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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

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第142話 四人目の契約者

「ようやく」


「僕の剣が戻ってきた」


空になった瞳孔の奥。


レオンと同じ顔をした男が。


静かに笑っていた。


髪。


瞳。


頬の傷。


立ち方まで。


鏡に映したように同じ。


ただ一つ。


違うものがある。


その男には。


影がなかった。


黄金の女――エリシアが。


黒剣の柄を握ったまま。


一歩下がる。


『近づかないで』


その声には。


喰らう影へ向けたものとは違う。


明確な恐怖があった。


レオンは。


自分と同じ顔の男を見つめる。


「あなたは」


「誰ですか」


男は。


少し困ったように首を傾げた。


その仕草まで。


レオンに似ていた。


「誰だと思う?」


「質問に質問で返さないでください」


「真面目だな」


男は笑う。


「そこまで同じか」


グラムが。


戦槌の柄を構える。


「ふざけてねぇで名乗れ」


「名?」


男の笑みが薄くなる。


「僕には」


「まだない」


アルヴェインが矢を番える。


「なら」


「なぜレオンの姿をしている」


男は。


レオンを指差した。


「一番近い形だから」


「何に」


「器に」


地下の空気が。


冷えた。


レオンの胸の痣が。


再び熱を持つ。


黒剣に刻まれた。


三つの輪。


その外側。


四つ目の黒い輪が。


脈打つ。


ドクン。


レオンの心臓と。


同じ速さで。


男も。


胸へ手を当てた。


「同じだ」


「君の鼓動は」


「よく馴染む」


レオンが剣を構える。


「離れてください」


「嫌だ」


男は即答した。


「三百年」


「待った」


「もっとかもしれない」


「時間は」


「あの中では意味がなかったから」


空になった瞳孔。


黒剣が刺さっていた場所。


その奥。


光も。


闇も。


存在しない穴。


男は。


そこから。


ゆっくり歩き出す。


一歩。


足が床へ触れる。


すると。


白い石床に。


レオンの足跡と同じ形の黒い染みが残った。


二歩。


空気が歪む。


三歩。


壁に刻まれた文字が。


一斉に。


レオンの名へ変わる。


レオン。


レオン。


レオン。


地下中が。


同じ名で埋め尽くされた。


ツナグが。


息を呑む。


「名を」


「奪っている……」


アルヴェインが問う。


「何者だ」


ツナグの顔は。


絶望に近かった。


「剣が」


「作ったんだ」


「何を」


「持ち主を」


---


黒剣は。


一人の器を選ぶ。


使うほど。


心を削り。


記憶を喰い。


持ち主を。


喰らう影へ近づける。


だが。


七度の歴史。


七人のレオン。


その全てが。


最後まで。


完全な器にはならなかった。


仲間を失っても。


絶望しても。


世界を憎み切れなかった。


どのレオンも。


最後の最後で。


剣に抗った。


だから。


黒剣は。


別の方法を選んだ。


「足りないなら」


ツナグの声が震える。


「作ればいい」


「抗わないレオンを」


男は。


嬉しそうに笑う。


「正解」


アルヴェインの矢が放たれた。


迷いのない一射。


眉間。


しかし。


矢は男の額へ触れる寸前。


停止した。


男は。


指一本。


動かしていない。


「君は」


「いつも早い」


アルヴェインの顔が強張る。


「いつも?」


「七度とも」


男は矢を摘まむ。


そして。


指先で折った。


「僕は君を見ていた」


「レオンの中から」


「怒るところも」


「迷うところも」


「最後に泣くところも」


アルヴェインの瞳が揺れる。


「何を」


「知っている」


男は。


優しい声で答えた。


「君は」


「レオンより先に死ぬ」


空気が。


凍りつく。


グラムが怒鳴る。


「黙れ!」


戦槌の柄が唸る。


男の側頭部へ。


直撃。


したはずだった。


だが。


柄は。


男の身体をすり抜けた。


次の瞬間。


グラムの腹へ。


見えない衝撃が叩き込まれる。


「がっ……!」


巨体が吹き飛ぶ。


壁へ激突。


石が砕ける。


「グラム!」


レオンが駆ける。


男が手を上げる。


レオンの身体が。


途中で止まった。


足が。


動かない。


まるで。


自分の身体が。


自分以外の命令を聞いている。


男は。


レオンへ近づく。


「動かないだろ」


「君の身体は」


「僕の形でもあるから」


レオンは。


折れた光剣を握る手へ力を込める。


だが。


腕が上がらない。


「あなたは」


息を押し出す。


「私ではない」


「そうかな」


男の顔が近づく。


「君が言えなかったこと」


「君が怒れなかったこと」


「君が殺せなかったもの」


「全部」


「僕が持っている」


男は。


レオンの胸へ。


指を当てた。


「僕は」


「君が捨てたものだ」


---


現在。


ガルドの胸が。


また激しく痛んだ。


黒剣の鞘に。


細い亀裂が走る。


セリナが。


ガルドの前へ回る。


「大丈夫?」


「大丈夫ではない」


ガルドは。


珍しく。


正直に答えた。


ロックが。


記憶の中の男を睨む。


「何だよ、あいつ」


「レオンの悪い心とか」


「そういうものか?」


リゼは。


首を横へ振る。


「もっとひどい」


「悪い心なら」


「本人のものです」


杖を握る。


「あれは」


「本人の形をしているのに」


「本人ではない」


セリナが。


ガルドを見る。


「あなたにも」


「あれがいるの?」


ガルドは答えない。


答えられない。


黒剣を握った時。


時々。


自分ではない考えが浮かぶ。


敵を斬れ。


見捨てろ。


一人で行け。


全てを捨てれば。


楽になる。


それを。


剣の囁きだと思っていた。


だが。


もし。


あれが。


声ではなく。


誰かだったなら。


ガルドの背中で。


黒剣が。


小さく笑った。


---


過去。


エリシアが。


男へ手を伸ばす。


『あなたは』


『生まれてはいけなかった』


男が。


振り返る。


「ひどいな」


『あなたは命ではない』


「それもひどい」


『喰らった記憶を繋ぎ合わせた』


『偽物』


男の笑みが。


初めて消える。


「偽物」


その言葉を。


ゆっくり繰り返す。


「君も」


「そう思うのか」


レオンへ問う。


レオンは。


身体を拘束されたまま。


男を見る。


「分かりません」


男の眉が。


僅かに動く。


「偽物だと」


「言わないのか」


「あなたが何者か」


「まだ知らないので」


「見た目だけで」


「決めることはできません」


男は。


しばらく黙っていた。


そして。


小さく笑う。


今度の笑みは。


先ほどまでと違う。


ほんの少し。


寂しそうだった。


「だから」


「嫌いなんだ」


「何がです」


「そういうところ」


拘束が。


さらに強くなる。


レオンの膝が。


床へ落ちる。


男は。


黒剣へ手を伸ばした。


エリシアが。


柄を強く握る。


『渡さない』


「君には持てない」


『あなたにも』


「持てるよ」


男は。


黒剣の刀身へ触れた。


三本の白い亀裂。


レオン。


アルヴェイン。


グラム。


三人の誓約が。


黒い光に侵食される。


四つ目の輪が。


より濃くなる。


「僕は」


「剣が望んだ持ち主だ」


グラムが。


瓦礫の中から起き上がる。


口元の血を拭う。


「剣が」


「持ち主を選ぶんじゃねぇ」


男が振り返る。


グラムは。


折れた戦槌の柄を杖代わりに立ち上がる。


「持ち主が」


「剣を選ぶんだ」


「格好いいね」


男は笑う。


「でも」


「それは作る側の傲慢だ」


グラムの目が鋭くなる。


「何?」


「武器は」


「使われるために作られる」


「誰を殺すか」


「誰を守るか」


「自分では選べない」


男は黒剣を撫でる。


「だから」


「この剣は」


「自分で選ぼうとした」


「絶対に裏切らない持ち主を」


アルヴェインが。


新たな矢を番える。


「それがお前か」


「そう」


「なら」


アルヴェインは。


狙いを男ではなく。


レオンへ向けた。


男の顔が変わる。


「何をする」


「お前がレオンの身体を使うなら」


「本人を動かせば」


「お前も動く」


矢を放つ。


レオンの肩。


すれすれ。


レオンは反射的に身をひねった。


同時に。


男の肩も動く。


黒剣から。


指が離れた。


エリシアが。


剣を引き寄せる。


「なるほど!」


グラムが笑う。


「繋がってんなら」


「片方を動かしゃいい!」


男の目に。


明確な怒りが浮かぶ。


「余計なことを」


アルヴェインは。


次の矢を放つ。


レオンの足元。


右。


左。


前。


矢が床へ刺さるたび。


レオンは避ける。


男の身体も。


同じように動かされる。


一歩。


二歩。


黒剣から遠ざかる。


「レオン!」


アルヴェインが叫ぶ。


「身体を取り戻せ!」


「努力しています!」


「努力ではなく」


「意地を見せろ!」


「曖昧です!」


「なら怒れ!」


その言葉で。


レオンの目が。


僅かに見開かれる。


怒る。


レオンが。


最も苦手なこと。


自分のために。


怒ること。


男が。


嘲るように笑う。


「無理だよ」


「それができないから」


「僕がいる」


「君は」


「自分を傷つけた相手も許す」


「自分から奪った者も」


「自分を捨てた国も」


「全部」


「仕方がないと言って」


「飲み込む」


レオンの脳裏へ。


過去が蘇る。


騎士団。


追放。


剣を取り上げられ。


名誉を奪われ。


罪を着せられた日。


誰も。


レオンの言葉を聞かなかった。


それでも。


レオンは。


怒らなかった。


自分が耐えればいいと。


そう思った。


男は。


レオンの顔で笑う。


「だから」


「君の怒りは」


「全部僕の中にある」


空間が揺れる。


男の背後に。


幾つもの光景が浮かぶ。


七つの歴史。


七人のレオン。


仲間を失い。


裏切られ。


傷つき。


それでも。


怒りを飲み込んだ瞬間。


黒い泥のようなものが。


胸から剥がれ。


剣へ吸い込まれていく。


その全てが。


男の身体を形作っていた。


「僕は」


「君が捨て続けた怒りだ」


レオンは。


静かに。


目を閉じた。


---


現在。


ガルドが。


小さく呟く。


「違う」


セリナが彼を見る。


「何が?」


「あれは」


「怒りだけではない」


ガルドは。


記憶の中の男を見る。


怒り。


憎しみ。


孤独。


恐怖。


絶望。


だが。


それだけではない。


男は。


レオンに認めてほしがっている。


自分を。


偽物ではないと。


誰かに。


呼んでほしがっている。


ガルドには。


分かった。


「捨てられた感情が」


「捨てられたことを」


「怒っている」


リゼが。


静かに頷く。


「だから」


「レオンさんに似ている」


「一番」


「レオンさんに見つけてほしいんです」


ロックが眉をひそめる。


「じゃあ」


「どうすりゃいい」


ガルドは。


答えた。


「拾う」


---


過去。


レオンが目を開ける。


拘束は。


まだ解けていない。


だが。


瞳の奥に。


これまでになかった光があった。


「あなたは」


男を見る。


「私の怒りですか」


「そうだ」


「私の憎しみ」


「そう」


「私の恐怖」


「全部だ」


男は。


得意げに笑う。


「君が捨てたもの」


レオンは。


ゆっくり息を吸う。


「なら」


「返してください」


男の笑みが止まる。


「何?」


「それは」


「私のものです」


地下が。


静まった。


アルヴェインが。


目を見開く。


グラムも。


何も言わず。


レオンを見る。


男は。


声を低くする。


「今さら」


「返せ?」


「はい」


「君が捨てた」


「捨てたつもりはありません」


「嘘だ!」


初めて。


男が怒鳴った。


レオンと同じ声。


だが。


剥き出しの感情。


「怒らなかった!」


「恨まなかった!」


「泣かなかった!」


「全部」


「僕に押しつけた!」


レオンは。


その怒声を。


逃げずに聞く。


「そうかもしれません」


「認めるのか」


「はい」


「なら!」


男の身体から。


黒い炎が噴き上がる。


「僕は」


「君よりずっと」


「君だ!」


レオンは。


首を横へ振った。


「違います」


男の顔が歪む。


「なぜ」


「あなたは」


レオンは。


真っ直ぐ彼を見る。


「私の一部です」


「全部ではない」


その言葉で。


黒い炎が揺れる。


「一部」


「そうです」


「怒りも」


「憎しみも」


「恐怖も」


「私に必要なものです」


レオンは。


自分の胸へ手を置く。


「守りたいなら」


「傷つけるものへ怒る必要がある」


「失いたくないなら」


「失うことを恐れる必要がある」


「奪われたなら」


「悲しむ必要がある」


男は。


黙っている。


レオンは続ける。


「私は」


「それを弱さだと思っていました」


「だから」


「見ないふりをした」


「あなたを」


「暗い場所へ置いた」


自分と同じ顔。


自分が捨てた感情。


何度も。


何度も。


黒剣の中で。


一人で育った存在。


レオンは。


静かに頭を下げた。


「申し訳ありません」


男の瞳が。


大きく揺れた。


「謝るな」


「ですが」


「謝るな!」


男が叫ぶ。


黒い炎が。


地下を焼く。


「今さら!」


「そんな言葉で!」


「僕を消すつもりか!」


「消しません」


レオンは即答した。


「では何をする!」


「名前をつけます」


誰も。


予想していない言葉だった。


男自身も。


呆然とする。


「名を」


「あなたには」


「まだ名がないのでしょう」


「……いらない」


「必要です」


「いらない!」


「呼びづらいので」


グラムが。


思わず吹き出した。


「今そこかよ!」


アルヴェインも。


額を押さえる。


「本当に」


「お前は……」


だが。


レオンは真剣だった。


「あなたは」


「私が捨てたものではない」


「私が」


「受け止められなかったものです」


「だから」


「今度は」


「ここにいてください」


自分の胸へ。


手を当てる。


「私と一緒に」


男の顔から。


怒りが消える。


代わりに。


怯えが浮かぶ。


「戻れば」


「君は変わる」


「そうでしょう」


「優しくなくなる」


「必要なら」


「人を憎む」


「かもしれません」


「誰かを」


「殺したいと思う」


レオンは。


少し黙る。


そして。


「思うことと」


「行うことは違います」


男の唇が震える。


「僕を受け入れたら」


「君は」


「君ではなくなる」


レオンは。


僅かに笑った。


「あなたも私なら」


「増えるだけです」


その言葉に。


男は。


何も返せなかった。


---


巨大な眼球が。


激しく震え始める。


『やめろ』


喰らう影の声。


『混ざるな』


『お前は』


『我のための器だ』


男が。


ゆっくり振り返る。


「違う」


赤い目が。


男を睨む。


『我が作った』


『我が育てた』


『我が与えた形』


男は。


レオンと同じ顔で。


初めて。


レオンとは違う笑みを浮かべる。


荒く。


挑むような。


笑み。


「形は」


「借りただけだ」


『戻れ』


「嫌だ」


『お前は我がものだ』


「違う」


男は。


黒剣から離れ。


レオンの前へ立つ。


「僕は」


「僕のものだ」


黒い輪が。


激しく脈打つ。


喰らう影の怒りが。


地下全体を揺らす。


無数の黒い腕が。


男へ伸びる。


レオンは。


拘束を破ろうと。


全身へ力を込める。


動かない。


男が振り返る。


「名前」


レオンを見る。


「本当に」


「つけるのか」


「はい」


「変な名前は嫌だ」


「努力します」


「その言い方」


「不安なんだけど」


初めて。


男の声に。


年相応の弱さが混じる。


レオンは。


少し考えた。


光のない地下。


七度の歴史。


捨てられた感情。


それでも。


今。


自分で。


誰のものでもないと。


言った存在。


「ノア」


レオンが言う。


男の目が。


僅かに見開かれる。


「意味は」


「新しい始まり」


「適当じゃない?」


「真剣です」


グラムが横から叫ぶ。


「悪くねぇ!」


アルヴェインも矢を構えながら言う。


「少なくとも」


「ツナグよりは名らしい」


ツナグが傷だらけの顔で。


不満そうに眉を寄せる。


「私の名を」


「今」


「引き合いに出す必要があるか」


男――ノアは。


小さく笑った。


「ノア」


自分で。


確かめるように呼ぶ。


その瞬間。


壁を埋め尽くしていた。


レオンの名の一部が。


ノアへ変わった。


レオン。


ノア。


レオン。


ノア。


二つの名が。


地下に並ぶ。


「悪くない」


ノアが言う。


次の瞬間。


黒い腕が。


ノアの胸を貫いた。


---


「ノア!」


レオンが叫ぶ。


黒い腕。


一本。


背中から胸へ。


黒い刃先が。


突き出している。


ノアの口から。


黒い血が溢れた。


喰らう影の声が。


冷たく響く。


『名を得ても』


『中身は我がものだ』


ノアの身体が。


崩れ始める。


黒い粒子となり。


腕を通じて。


巨大な眼球へ戻っていく。


ノアは。


胸を貫く腕を掴む。


「そう」


「簡単には」


「いかないか」


レオンは。


全身へ力を込める。


動け。


動け。


今度こそ。


目の前の誰かを。


見捨てるな。


その時。


胸の奥で。


熱いものが弾けた。


怒り。


ノアを奪われることへの。


明確な怒り。


誰かのためではない。


自分が。


嫌だから。


奪わせたくないから。


「返せ」


レオンの声が。


地下を震わせた。


アルヴェインが。


レオンを見る。


グラムも。


目を見開く。


今までのレオンとは違う。


低く。


鋭く。


剥き出しの声。


「ノアを」


「返せ!」


拘束が。


砕けた。


レオンの身体から。


黒い鎖が弾け飛ぶ。


光の剣が。


強く輝く。


レオンは地を蹴った。


一閃。


ノアを貫いていた腕が。


切断される。


白い光。


黒い粒子が。


眼球へ戻る前に。


空中で止まる。


レオンは。


ノアの身体を抱き止めた。


「遅い」


ノアが。


掠れた声で言う。


「すみません」


「謝るな」


「努力します」


「それも」


「さっき聞いた」


ノアの輪郭は。


まだ崩れている。


胸の穴。


向こう側が見える。


エリシアが駆け寄る。


黄金の光を。


傷口へ注ぐ。


だが。


ノアの身体は。


喰らう影の力で作られている。


光は。


彼自身まで消しかける。


『駄目』


エリシアが手を止める。


『治せない』


レオンが問う。


「どうすれば」


『この子には』


『留まる場所が必要』


ノアが。


苦笑する。


「剣に戻せばいい」


エリシアの瞳が揺れる。


『戻れば』


『また捕らわれる』


「他にない」


ノアは。


黒剣を見る。


「僕は」


「あそこから生まれた」


「剣の中なら」


「形を保てる」


レオンは。


首を横へ振る。


「駄目です」


「死ぬよりいい」


「捕らわれるために」


「名をつけたのではありません」


「でも」


レオンは。


黒剣の柄を見る。


三つの輪。


そして。


四つ目の黒い輪。


まだ。


空いている場所。


ツナグが。


気づいた。


「契約だ」


全員が彼を見る。


「四つ目の輪は」


「器の場所ではない」


「剣の意志を」


「契約へ加える場所だ」


グラムが眉をひそめる。


「剣の意志?」


ツナグはノアを見る。


「こいつだ」


「黒剣が作った持ち主」


「なら」


「黒剣そのものの意志でもある」


ノアが。


苦しそうに笑う。


「僕が」


「剣?」


「一部だ」


ツナグが言う。


「だが」


「名を得たことで」


「別の存在になった」


「契約者として」


「剣へ戻れば」


「喰らう影の奴隷ではなく」


「三人と同じ位置に立てる」


アルヴェインが。


レオンを見る。


「決めるのは」


「お前ではない」


レオンは。


ノアを見る。


ノア自身へ。


問いかける。


「どうしますか」


ノアは。


黒剣を見る。


次に。


巨大な眼球。


喰らう影。


そして。


レオン。


アルヴェイン。


グラム。


ツナグ。


エリシア。


自分を。


ノアと呼んだ者たち。


「戻る」


ノアが答える。


「でも」


「今度は」


黒い血を吐きながら。


笑う。


「僕の意志で」


レオンは頷いた。


「分かりました」


ノアの手を取る。


アルヴェイン。


グラムも。


黒剣の柄へ手を重ねる。


ノアは。


最後に。


自分の掌を置く。


四人の手。


四つの名。


レオン。


アルヴェイン。


グラム。


ノア。


黒い輪が。


白く光り始める。


喰らう影が。


絶叫した。


『許さぬ!』


『剣は我が牙!』


『器は我がもの!』


黒い腕が。


再び押し寄せる。


エリシアが。


片翼を広げる。


黄金の障壁。


腕を受け止める。


『早く!』


ツナグが叫ぶ。


「誓え!」


レオンが。


黒剣を握る。


「この剣を」


アルヴェインが続ける。


「誰か一人のものにしない」


グラムが。


歯を見せて笑う。


「折れる時も」


「斬る時も」


「四人分だ!」


ノアは。


目を閉じる。


その頬を。


一筋の涙が流れた。


「僕は」


「誰かの影ではなく」


「僕として」


「この剣にいる」


四つ目の輪が。


完全に白く染まる。


ノアの身体が。


光へ変わる。


黒ではない。


白でもない。


夜明け前の空のような。


深い青。


光は。


黒剣の刃へ吸い込まれていく。


刀身に。


新しい紋様が刻まれる。


片翼。


牙。


三つの輪。


そして。


中央に。


小さな人の形。


ノアの声が。


剣の中から響く。


『狭い』


グラムが。


思わず笑う。


「第一声がそれか!」


『暗い』


アルヴェインが溜息をつく。


「文句が多いな」


『あと』


少し間。


『ありがとう』


レオンは。


黒剣を見つめる。


「こちらこそ」


その瞬間。


黒剣の刃から。


黒い光ではなく。


青い炎が立ち上がった。


巨大な眼球が。


初めて。


明確に後退する。


『なぜ』


『我が牙が』


『我を拒む』


ノアの声が。


刃から響く。


『牙にも』


『噛みつく相手を選ぶ権利がある』


レオンは。


黒剣を構える。


一人ではない。


アルヴェイン。


グラム。


ノア。


四人の意志が。


一本の剣へ重なる。


刃に刻まれた輪が。


順番に光る。


喰らう影の瞳孔。


その中心に。


初めて。


恐怖が浮かんだ。


レオンは。


一歩踏み出す。


「ここから」


「あなたを斬ります」


『できぬ』


「できます」


『我を斬れば』


『喰われた全てが消える』


レオンの足が止まる。


喰らう影が。


笑う。


『町』


『国』


『名』


『記憶』


『我が内にあるものは』


『我と共に滅ぶ』


地下の壁へ。


無数の顔が浮かび上がる。


消えた人々。


忘れられた英雄。


歴史から奪われた者たち。


その中に。


消えかけた村の人々。


過去の観測者。


そして。


七度の歴史で死んだ。


アルヴェインと。


グラムの姿まであった。


『斬れるか』


『守る者よ』


レオンは。


剣を握ったまま。


動けない。


ノアの声が。


静かに響く。


『これは』


『僕たちの最初の選択だ』


アルヴェインが。


レオンの隣へ立つ。


「一人で決めるな」


グラムも。


反対側へ並ぶ。


「四人分だろ」


エリシアは。


巨大な眼球の中に浮かぶ。


黒い竜の記憶を見つめる。


そして。


悲しそうに呟いた。


『斬るだけでは』


『救えない』


レオンが問う。


「では」


「どうすれば」


エリシアは。


黒剣へ手を伸ばす。


失われた左翼。


黒い竜の牙。


二つが混ざった刃。


『返すの』


『喰らったものを』


『全部』


『この子へ返させる』


巨大な眼球が。


激しく震える。


『やめろ』


エリシアの黄金の瞳に。


強い決意が宿る。


『そして』


『私も』


『返してもらう』


黒剣の片側。


翼の紋様が。


黄金に輝く。


もう片側。


牙の紋様が。


漆黒へ染まる。


二つの力。


相反するものが。


一本の刃の中で。


激しくぶつかる。


レオンの腕へ。


凄まじい負荷がかかる。


皮膚が裂け。


血が流れる。


アルヴェインとグラムの腕にも。


同じ傷。


ノアの声が。


苦しげに響く。


『これ』


『かなり痛い』


グラムが笑う。


「四等分だ!」


アルヴェインが歯を食いしばる。


「それでも痛いものは痛い!」


レオンは。


黒剣を両手で構える。


巨大な眼球の中心。


空になった瞳孔へ。


狙いを定める。


「行きます」


三人の声と。


一つの声が重なる。


「おう!」


「ああ!」


『仕方ない』


レオンは。


黒剣を振り下ろした。


青。


黄金。


漆黒。


三色の斬撃が。


巨大な眼球を貫く。


地下が。


白く染まる。


その光の中。


喰らう影の絶叫とは別に。


誰かの声が聞こえた。


幼い。


黒い竜の声。


『痛い』


エリシアが。


涙を流す。


『ごめんなさい』


『でも』


『今度は』


『一人にしない』


巨大な眼球に。


縦一文字の裂け目が走った。


そこから。


光が溢れる。


人々の名。


失われた町。


忘れられた歌。


消された歴史。


無数の記憶が。


星のように。


地下から空へ昇っていく。


白い街の上空。


昼間だった空が。


一瞬で。


夜空のように輝いた。


街中の人々が。


空を見上げる。


知らないはずの名を。


涙を流しながら。


口にする。


「ミナ」


「エルサ」


「ハンス」


「……なぜ」


「私は」


「この人たちを知っている」


大記録院。


セヴェルは。


空へ昇る光を見ながら。


膝をついた。


「戻ってくる」


「失われた記録が」


ユリウスが。


震える声で問う。


「全てですか」


セヴェルは。


首を横へ振る。


「いや」


黒い砂時計。


砕けた下部。


そこに残る黒い砂が。


まだ半分以上ある。


「まだ」


「何かが」


「返すことを拒んでいる」


---


地下。


光が収まる。


巨大な眼球は。


中央から裂けていた。


だが。


完全には消えていない。


裂け目の奥。


さらに深い闇。


そこに。


巨大な黒い竜の顔が浮かぶ。


片目だけが。


開いている。


赤い目。


しかし。


その瞳から。


黒い涙が流れていた。


『返さない』


声は。


怒りよりも。


哀しみに満ちている。


『全部返したら』


『私には』


『何も残らない』


エリシアが。


一歩前へ出る。


『私がいる』


黒い竜が。


笑った。


『嘘だ』


『また』


『世界を選ぶ』


エリシアは答えられない。


世界。


無数の命。


黒い竜。


どちらかを。


選ばなければならない時。


彼女は。


一度。


世界を選んだ。


その事実は。


消せない。


黒い竜の目が。


レオンへ向く。


『お前も同じだ』


『いつか』


『一人を捨てて』


『大勢を選ぶ』


『英雄とは』


『そういうものだ』


レオンは。


黒剣を下ろさない。


だが。


すぐには答えなかった。


誰も捨てない。


そんな言葉は。


簡単だ。


できない時が。


必ず来るかもしれない。


ノアの声が。


剣から響く。


『レオン』


「はい」


『格好つけるな』


「分かっています」


『本当に?』


「努力します」


ノアが。


小さく笑う。


レオンは。


黒い竜を見る。


「選ぶ時は」


「来るかもしれません」


黒い竜の瞳が。


細くなる。


「その時」


「私は」


「間違えるかもしれない」


アルヴェインが。


レオンを見る。


グラムも。


黙って聞く。


「ですが」


レオンは。


剣の柄へ。


二人の手と。


ノアの存在を感じる。


「一人では」


「選びません」


黒い竜が。


一瞬。


動きを止める。


「私が間違えれば」


「止める者がいる」


「私が諦めれば」


「殴る者がいる」


グラムが鼻を鳴らす。


「誰のことだ」


「あなたです」


「即答かよ」


「私が黙れば」


「問い続ける者がいる」


アルヴェインが溜息をつく。


「手間のかかる人間だ」


「そして」


レオンは。


黒剣を見る。


「私が自分を捨てれば」


ノアの声が。


刃から返る。


『拾ってやる』


レオンは頷いた。


「だから」


「英雄が何かは知りません」


「ただ」


「一人で決める者にはなりません」


黒い竜は。


長く。


レオンを見つめた。


その目に。


怒り。


悲しみ。


疑い。


そして。


ほんの僅かな羨望が浮かぶ。


『なら』


『見せてみろ』


地下が。


再び揺れる。


黒い竜の片目が。


ゆっくり閉じていく。


『お前たちが』


『最後まで』


『一緒にいられるか』


裂けた眼球の奥。


闇が閉じる。


喰らう影の気配が。


急速に遠ざかる。


エリシアが手を伸ばす。


『待って!』


だが。


届かない。


最後に。


黒い竜の声だけが残る。


『三度目に』


『剣は』


『本当の持ち主を選ぶ』


そして。


地下から。


完全に気配が消えた。


静寂。


崩れる石の音。


遠くで。


白い街の鐘が鳴り始める。


レオンは。


黒剣を見る。


三度目。


最初の誘惑。


鉱山。


二度目。


グラムを救う時。


そして。


まだ来ていない。


三度目。


ツナグが。


青ざめた顔で呟く。


「今の歴史でも」


「そこは変わらない」


レオンが振り返る。


「何がです」


ツナグは。


黒剣を指差す。


「三度目に」


「お前は」


「その剣を」


「自分の意志で取る」


グラムが眉をひそめる。


「今もう持ってんだろ」


ツナグは。


首を横へ振る。


「違う」


「今は」


「四人で持っている」


「三度目は」


声が震える。


「レオン一人が」


「仲間を捨てて」


「剣を選ぶ」


アルヴェインの顔が強張る。


レオンは。


何も言わない。


黒剣の刀身。


四つの輪。


そのうち。


レオンの輪だけが。


一瞬。


赤く光った。


ノアの声が。


刃の中から。


誰にも聞こえないほど小さく呟く。


『知ってる』


『その時』


『僕は』


『レオンを止められない』


現在。


記憶を見ていたガルドの耳には。


その声だけが。


はっきりと届いていた。


そして。


ガルドの背中の黒剣からも。


同じ声が響いた。


『今度も』


『止められないかもしれない』


ガルドは。


静かに柄へ手を添える。


「今度は」


低く。


断ち切るように言う。


「俺が止める」


黒剣は。


しばらく沈黙した。


やがて。


鞘の奥から。


ノアと同じ声が返る。


『なら』


『三度目の記憶を』


『見届けろ』


白い街の地下が。


崩れ落ちる。


記憶の景色が。


次の時代へ移り始める。


光の向こう。


雪に閉ざされた城。


城壁の上。


黒い旗。


その中央に。


閉じた目の紋章。


そして。


処刑台の前で。


両手を鎖に繋がれたアルヴェインが。


レオンへ向かって叫んでいた。


「剣を取るな!」


その隣。


黒い石へ変わり始めたグラムが。


最後の力で笑う。


「俺たちを」


「捨てろ!」


レオンの足元。


黒剣が。


静かに置かれている。


三度目の誘惑。


それは。


仲間を救うためでも。


世界を救うためでもなかった。


仲間の望みを裏切って。


自分自身の願いを叶えるための選択だった。


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