その言葉に、ロックが苦笑する。
「歓迎されてんのかよ、俺たち」
「ええ」
セリナは静かに答えた。
「“試されてる”のよ」
扉を押す。
抵抗なく開いた。
中に広がっていたのは――
整いすぎた空間だった。
無駄がない。
配置も、構造も、すべてが合理的。
そして、その中に並ぶもの。
ロックの足が止まる。
「……おい」
視線の先。
そこにあったのは、人だった。
壁に固定されている。
拘束具。
体に走る管。
刻まれた魔法陣。
焦点の合わない目。
生きている。
だが、それだけだ。
セリナの表情が固まる。
「……実験体」
ゆっくりと歩み寄る。
一人ではない。
二人でもない。
並んでいる。
整然と。
まるで、物のように。
ロックが低く吐き捨てる。
「……趣味悪ぃな」
セリナは一体の前で足を止める。
耳を見る。
「……エルフじゃない」
人間。
獣人。
種族は統一されていない。
だが共通している。
「……全部、“未完成”」
声が、わずかに震える。
「適性を見て……選別してる」
ロックが腕を組む。
「じゃあ、ここにいるのは――」
「失敗作」
短く言い切った。
その時。
カチ、と。
微かな音。
セリナの視線が跳ね上がる。
「来る」
空間が歪む。
現れたのは、黒装束の人影。
無駄のない動き。
感情のない目。
ロックが構える。
「人形か?」
返答はない。
次の瞬間、踏み込んでくる。
速い。
ロックが剣で受ける。
「っ……!」
重い。
力ではない。
無駄のなさが、そのまま圧になっている。
セリナが矢を放つ。
当たる。
だが止まらない。
「……効いてない」
「いや」
セリナが即座に訂正する。
「効いてる。でも――止まらないだけ」
ガルドが一歩前に出る。
敵の動きが変わる。
標的が切り替わる。
一直線に踏み込む。
その瞬間。
ガルドの剣が動いた。
交差。
一閃。
敵の身体が揺れる。
だが、切れていない。
浅い。
それでも――変化が起きる。
動きが、鈍る。
明らかに。
ロックが目を見開く。
「……おい?」
さっきまでの精密さが消えている。
ただの人間の動き。
いや、それ以下だ。
セリナの目が細くなる。
(……今の)
ガルドがもう一度踏み込む。
今度は深く。
斬る。
血が飛ぶ。
肉が裂ける。
今度は、確かに切断された。
敵は崩れ落ちる。
動かない。
完全に沈黙した。
静寂が戻る。
ロックが息を吐く。
「……なんだ、今の」
ガルドは答えない。
剣をわずかに下ろすだけ。
セリナは敵の死体を見る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……強化が消えてる」
ロックが眉をひそめる。
「強化?」
「ええ」
視線はガルドの剣へ。
「さっきまで、あの個体は魔力で身体能力を底上げされてた」
「でも今は違う」
「ただの肉体に戻ってる」
ロックが小さく息を吐く。
「つまり……弱くなったってことか?」
セリナは少しだけ考え、
そして言った。
「弱くなった、というより――」
「“維持できなくなった”」
短い沈黙。
ロックが苦笑する。
「なんだそりゃ……」
だが、冗談では済まない。
セリナの視線は鋭いままだった。
「魔法を消してるんじゃない」
「魔法が成立するための流れを、断ってる」
それが何を意味するか。
完全には分からない。
だが――
危険だ。
確実に。
ガルドはその視線を受けても、何も言わない。
ただ、剣を一度見て。
鞘に納めた。
セリナは視線を外す。
今は考えるべきではない。
優先すべきものがある。
「……行きましょう」
ロックが頷く。
「ああ。こんなとこ、長居したくねえしな」
ガルドはすでに歩き出している。
その背中を見ながら、
セリナの胸に残るものがあった。
違和感ではない。
もっとはっきりした感情。
――不安。
だが、それでも。
進むしかない。
リゼを、助けるために。
整いすぎた空間の奥へ。
三人は、さらに踏み込んでいく。
観測されるままに。




