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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

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第153話 名を残さぬ英雄

黒い亀裂が。


レオンの右目へ伸びていく。


「レオン!」


アルヴェインが叫ぶ。


レオンは。


黒剣を握ったまま。


ゆっくりと振り返った。


左目は赤。


右目は。


まだ。


レオンのままだった。


「まだ」


声が。


二重に響く。


「大丈夫です」


「その台詞を」


アルヴェインは。


地面へ手をつきながら言う。


「今まで何度聞いたと思っている」


レオンは。


ほんの少し。


笑った。


「では」


「今回で最後にします」


「馬鹿を言うな!」


アルヴェインが。


立ち上がろうとする。


だが。


身体が動かない。


失った左腕。


裂けた脇腹。


精霊力も。


ほとんど残っていない。


それでも。


右手を。


レオンへ伸ばす。


「剣を離せ!」


「離れません」


「なら」


アルヴェインの声が。


震えた。


「戻ってこい」


レオンは。


答えなかった。


黒剣の中。


ノアが叫ぶ。


『レオン!』


『まだ僕がいる!』


『契約を使え!』


『こっちへ流せ!』


「駄目です」


『何で!』


「あなたまで」


「邪竜にしたくありません」


『僕は剣の中だ!』


「だからです」


レオンは。


黒剣へ視線を落とした。


「次へ」


「残ってください」


ノアの声が。


止まる。


『次……?』


「黒剣は」


「ここで終わらない」


「終わらせられません」


邪竜の力。


黄金の翼。


喰われた記憶。


四人の誓約。


そして。


邪竜が捨てた心。


あまりにも多くのものが。


一本の剣へ残っている。


壊せば。


何が解き放たれるか。


誰にも分からない。


「だから」


レオンは言う。


「誰かが」


「次へ渡さなければならない」


『嫌だ』


ノアが。


低く言う。


『それじゃ』


『君が』


「はい」


『そんなの』


「ノア」


レオンの声が。


少しだけ。


優しくなる。


「お願いがあります」


『聞きたくない』


「次の持ち主を」


『嫌だ』


「一人にしないでください」


ノアは。


何も言えなかった。


---


石像となったグラムの前。


戦槌バルガンが。


赤く光る。


アルヴェインの胸。


緑の契約紋。


黒剣。


青い輪。


三つが。


同時に反応した。


レオンの身体から。


黒い霧が溢れ始める。


右目。


そこまで。


亀裂が届いた。


瞳が。


一瞬。


赤く染まる。


『我は』


低い声。


『レオン』


アルヴェインが。


顔を上げる。


レオンの口が。


動いていない。


だが。


声は。


確かに彼の中から聞こえた。


『我は』


『黒剣の主』


『我は』


レオンの右手が。


勝手に動く。


黒剣が。


アルヴェインへ向く。


「……っ!」


アルヴェインは。


逃げない。


ただ。


レオンを見る。


「来い」


レオンの身体が。


震える。


『殺せ』


邪竜の声。


『最初に』


『そいつを』


黒剣が。


持ち上がる。


アルヴェインは。


目を逸らさない。


「レオン」


静かに。


名を呼ぶ。


それだけ。


レオンの剣が。


止まった。


『斬れ!』


「レオン」


もう一度。


『斬れ!』


「レオン!」


石像のグラム。


胸元。


赤い契約紋が。


激しく光った。


音ではない。


だが。


確かに。


声がした。


――馬鹿人間。


レオンの瞳が。


揺れる。


黒剣の中。


ノアが。


叫ぶ。


『レオン!』


三つの声。


三人の仲間。


レオンの右目から。


赤い涙が流れた。


「……聞こえています」


アルヴェインの顔が。


歪む。


「なら」


「戻れ!」


「戻れません」


「戻れ!」


「アルヴェイン」


レオンは。


黒剣を。


自分の胸へ向けた。


アルヴェインの瞳が。


見開かれる。


「何をする!」


「止めます」


「やめろ!」


「私を」


「私のままで」


刃先が。


胸当てへ触れる。


『レオン!』


ノアが。


黒剣の中から。


必死に刃を止める。


『そんな方法じゃなくても!』


「ありますか」


『探す!』


「時間がありません」


『作るって言っただろ!』


レオンは。


小さく笑った。


「そうでした」


一瞬。


迷う。


だが。


黒い亀裂は。


すでに喉へ。


顔へ。


広がり続けている。


遠く。


白い街の方角。


黒い雲が。


再び集まり始めていた。


邪竜の力が。


レオンを中心に。


新たな形を取ろうとしている。


「だから」


レオンは。


剣先を胸から外した。


「少しだけ」


「別の方法を試します」


アルヴェインが。


息を呑む。


レオンは。


黒剣を地面へ突き立てる。


両手で。


柄を握る。


「ノア」


『何』


「契約を」


「切ります」


『……何?』


「私だけ」


四つの輪。


レオン。


アルヴェイン。


グラム。


ノア。


「三人は」


「剣に残してください」


『待て』


「私は」


「外れます」


ノアの声が。


震える。


『そんなことしたら』


『黒剣の負荷が』


「私へは来ません」


『違う!』


『君自身が』


『黒剣から切り離される!』


「はい」


『それは』


ノアが。


言葉を失う。


契約を切る。


それは。


力を失うことではない。


黒剣が保持する。


レオンの名。


レオンの記憶。


レオンという存在そのもの。


それを。


剣から消すこと。


『駄目だ』


「これなら」


『駄目だ!』


「次の持ち主へ」


『君のことが残らない!』


レオンは。


静かに答えた。


「それでいいんです」


アルヴェインが。


身体を引きずり。


レオンへ近づく。


「よくない!」


「歴史に残せ!」


「お前が戦ったことを!」


「何のために」


「ここまで!」


レオンは。


アルヴェインを見る。


「名が残るために」


「戦ったわけではありません」


アルヴェインの手が。


止まる。


「守れたなら」


「それで十分です」


「十分なものか!」


「私は」


アルヴェインの声が。


掠れる。


「覚えていると」


「約束しました」


レオンは。


頷いた。


「だから」


「お願いします」


「私の名を」


「歴史には残さないでください」


アルヴェインの瞳が。


揺れる。


「なぜ」


「邪竜を倒した者として」


「黒剣を使った者として」


「私の名が残れば」


レオンは。


黒剣を見る。


「次の誰かが」


「同じことをしようとする」


英雄の剣。


邪竜を倒した剣。


世界を救った力。


そう伝われば。


必ず。


誰かが。


黒剣を求める。


「黒剣は」


「英雄の証ではない」


「背負うものです」


「だから」


「私を」


「英雄にしないでください」


アルヴェインは。


俯いた。


長い。


長い沈黙。


やがて。


右手を。


レオンの肩へ置く。


「……分かった」


声が。


震えている。


「だが」


「一つだけ」


レオンが見る。


「歴史が忘れても」


「私は」


「忘れない」


レオンの表情が。


僅かに緩む。


「はい」


「それで十分です」


---


レオンは。


黒剣を握る。


「ノア」


『……嫌だ』


「お願いします」


『嫌だ』


「次を」


『僕は』


「ノア」


レオンは。


初めて。


強く言った。


「生きてください」


沈黙。


やがて。


黒剣から。


泣き声のような。


小さな声。


『……ずるい』


「すみません」


『謝るな』


「努力します」


『最後まで』


『それかよ』


レオンは。


笑った。


本当に。


静かに。


黒剣の四つの輪へ。


手を置く。


白い輪。


自分の名。


「レオン」


最後に。


自分で。


自分の名を呼ぶ。


白い輪が。


砕けた。


激痛。


黒剣から。


何かが抜け落ちる。


レオンの戦い。


声。


笑顔。


悲しみ。


名前。


一つずつ。


剣から消えていく。


黒い亀裂も。


同時に。


身体から薄れていく。


邪竜の力が。


行き場を失い。


空へ流れ出す。


『待て!』


邪竜の残響が。


叫ぶ。


『器が!』


『我の器が!』


レオンは。


黒剣から。


手を離した。


今度は。


離れた。


完全に。


黒剣が。


雪の上へ落ちる。


レオンの身体も。


ゆっくりと。


崩れた。


アルヴェインが。


抱き止める。


「レオン!」


「……はい」


まだ。


声はある。


右目も。


元の色へ戻っている。


「戻った」


アルヴェインが言う。


「戻ったぞ」


レオンは。


首を横へ振った。


「少し」


「遅かったようです」


胸。


心臓の上。


黒い亀裂。


そこだけは。


消えていない。


邪竜の最後の一部が。


深く。


魂へ食い込んでいた。


アルヴェインは。


何も言えない。


レオンは。


石像のグラムを見る。


そして。


黒剣。


その中にいる。


ノアを見るように。


目を細めた。


「二人に」


「よろしく」


『自分で言え!』


ノアの声。


レオンは。


少しだけ笑う。


「グラムには」


「聞こえているでしょうか」


戦槌バルガンが。


小さく。


一度。


鳴った。


カン。


鍛冶場の。


槌音のように。


レオンは。


目を閉じる。


「なら」


「よかった」


雪が。


静かに降る。


邪竜の姿は。


もうない。


空も。


少しずつ。


青さを取り戻している。


アルヴェインは。


レオンを抱えたまま。


何も言わなかった。


やがて。


レオンが。


小さく呟く。


「次の持ち主を」


「一人にしないでください」


「必ず」


アルヴェインが答える。


「約束する」


「ありがとうございます」


それが。


竜騎士レオンの。


最後の言葉だった。


胸の黒い亀裂が。


静かに。


光へ変わる。


身体が。


雪の中へ。


ゆっくりと崩れていく。


血ではない。


灰でもない。


白い光。


アルヴェインの腕の中から。


少しずつ。


空へ昇っていく。


最後に残ったのは。


小さな。


騎士団章だけ。


名前は。


刻まれていない。


アルヴェインは。


それを。


強く握った。


「……覚えている」


誰にも聞こえない声で。


呟く。


「私が」


「覚えている」


少し離れた場所。


雪の上。


黒剣が。


静かに横たわっていた。


三つの輪。


緑。


赤。


青。


その中央。


かつて白い輪があった場所だけが。


空白になっている。


ノアは。


剣の奥で。


声を殺して泣いていた。


そして。


誰にも知られず。


誰の記録にも残らず。


邪竜を倒した一人の騎士は。


歴史から消えた。


残されたのは。


一本の黒剣。


一人のエルフ。


石となったドワーフ。


そして。


剣の中の声。


それだけだった。

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