第141話 黄金の瞳
カラン――。
地下に落ちた鎖の音は。
小さかった。
だが。
その響きは。
白い街の最深部から。
地上の塔へ。
街の外壁へ。
さらに。
遥か遠い山脈まで伝わっていった。
レオンたちは。
まだ気づいていない。
巨大な眼球の奥。
黒い剣が。
ほんの僅かに抜けたことに。
そして。
その向こう側で。
何かが。
三百年ぶりに目を覚ましたことに。
---
最初に異変へ気づいたのは。
アルヴェインだった。
「待て」
弓を引いたまま。
耳を澄ませる。
「何か聞こえる」
グラムが黒い腕を柄で弾き飛ばす。
「腕の化け物以外にか?」
「歌だ」
「歌?」
レオンも動きを止めないまま。
地下の奥へ意識を向ける。
黒い腕。
石の崩れる音。
巨大な眼球の唸り。
それらの下に。
確かに。
声があった。
女性の声。
低く。
静かで。
古い祈りのような旋律。
言葉は分からない。
だが。
聞いているだけで。
胸の奥に。
懐かしさと。
深い悲しみが湧き上がる。
ツナグの顔から。
血の気が引いた。
「その歌は……」
アルヴェインが振り返る。
「知っているのか」
ツナグは答えない。
いや。
答えられない。
唇が震えている。
恐怖ではない。
信じられないものを見た者の顔。
「あり得ない」
「彼女は」
「消えたはずだ」
巨大な眼球が。
激しく脈打った。
『やめろ』
赤い声が響く。
先ほどまで。
全てを嘲笑っていた声が。
初めて。
明確に怯えていた。
『歌うな』
『その名を』
『呼ぶな』
歌声が。
さらに近づく。
黒い腕が。
一斉に動きを止めた。
そして。
力を失ったように。
床へ落ちる。
レオンは。
折れた剣を構えたまま。
巨大な眼球を見た。
眼球の中心。
黒い瞳孔に。
一本の亀裂が入っている。
そこから。
黄金色の光が漏れていた。
「何が」
レオンが呟く。
「いるのですか」
ツナグは。
震える声で答えた。
「最初に」
「喰われた者だ」
---
白い街の地上。
大記録院では。
セヴェルが崩れかけた床の縁へ立っていた。
その背後。
学者たちが。
書棚から記録を運び出している。
黒い砂時計は砕け。
砂が。
床を逆流するように這っていた。
白い砂。
黒い砂。
二色が混じり。
螺旋を描いて地下へ吸い込まれていく。
「大観測官!」
ユリウスが駆け寄る。
喉から黒い糸は消えていた。
だが。
声は掠れている。
「第七塔で異常です!」
「何が起きた」
「封印記録が」
「勝手に開いています!」
「どの記録だ」
ユリウスは。
息を切らしながら。
一枚の白い板を差し出す。
文字は。
ほとんど消えていた。
だが。
中央に。
黄金のインクで。
一つだけ名が浮かんでいる。
セヴェルの顔が強張った。
「……エリシア」
その名を。
口にした瞬間。
大記録院の全ての窓が。
同時に割れた。
---
地下。
ツナグも。
同じ名を呟いた。
「エリシア」
黄金の光が。
一気に強まる。
巨大な眼球が。
内側から膨らんだ。
『呼ぶな!』
赤い声が絶叫する。
『それは裏切った!』
『我を捨てた!』
『我だけを』
『闇へ残した!』
眼球の表面へ。
無数の亀裂が走る。
黒い液体が噴き出す。
その液体の中から。
人の形が浮かび上がった。
女。
長い髪。
白い衣。
両腕を。
何かへ伸ばしている。
だが。
顔がない。
記憶を喰われている。
輪郭だけの幻。
赤い声が。
悲鳴のように続ける。
『約束した!』
『最後まで共にいると!』
『それなのに!』
『それなのに!』
黒い腕が。
再び動き始める。
だが。
今度の標的は。
レオンたちではない。
黄金の光。
眼球の奥にいる何かへ。
必死に伸びている。
捕まえようと。
引き戻そうと。
レオンは。
その動きを見て。
理解した。
「攻撃ではない」
アルヴェインが問う。
「何がだ」
「あれは」
レオンは。
黒い腕を見る。
「縋っている」
グラムが眉をひそめる。
「化け物が?」
「恐らく」
巨大な眼球。
世界を喰らう影。
記憶を奪う存在。
それが。
黄金の光を前に。
子どものように。
手を伸ばしている。
『戻れ』
『今度は』
『喰わない』
『消さない』
『だから』
『戻れ』
ツナグが。
苦しそうに目を伏せた。
「同じだ」
「何がです」
レオンが問う。
「七度とも」
「こいつは」
「世界を喰らい尽くす直前に」
「誰かへ呼びかけていた」
「名は」
「聞き取れなかった」
黄金の光の中。
女の歌声が止まる。
代わりに。
はっきりとした言葉が響いた。
『まだ』
『同じことをしているのね』
声は。
穏やかだった。
責めるでもなく。
怒るでもない。
だからこそ。
赤い目は。
さらに激しく震えた。
『エリシア』
『戻れ』
『戻ってくれ』
黄金の光が。
ゆっくりと形を持つ。
人の輪郭。
細い指。
長い髪。
額から伸びる。
二本の角。
アルヴェインが。
目を見開いた。
「竜人……?」
だが。
グラムは首を横へ振る。
「違う」
鍛冶師の目で。
その姿を見つめる。
「もっと古い」
「竜人より」
「ずっと前のものだ」
光の女は。
裸足で。
宙を歩く。
白い衣は。
炎のように揺れ。
背中には。
半透明の翼があった。
竜の翼。
だが。
片方だけ。
左の翼は。
根元から失われている。
女は。
巨大な眼球へ手を伸ばした。
触れない。
ほんの少し手前で。
止める。
『あなたは』
『まだ』
『私が去った日の中にいる』
赤い目が収縮する。
『去ったのではない』
『捨てたのだ』
『違う』
『違わない!』
地下全体が揺れる。
巨大な眼球から。
黒い光が爆発した。
レオンたちは吹き飛ばされる。
アルヴェインが壁へ叩きつけられる。
グラムはツナグを庇い。
床を転がる。
レオンは。
折れた剣を突き立て。
辛うじて止まった。
黄金の女だけが。
微動だにしなかった。
『私は』
女は。
静かに言う。
『あなたを止めるために』
『去った』
『同じだ!』
赤い声が吠える。
『我より』
『世界を選んだ!』
『ええ』
女は否定しない。
その答えが。
赤い目を。
何より深く傷つけた。
眼球の奥から。
凄まじい絶叫が響く。
黒い刃。
無数。
壁から。
天井から。
空間そのものから生まれる。
全てが。
黄金の女へ向けて射出された。
「危ない!」
レオンが。
反射的に飛び出す。
折れた剣を振るう。
一本。
二本。
弾く。
しかし。
数が多すぎる。
肩。
脇腹。
脚。
黒い刃が。
鎧を裂く。
血が飛ぶ。
それでも。
レオンは。
女の前へ立った。
両腕を広げる。
背中で。
守る。
黄金の女が。
初めて。
レオンを見た。
その瞳。
黄金色。
深く。
静かで。
悲しい。
「下がってください」
レオンが言う。
女は。
僅かに首を傾げる。
『あなたは』
『私が何者か知らない』
「はい」
『敵かもしれない』
「その可能性はあります」
『なら』
『なぜ守るの』
レオンは。
巨大な眼球から。
次の攻撃が来るのを見ながら答えた。
「今」
「あなたは攻撃していません」
「攻撃されている者を」
「守るのに」
「それ以上の理由が必要ですか」
アルヴェインが。
壁際で顔を覆った。
「また始まった」
グラムも。
血を拭いながら立ち上がる。
「相手が誰でも」
「同じこと言いやがる」
だが。
二人とも。
レオンの両隣へ並ぶ。
アルヴェインは弓を構え。
グラムは。
柄だけになった戦槌を握る。
黄金の女が。
三人を見る。
『あなたたちは』
『ずっと一緒なの』
レオンは答える。
「まだ」
「旅を始めたばかりです」
「だから」
グラムが笑う。
「今んとこはな!」
アルヴェインが冷静に続ける。
「これから先も」
「恐らく離れない」
黄金の女の顔に。
ほんの僅か。
笑みが浮かんだ。
『そう』
『なら』
『今度は』
女の瞳が。
巨大な眼球へ向く。
『間に合うかもしれない』
---
現在。
記憶の中のガルドたちは。
黄金の女を見上げていた。
セリナが。
小さく息を呑む。
「この人」
「知ってるのか」
ロックが問う。
セリナは首を横へ振る。
「違う」
「会ったことはない」
胸へ手を当てる。
「でも」
「精霊たちが」
「泣いてる」
周囲。
記憶の森も。
白い街も。
実体のない精霊たちが。
光の粒となって集まっている。
黄金の女を見て。
悲しそうに震えている。
リゼが。
女の失われた左翼を見る。
「片方の翼」
「どこに行ったんだろう」
ガルドは。
背中の黒剣を見る。
黒い刀身。
鞘の中。
見えないはずなのに。
分かる。
刃の片側へ。
翼のような紋様が刻まれている。
ガルドは低く呟いた。
「この剣だ」
三人が彼を見る。
「何が?」
「失った翼」
ガルドは黒剣へ手を添える。
今度は。
剣は暴れない。
ただ。
深い。
深い悲鳴のような震えを返す。
「黒剣の中にある」
---
過去。
黄金の女は。
レオンの折れた剣を見る。
『その剣』
「もう長くは持ちません」
『違う』
女は。
そっと刃へ指を近づける。
触れた瞬間。
折れた断面から。
淡い光が溢れた。
グラムが目を見開く。
「鉄じゃねぇ」
「何がだ」
アルヴェインが問う。
グラムは。
剣の内側を凝視する。
「芯だ」
「こいつの剣には」
「別の何かが混じってる」
レオンも剣を見る。
それは。
グラムが鍛え直した剣。
元は。
名もない騎士剣。
特別な素材など。
使われていないはずだった。
黄金の女が。
静かに告げる。
『あなたが』
『何度も守ったから』
『剣が覚えた』
『覚えた?』
『誰を斬ったかではなく』
『誰を守ったかを』
女の指先から。
光が剣へ流れ込む。
刃の亀裂に。
白い筋が走る。
しかし。
元には戻らない。
折れたまま。
ただ。
断面から。
光の刃が伸びる。
短い。
半透明。
完成した剣ではない。
グラムが。
息を呑む。
「剣が」
「持ち主の意志を」
「形にしてやがる」
アルヴェインが。
レオンを見る。
「お前」
「剣まで妙なものにするのか」
「私のせいでしょうか」
「他に誰がいる」
レオンは。
少し困ったように。
光の刃を見た。
黄金の女が言う。
『黒い剣は』
『喰らったものを力にする』
『その剣は』
『守ったものを力にする』
赤い目が。
激しく揺れる。
『やめろ』
『それを教えるな』
女は。
初めて。
冷たい視線を向けた。
『あなたは』
『何度も彼を器にした』
『でも』
『本当は』
『最初から分かっていたはず』
『彼が』
『あなたの器ではないことを』
地下が。
沈黙する。
レオン。
アルヴェイン。
グラム。
ツナグ。
全員が。
巨大な眼球を見る。
赤い声は。
答えない。
女は続ける。
『あなたが欲しかったのは』
『器ではない』
『自分と同じ傷を持つ者』
『失って』
『孤独になって』
『世界を憎む者』
『でも』
『この人は違う』
レオンの前。
アルヴェイン。
グラム。
背後。
助けようとしているツナグ。
遠い村。
名を取り戻した人々。
森。
長老。
これまで繋いだ。
全ての関係。
『この人は』
『失っても』
『また誰かと繋がる』
赤い声が。
低く唸る。
『だから』
『全て奪う』
『仲間を』
『名を』
『記憶を』
『希望を』
『全て』
レオンは。
光の剣を構える。
「できません」
『なぜ』
「私一人からなら」
「奪えるかもしれない」
「ですが」
アルヴェインとグラムが。
同時に一歩前へ出る。
「もう」
「私一人のものではない」
巨大な眼球が。
レオンたちを睨む。
黄金の女は。
静かに頷いた。
『なら』
『証明して』
『三人で』
『剣を作りなさい』
グラムの目が。
鋭くなる。
鍛冶師の目。
「材料は」
『そこにある』
女の視線が。
黒い剣へ向く。
瞳孔に刺さり。
半ばまで抜けかけている。
最初の黒剣。
グラムの顔が引きつる。
「あれを」
「打ち直せってのか」
『違う』
黄金の女は。
自身の失われた左翼へ触れた。
『取り戻すの』
『私の翼を』
『そして』
『この子の牙を』
巨大な眼球が。
激しく震える。
『渡さぬ』
女の瞳に。
悲しみが浮かぶ。
『それは』
『最初から』
『あなた一人のものではない』
次の瞬間。
女の右手が。
光へ変わった。
真っ直ぐ。
黒い剣へ伸びる。
巨大な眼球が。
全力で閉じようとする。
瞼のような肉壁が。
左右から押し寄せる。
「止めろ!」
ツナグが叫ぶ。
「閉じれば」
「全員潰される!」
レオンは光の剣を掲げる。
「アルヴェイン!」
「上を!」
矢が放たれる。
天井の術式へ刺さる。
精霊光が。
押し寄せる肉壁を束縛する。
「グラム!」
「右側を!」
「分かってる!」
グラムが戦槌の柄を。
床の亀裂へ突き立てる。
全身の力で押し込む。
岩盤が割れ。
肉壁の動きが僅かに止まる。
レオンは。
中央へ飛び込む。
黒い腕が。
黄金の女へ殺到する。
一つずつ。
光の剣で斬り払う。
今度は。
消えない。
斬られた腕は。
黒い霧ではなく。
白い光へ変わる。
その中に。
一瞬。
人の記憶が浮かぶ。
笑う子ども。
畑を耕す老人。
手を繋ぐ恋人たち。
全て。
喰われた記憶。
剣は。
それらを壊さず。
解放している。
「行ってください!」
レオンが叫ぶ。
黄金の女の腕が。
黒い剣の柄へ届く。
指が触れる。
その瞬間。
世界が。
二つに裂けた。
---
光。
熱。
咆哮。
レオンの視界が白く染まる。
遠くで。
アルヴェインの名を呼ぶ声。
グラムの怒鳴り声。
ツナグの叫び。
全てが。
光の中へ消える。
そして。
一つの記憶が。
レオンの中へ流れ込んだ。
広い空。
まだ。
人も。
エルフも。
ドワーフもいない時代。
二頭の巨大な竜が。
雲の上を飛んでいる。
一頭は。
黄金の翼。
もう一頭は。
漆黒の翼。
二頭は。
争っていない。
並んで。
楽しそうに飛んでいた。
『エリシア』
黒い竜が呼ぶ。
『どこまで行く』
黄金の竜が笑う。
『世界の果てまで』
『果てなどない』
『なら』
黄金の竜は。
さらに高く飛ぶ。
『一緒に探しましょう』
黒い竜も。
その隣へ並ぶ。
『約束だ』
『ええ』
二頭の翼が重なる。
黄金。
漆黒。
昼と夜。
光と影。
世界で最初の。
二つの竜。
その記憶は。
突然。
炎へ変わった。
空が裂ける。
大地が砕ける。
無数の命が生まれ。
争い。
死んでいく。
黄金の竜は。
地上へ降りる。
命を守るために。
黒い竜は。
空で待つ。
一日。
一年。
百年。
黄金の竜は戻らない。
地上の命は増える。
黄金の竜は。
彼らを愛する。
黒い竜は。
一人で。
待ち続ける。
やがて。
その孤独が。
怒りへ変わる。
怒りが。
飢えへ変わる。
そして。
黒い竜は。
地上へ降りた。
自分から。
エリシアを奪った世界を。
全て喰らうために。
記憶の最後。
黄金の竜は。
自らの左翼を切り落とす。
翼は。
剣へ変わる。
黒い竜の牙とぶつかり。
二つは。
一つの黒剣となった。
黄金の竜は。
剣を黒い竜の瞳へ突き立てる。
『ごめんなさい』
黒い竜は泣く。
『一緒に』
『果てを探すと』
『言ったのに』
黄金の竜も。
涙を流す。
『だから』
『いつか』
『あなたを迎えに来る』
世界が。
暗転した。
---
レオンが目を開ける。
地下。
巨大な眼球。
目の前。
黄金の女が。
黒い剣の柄を掴んでいる。
だが。
抜けない。
片方だけでは。
黒い牙の力が。
強すぎる。
女の腕に。
黒い亀裂が走り始める。
レオンは。
迷わず手を伸ばした。
女の手の上へ。
自分の手を重ねる。
『触れては駄目』
女が言う。
「一人では」
レオンは答える。
「抜けないのでしょう」
『あなたは喰われる』
「では」
背後から。
アルヴェインの手が重なる。
「一人で触るな」
さらに。
グラムの大きな手。
「何度言わせんだ」
三人の手。
黄金の女の手。
四つが。
黒い剣の柄へ重なる。
ツナグが。
驚愕に目を見開く。
「血」
「名」
「記憶」
黒い剣の柄へ。
レオンの血が落ちる。
アルヴェインの血。
グラムの血。
三人の血が混ざる。
レオンが言う。
「レオン」
アルヴェインが続く。
「アルヴェイン」
グラムが笑う。
「グラム」
名が。
刃へ刻まれる。
そして。
三人の記憶。
森。
鉱山。
消えた村。
笑い。
怒り。
失敗。
約束。
全てが。
黒い剣へ流れ込む。
ツナグが叫ぶ。
「誓約だ!」
「今!」
「三人で誓え!」
巨大な眼球が暴れる。
『やめろ!』
『それは我が牙だ!』
『渡さぬ!』
レオンは。
柄を強く握る。
「この剣を」
アルヴェインが続ける。
「一人に背負わせない」
グラムが。
最後に言う。
「死ぬ時も」
「生きる時も」
「三人分だ!」
黒い剣の刃に。
三本の白い亀裂が走った。
黄金の女が。
涙を流す。
『今度こそ』
『間に合った』
四人が。
同時に引く。
黒い剣が。
巨大な眼球から。
引き抜かれた。
黒い血が。
地下全体へ噴き出す。
巨大な眼球が。
世界を揺らすほどの絶叫を上げる。
だが。
その声の奥。
一瞬だけ。
別の声が聞こえた。
幼い。
孤独な。
黒い竜の声。
『エリシア』
『置いていくな』
黄金の女は。
目を閉じる。
『置いていかない』
『今度は』
『一緒に終わらせる』
黒い剣が。
完全に抜けた。
その瞬間。
レオン。
アルヴェイン。
グラム。
三人の腕へ。
同じ紋章が刻まれた。
黒い剣。
その周囲を囲む。
三つの輪。
ツナグが。
呆然と呟く。
「黒剣の」
「最初の契約……」
白い街の地下で。
歴史に記されることのない誓約が結ばれた。
後に。
三人は。
同じ剣を背負う者として。
こう呼ばれることになる。
黒剣の三英雄。
だが。
その誓約が成立した直後。
レオンの腕に刻まれた三つの輪のうち。
一つだけが。
音もなく。
黒く染まった。
それは。
アルヴェインの輪でも。
グラムの輪でもない。
まだ名を刻んでいない。
四つ目の契約者の場所だった。
黄金の女は。
その黒い輪を見て。
顔色を変えた。
『どうして』
『あなたが』
巨大な眼球の奥。
空になった瞳孔の中で。
人の形をした影が立っていた。
赤い目ではない。
黄金の目でもない。
左右で色の違う瞳。
右は黒。
左は白。
その影は。
レオンと全く同じ顔で。
静かに笑った。
「ようやく」
「僕の剣が戻ってきた」




