第144話 もう一人のレオン
二人のレオンが。
同時に地を蹴った。
黒い柱の前。
地下の空気が裂ける。
偽レオンの剣が。
横薙ぎに振るわれた。
レオンは黒剣で受ける。
激突。
黒と黒。
同じ軌道。
同じ間合い。
同じ癖。
刃が触れた瞬間。
レオンの手首へ。
重い衝撃が走った。
「……っ!」
偽レオンが笑う。
「遅い」
蹴り。
腹部。
レオンは腕で受ける。
身体が後方へ飛ばされる。
石床を滑る。
黒剣を突き立て。
辛うじて止まった。
『レオン』
ノアの声が。
刃の中から響く。
『こいつ』
「分かっています」
レオンは立ち上がる。
偽レオンは。
黒い柱の前に立ったまま。
剣先を下げる。
「僕は」
「君の戦い方を知っている」
「呼吸も」
「迷う瞬間も」
「誰を守ろうとするかも」
左右で色の違う瞳が。
静かに細くなる。
「全部」
「君から作られたから」
レオンは答えない。
ただ。
相手の足元を見る。
影はない。
だが。
黒い柱から。
無数の糸が伸びている。
背中。
腕。
首。
胸。
人形を操る糸のように。
偽レオンへ繋がっていた。
「あなたは」
レオンが言う。
「柱から離れられない」
偽レオンの笑みが。
僅かに止まる。
「試す?」
レオンは剣を構える。
「いいえ」
「確認です」
次の瞬間。
姿が消えた。
偽レオンの横。
低い姿勢。
黒剣を振るう。
偽レオンが受ける。
金属音。
レオンは。
そのまま刃を滑らせた。
狙いは身体ではない。
背後の黒い糸。
一本。
斬れる。
偽レオンの左腕が。
僅かに遅れた。
「なるほど」
怒りではない。
むしろ。
楽しそうな声。
「僕を斬るんじゃない」
「繋がりを斬るつもりか」
「あなたを救うには」
レオンが一歩踏み込む。
「それしかありません」
「また救うの?」
偽レオンの剣が。
下から跳ね上がる。
レオンの頬が裂けた。
血が飛ぶ。
「僕が」
「何人殺したかも知らずに」
「あなた自身が」
「殺したわけではない」
「同じだ!」
偽レオンが吠えた。
剣が加速する。
一撃。
二撃。
三撃。
レオンは受ける。
弾く。
逸らす。
だが。
少しずつ押されていく。
同じ剣技。
同じ身体。
それでも。
偽レオンには迷いがない。
躊躇がない。
守るものもない。
殺すためだけの。
最短の剣。
レオンの肩へ刃が入る。
鎧が裂ける。
血が流れる。
「君は遅い」
偽レオンが囁く。
「守ろうとするから」
再び。
剣が迫る。
レオンは身をひねる。
刃が脇腹を掠める。
「なら」
レオンは相手の懐へ入った。
左手で。
偽レオンの手首を掴む。
「遅いままで」
頭突き。
鈍い音。
偽レオンの身体が揺れる。
その隙に。
黒剣を逆手へ持ち替える。
背後の糸へ。
刃を突き立てた。
二本。
三本。
黒い糸が切れる。
偽レオンの身体が。
大きくよろめく。
「……なぜ」
レオンは。
剣を構え直す。
「守る剣が」
「殺す剣より遅いとは」
「限りません」
---
地下の上層。
アルヴェインとグラムは。
黒い石像となった人々を避難させていた。
片腕を失ったアルヴェインは。
残った右手と歯で弓を引く。
放たれた矢が。
石像を操る黒い糸だけを射抜いた。
一本。
二本。
三本。
人々の黒い目に。
僅かな光が戻る。
グラムは。
半ば石化した脚を引きずりながら。
倒れた兵士を担ぎ上げる。
「次!」
「西側の通路だ!」
一人の兵士が叫ぶ。
「崩れます!」
「だから急げ!」
グラムが怒鳴る。
その胸元。
四つの輪の一つが。
淡く光っている。
レオン。
離れていても。
まだ繋がっている。
アルヴェインも。
腕の紋章を見る。
「生きている」
グラムが問う。
「分かるのか」
「分かる」
「なら問題ねぇ」
「問題しかない」
アルヴェインは。
次の矢を番える。
「それでも」
「戻ると約束した」
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地下最深部。
偽レオンの背後。
残る黒い糸は。
あと四本。
レオンは。
肩で息をしていた。
偽レオンも。
片膝をついている。
だが。
顔には。
まだ笑みが残っていた。
「切ったところで」
「柱は残る」
「分かっています」
「柱を壊せば」
偽レオンは。
黒剣を見る。
「ノアは消える」
刃の四つ目の輪に。
亀裂が走る。
ノアの声が。
苦しげに漏れた。
『それでも』
『柱を壊せ』
レオンは。
剣を握る手へ力を込める。
「断ります」
『またそれか』
「あなたを失う選択は」
「しません」
偽レオンが笑う。
「国も」
「仲間も」
「ノアも」
「全部救う?」
「はい」
「できない」
「まだ方法を知らないだけです」
「同じことだ!」
黒い柱が。
激しく脈打つ。
偽レオンの背後から。
新たな糸が生まれる。
今度は。
腕ではない。
黒い槍。
無数。
天井。
床。
壁。
全てから。
レオンへ向く。
『来る!』
ノアが叫ぶ。
槍が放たれる。
レオンは。
黒剣を横へ振るう。
青い炎。
黄金の光。
黒い槍を焼く。
一本。
二本。
だが。
数が多い。
肩。
脚。
脇腹。
何本も。
身体を貫く。
「ぐっ……!」
膝が落ちる。
血が。
石床へ広がる。
偽レオンが。
ゆっくり近づく。
「選ばないなら」
「全部失う」
レオンの顎を。
剣先で持ち上げる。
「それが」
「君の運命だ」
レオンは。
苦しげに息を吐く。
それでも。
目を逸らさない。
「では」
「あなたは」
「何を選んだのです」
偽レオンの表情が止まる。
「僕?」
「柱に繋がれ」
「誰かの命令で」
「私を殺そうとしている」
レオンは。
槍を一本。
自分の身体から引き抜く。
血が飛ぶ。
「それは」
「あなたの選択ですか」
「黙れ」
「それとも」
「選んだと思わされているだけですか」
偽レオンの剣が震える。
怒り。
恐怖。
迷い。
初めて。
剣先が揺れる。
「僕は」
「僕が決めた」
「本当に?」
「黙れ!」
剣が振り下ろされる。
レオンは。
避けなかった。
左手で。
刃を掴む。
掌が裂ける。
骨まで食い込む。
それでも。
離さない。
「なら」
レオンは。
偽レオンを見る。
「あなたの名を」
「教えてください」
偽レオンの瞳が。
大きく揺れた。
「名はない」
「では」
「欲しいですか」
「いらない」
「本当に?」
「いらない!」
「なぜ」
「名があれば」
偽レオンの声が。
掠れる。
「喰われる」
地下が。
静まった。
レオンは。
その言葉を聞く。
名を持てば。
記録される。
記録されれば。
喰らう影に届く。
だから。
名を持たない。
持てない。
偽レオンは。
自分で捨てたのではない。
持つことを。
恐れている。
レオンは。
剣を掴んだまま。
静かに言う。
「あなたは」
「私ではありません」
偽レオンの顔が歪む。
「ですが」
「柱のものでもない」
黒い糸が。
震える。
「なら」
「今から」
「自分で選べます」
偽レオンは。
しばらく。
何も言わなかった。
その背後。
黒い柱が。
激しく脈打つ。
『聞くな』
喰らう影の声。
『それはお前を消す』
偽レオンの身体へ。
糸が深く食い込む。
皮膚が裂ける。
「ぐっ……!」
『戻れ』
『お前は我が作った器』
『我が剣』
『我がレオン』
偽レオンの顔に。
恐怖が浮かぶ。
レオンは。
掴んだ刃から。
手を離す。
そして。
代わりに。
偽レオンへ手を差し出した。
「選んでください」
「今度は」
「あなた自身で」
偽レオンは。
差し出された手を見る。
次に。
黒い柱を見る。
背後の糸。
自分を縛る。
無数の命令。
無数の記憶。
無数の死。
「僕は」
唇が震える。
「選べるのか」
「はい」
「間違えたら」
「やり直せます」
「そんな時間は」
「作ります」
「君が?」
「四人で」
黒剣の輪が。
一つずつ光る。
レオン。
アルヴェイン。
グラム。
ノア。
偽レオンは。
その光を見つめる。
そして。
ゆっくりと。
レオンの手を取った。
次の瞬間。
黒い柱から。
絶叫が響いた。
『裏切るな!』
残った糸が。
一斉に。
偽レオンの身体を引き裂こうとする。
「今です!」
レオンが叫ぶ。
黒剣を振るう。
偽レオンも。
同時に剣を振るった。
二本の刃。
交差。
四本の黒い糸が。
まとめて断ち切られる。
偽レオンの身体が。
レオンの腕へ倒れ込む。
黒い粒子が。
輪郭から零れ始める。
「消える……」
偽レオンが呟く。
「いいえ」
レオンは。
その身体を支える。
「柱から離れただけです」
「名がない」
「なら」
「自分で選んでください」
偽レオンは。
小さく笑った。
「君は」
「何でも名前で繋ごうとする」
「忘れないために」
「僕は」
目を閉じる。
「忘れられたい」
レオンは。
すぐには答えなかった。
やがて。
静かに頷く。
「分かりました」
偽レオンが。
少し驚いたように目を開ける。
「つけないのか」
「望まないなら」
「つけません」
その答えに。
偽レオンは。
初めて。
穏やかに笑った。
「そう」
「それでいい」
身体が。
黒い光へ変わる。
だが。
柱へは戻らない。
黒剣の。
四つの輪の外側。
何も刻まれていない場所へ。
一筋の灰色の光が宿った。
ノアが。
剣の中から呟く。
『残った』
レオンは。
黒剣を見る。
「ええ」
名はない。
記録もない。
それでも。
確かに。
そこにいる。
その時。
黒い柱が。
大きく脈打った。
地下全体へ。
亀裂が走る。
『器を失った』
喰らう影の声。
怒り。
憎悪。
そして。
歓喜。
『ならば』
柱の中央。
縦に。
裂け目が開く。
その向こう。
巨大な。
赤い瞳。
さらに。
鱗。
牙。
黒い翼。
『我自身が』
『起きる』
地上。
白い街。
雪の大地。
遠く。
竜の山脈。
全てが。
同時に揺れた。
レオンは。
裂け目の向こうを見る。
ノアが。
震える声で言う。
『レオン』
『あれが』
黒い竜。
いや。
竜という言葉では。
足りない。
世界を喰らう。
最初の災厄。
『邪竜だ』
柱が。
内側から。
砕け始めた。




