第148話 最後の遠征
白い光が。
雪空を裂いた。
邪竜の吐息と。
五つの光が正面からぶつかり合う。
大気が震える。
城壁が軋み。
積もった雪が一瞬で蒸発した。
レオンの両足が。
石畳へ深く沈む。
黒剣から伸びた根が。
腕へ。
胸へ。
さらに深く。
心臓の鼓動へ絡みついていく。
『もっと』
邪竜の声が。
剣を通じて響く。
『力を寄越せ』
レオンは歯を食いしばる。
「断ります」
『その力で』
『街を守っている』
『我を拒めば』
『全て消えるぞ』
黒い吐息が。
再び押し込んでくる。
五色の光が。
少しずつ後退する。
アルヴェインが。
残った右腕で弓を構えた。
「レオン!」
緑の矢が。
光の流れへ突き刺さる。
精霊光が広がり。
押し返す力へ変わる。
グラムも。
戦槌を地面へ叩きつけた。
赤い火花が。
レオンの足元から黒剣へ流れ込む。
「一人で受けるな!」
「分かっています!」
レオンの声は。
すでに掠れていた。
黒い根が。
首筋へ達する。
左目の奥が熱い。
視界の半分が。
赤く染まり始めている。
剣の中。
ノアが叫ぶ。
『レオン!』
『契約を分けろ!』
「今は」
「できません」
『なぜ!』
「五人目を守っているからです」
ノアの隣。
幼い黒竜が。
震えながら身を縮めている。
五つ目の灰色の輪。
邪竜が捨てた心。
それを契約の外へ押し出せば。
負荷は分散できる。
だが同時に。
幼い黒竜は。
邪竜本体へ引き戻される。
『僕が守る!』
ノアが言う。
『だから君も分けろ!』
レオンは。
黒剣を握ったまま。
僅かに首を横へ振る。
「あなた一人にも」
「背負わせません」
『今それを言う?』
「今だからです」
ノアが。
怒ったように息を吐く。
『本当に』
『君は面倒だ』
「よく言われます」
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邪竜の吐息が。
突然止まった。
衝撃の反動で。
レオンは後方へ吹き飛ばされる。
石畳を転がり。
黒剣が手から離れかけた。
その瞬間。
邪竜の翼が。
空を覆う。
一度。
羽ばたく。
それだけで。
白い街の塔が三本倒れた。
「避難を急げ!」
アルヴェインが叫ぶ。
生き残った兵士たちが。
市民を城外へ誘導する。
だが。
邪竜は街を見ていなかった。
赤い瞳は。
ただレオンだけを追っている。
『来い』
『我が牙』
黒剣が。
地面を滑る。
邪竜へ引かれる。
レオンは柄へ手を伸ばす。
寸前。
グラムの戦槌が。
黒剣の前へ振り下ろされた。
石畳が割れ。
剣の動きが止まる。
「勝手に行くんじゃねぇ!」
グラムが怒鳴る。
黒剣へ向けてなのか。
レオンへ向けてなのか。
分からない。
レオンは。
ゆっくり立ち上がる。
「助かりました」
「礼は後だ」
グラムは。
邪竜を見上げる。
「ここじゃ戦えん」
アルヴェインも頷く。
「街を巻き込む」
「誘い出す必要がある」
レオンは。
邪竜の背後を見る。
北。
雪原の果て。
黒い山脈。
人の住まない。
死の谷。
「竜骸谷」
アルヴェインが言う。
「古い竜たちの墓場だ」
「そこなら」
「被害は抑えられる」
グラムが鼻を鳴らす。
「問題は」
「あいつが付いてくるかだ」
邪竜が。
低く嗤う。
『どこへ行こうと』
『牙は我へ戻る』
レオンは黒剣を拾う。
「なら」
「来ていただきましょう」
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白い街の外。
雪原。
レオンたちは。
邪竜を背に走っていた。
先頭はアルヴェイン。
片腕でも。
足取りは速い。
精霊の風が。
三人の身体を押している。
グラムは。
石化した脚を引きずりながら。
最後尾を走る。
一歩ごとに。
黒い石が砕け落ちる。
レオンは中央。
黒剣を背負っている。
だが。
鞘の中で。
刃が絶えず暴れていた。
背後。
邪竜は。
空を飛ばない。
巨大な脚で。
大地を踏み砕きながら追ってくる。
一歩。
山が揺れる。
二歩。
雪崩が起きる。
遠くから見れば。
夜そのものが。
こちらへ押し寄せてくるようだった。
「まだか!」
グラムが叫ぶ。
アルヴェインは。
前方の峡谷を見る。
「あと少しだ!」
ノアの声が。
黒剣から響く。
『レオン』
『君の輪が』
レオンの腕。
五つの契約紋。
その中心。
自分の輪だけが。
赤黒く染まり続けている。
「分かっています」
『分かってない』
『このまま戦えば』
『君が先に飲まれる』
レオンは答えない。
『レオン』
「ノア」
『何』
「もし」
「私が戻れなくなったら」
『聞かない』
「聞いてください」
『嫌だ』
「あなたに」
「頼みがあります」
ノアの声が。
止まる。
レオンは。
前を走る二人を見る。
アルヴェイン。
グラム。
何度も。
背中を預けた仲間。
「二人に」
「私を止めるよう伝えてください」
『自分で言え』
「言えば」
「止められます」
『それでいい!』
「今は」
「邪竜を倒す方が先です」
ノアが。
黒剣の中で怒鳴る。
『また一人で決めるのか!』
レオンは。
静かに答えた。
「違います」
「これは」
「お願いです」
ノアは。
何も言えない。
「決めるのは」
「あなたたちです」
長い沈黙。
やがて。
ノアが掠れた声で言う。
『ずるい』
「すみません」
『謝るな』
「努力します」
『今は本当に』
『それを言うな』
レオンは。
ほんの少し笑った。
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竜骸谷。
巨大な竜骨が。
雪の中から突き出している。
何百年。
何千年。
風に削られた白い骨。
峡谷の中央には。
古い祭壇があった。
円形。
五つの溝。
レオンたちは。
その中心へ入る。
アルヴェインが周囲を見る。
「ここは」
「竜を葬る場所だ」
グラムは。
戦槌で地面を叩く。
「硬い」
「悪くねぇ」
レオンは。
黒剣を抜く。
五つの輪が。
淡く光る。
「ここで」
「終わらせます」
邪竜が。
峡谷の入口へ現れる。
翼を広げる。
竜骨が。
その風圧で砕ける。
『終わるのは』
『お前だ』
赤い瞳。
黒い牙。
喉の奥へ。
再び黒い光が集まり始める。
アルヴェインは。
残った一本の矢を番えた。
グラムは。
戦槌を両手で構える。
ノアは。
黒剣の中で幼い黒竜の手を握る。
『怖い?』
幼い黒竜が。
小さく頷く。
ノアは。
その手を強く握る。
『僕も』
『でも』
『一人じゃない』
レオンは。
二人の仲間を見る。
「アルヴェイン」
「何だ」
「グラム」
「おう」
「最後まで」
一瞬。
言葉が詰まる。
だが。
二人は。
続きを待たなかった。
アルヴェインが言う。
「いる」
グラムも。
笑う。
「言われなくてもな」
レオンは。
静かに頷いた。
黒剣を構える。
邪竜が。
大きく口を開く。
そして。
竜骸谷全体を震わせる咆哮とともに。
最後の戦いが始まった。




