第140話 三人の誓約
「二人とも!」
レオンの叫びが、地下牢を震わせた。
黒い刃は。
一直線に。
アルヴェインとグラムの胸を狙って飛ぶ。
速い。
目では追えない。
レオンは地を蹴った。
間に合わない。
それでも。
身体が動く。
「避けろ!」
アルヴェインは咄嗟に身をひねる。
だが。
黒い刃は軌道を変えた。
まるで意思を持つように。
逃げ道を塞ぐ。
「ちっ!」
グラムが戦槌を振り上げる。
真正面から迎え撃つ。
轟音。
黒い刃と戦槌が激突した。
火花ではない。
黒い霧が弾ける。
戦槌の柄に、黒い亀裂が走った。
「馬鹿力め……!」
グラムが歯を食いしばる。
押し返せない。
黒い刃が。
少しずつ。
槌を押し込んでくる。
一方。
アルヴェインは三本の矢を同時に放った。
一本目。
弾かれる。
二本目。
砕ける。
三本目だけが。
刃の軌道を僅かに逸らした。
その瞬間。
レオンが飛び込む。
二人の間へ。
剣を横薙ぎに振るう。
甲高い金属音。
黒い刃は弾かれた。
だが。
レオンの剣にも大きな亀裂が入る。
「レオン!」
アルヴェインが叫ぶ。
レオンは剣を見る。
刃は。
限界だった。
何度も仲間を守り。
黒い侵食を斬り。
村人を救い。
ここまで戦い抜いてきた剣。
静かに。
一本の線が走る。
「……ありがとう」
小さく呟いた。
そして。
刃は砕けた。
---
地下に静寂が落ちる。
レオンの手には。
半ばから折れた剣だけが残っていた。
赤い目が笑う。
『守った』
『また守った』
『だから失う』
黒い剣の幻が。
ゆっくりとレオンの前へ降り立つ。
今までで最も鮮明。
刀身には。
無数の文字が刻まれている。
人名。
町の名。
国の名。
喰われた記憶。
失われた歴史。
その全てが。
刃になっていた。
『もう』
『折れるものはない』
『ならば』
『これを持て』
黒い剣が。
柄をレオンへ向ける。
「レオン!」
ツナグが叫ぶ。
「駄目だ!」
「まだ!」
「まだ方法はある!」
赤い目が嗤う。
『あるか?』
『折れた剣で』
『仲間を守れるか』
レオンは。
黙って折れた剣を見る。
アルヴェインは弓を構え直した。
グラムは砕けた戦槌を肩へ担ぐ。
二人とも。
武器は無事ではない。
それでも。
まだ戦う目をしていた。
レオンは静かに言う。
「二人とも」
「下がってください」
グラムが即座に怒鳴る。
「断る!」
「邪魔です」
「誰が!」
アルヴェインも一歩前へ出る。
「一人で戦う気なら」
「止める」
レオンは二人を見る。
「ですが」
「剣が」
折れた剣を掲げる。
「もうありません」
グラムは鼻で笑う。
「あるだろ」
レオンが首を傾げる。
「半分」
グラムはレオンの手に残る刃を指差した。
「まだ半分残ってる」
アルヴェインも頷く。
「刃が短いだけだ」
「戦えない理由にはならない」
レオンは。
思わず笑ってしまった。
「前向きですね」
「誰のせいだと思っている」
アルヴェインが呆れる。
「お前と旅をすると」
「折れた程度では驚かなくなる」
「違ぇねぇ!」
グラムが豪快に笑う。
「武器がねぇなら殴れ!」
「腕がねぇなら頭突きだ!」
「それも無理なら」
「噛みつけ!」
「最後だけは却下だ」
アルヴェインが即座に返す。
地下に。
笑い声が響いた。
赤い目だけが。
笑わなかった。
---
『理解できぬ』
低い声。
『なぜ笑う』
レオンは折れた剣を構える。
「仲間がいるからです」
『武器は折れた』
「はい」
『死ぬ』
「かもしれません」
『ならば』
『恐れぬのか』
レオンは少し考えた。
そして。
静かに答える。
「恐れています」
「毎回」
「怖いです」
赤い目が僅かに揺れる。
「でも」
レオンは隣を見る。
アルヴェイン。
グラム。
「一人ではないので」
「歩けます」
『理解不能』
「でしょうね」
レオンは笑った。
「あなたには」
「仲間がいない」
その言葉で。
地下全体が震えた。
巨大な眼球の瞳孔が収縮する。
怒り。
憎悪。
そして。
一瞬だけ。
深い孤独。
ツナグが目を見開く。
「レオン!」
「言うな!」
遅かった。
巨大な眼球の奥から。
別の声が響く。
今までとは違う。
低く。
掠れた。
悲しげな声。
『……いた』
全員の動きが止まる。
『昔は』
『いた』
赤い目ではない。
もっと奥。
眼球の中心から聞こえる。
『皆』
『私を置いていった』
黒い腕の動きが止まる。
巨大な眼球が。
涙を流した。
黒い涙。
床へ落ちる。
触れた石が。
ゆっくりと記憶を失っていく。
ツナグが呟く。
「……そうか」
レオンが振り返る。
「知っているのですか」
ツナグは苦しそうに目を閉じた。
「記録に」
「一行だけ残っていた」
『最初の裏切り』
「それだけしか」
「書かれていなかった」
『黙れ』
再び赤い声。
今度は怒りを含んでいる。
『それを』
『語るな』
黒い腕が一斉に襲いかかる。
今までとは比べ物にならない数。
天井。
壁。
床。
全てが黒い腕になる。
「来るぞ!」
アルヴェインが叫ぶ。
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三人は背中を合わせた。
レオン。
正面。
アルヴェイン。
右。
グラム。
左。
自然だった。
誰も指示しない。
誰も迷わない。
「右は任せろ」
アルヴェイン。
「左は俺だ」
グラム。
「前は」
レオンが頷く。
「任せてください」
黒い腕が押し寄せる。
レオンは折れた剣で受ける。
短い刃。
だが。
振りが速い。
最小限の動きで。
次々と腕を弾いていく。
アルヴェインの矢は。
一本も外れない。
腕の関節だけを射抜き。
動きを止める。
グラムの戦槌は。
柄だけになっても。
破壊力は変わらなかった。
「壊れろ!」
柄を叩きつけるだけで。
黒い腕が吹き飛ぶ。
「無茶苦茶だな」
アルヴェインが苦笑する。
「褒めるな!」
「褒めてない!」
レオンが前で笑う。
「息が合っています」
「誰のせいだ!」
二人が同時に叫ぶ。
その瞬間だった。
ツナグが。
レオンの背中を見る。
そして。
目を見開いた。
「レオン!」
「背中!」
レオンが振り返る。
黒い剣。
幻だったはずのそれが。
ゆっくりと。
レオンの背後へ浮かんでいる。
誰も握っていない。
それなのに。
レオンの動きと。
全く同じように。
動いていた。
「これは……」
レオンが剣を振るう。
折れた剣が右へ動く。
背後の黒い剣も。
同じ軌道を描く。
しかも。
黒い腕だけを斬り裂いていた。
仲間には。
一切触れない。
『まだ』
赤い目が呟く。
『持っていない』
『だが』
『繋がった』
ツナグの顔から血の気が引く。
「契約前なのに……」
「共鳴している」
アルヴェインがレオンを見る。
「何が起きている」
「分かりません」
レオン自身も驚いていた。
黒い剣を握っていない。
触れてもいない。
それなのに。
影だけが。
自分を守っている。
ツナグが震える声で言う。
「あり得ない」
「こんなことは」
「七回ともなかった」
赤い目が。
静かに笑った。
『だから面白い』
『歴史は』
『変わり始めた』
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現在。
ガルドの背中。
黒剣が。
急に静かになった。
柄から。
ガルドの手が離れる。
セリナはその場へ座り込んだ。
「……止まった」
ロックも息を吐く。
「助かった」
リゼはガルドの胸へ手を当てる。
痣はまだ残っている。
だが。
光は弱まっていた。
ガルドは記憶の中のレオンを見つめる。
「俺と同じだ」
小さく呟く。
黒剣は。
まだ握っていない。
だが。
もう繋がっている。
レオンも。
ガルドも。
セリナはガルドを見る。
「だから」
「一人で抱え込まないで」
ガルドは黙っていた。
その沈黙を。
ロックが破る。
「なあ」
全員が彼を見る。
「さっきのツナグの話」
「三人で持てってやつ」
ロックは真剣な表情だった。
「もしかして」
「黒剣を倒す方法じゃなくて」
「黒剣に飲まれない方法なんじゃないか」
誰も答えない。
だが。
記憶の中のツナグは。
まるでその言葉が聞こえたかのように。
レオンへ向かって。
静かに頷いていた。
そして。
地下の最深部。
巨大な眼球の奥。
誰も気づいていない場所で。
一本の鎖が。
音もなく切れる。
カラン――。
その音と共に。
眼球の中心に刺さっていた黒い剣が。
ほんの少しだけ。
外へ動いた。
世界のどこかで。
誰かが。
静かに目を開ける。
その人物だけは。
赤い瞳ではなかった。
黄金色の瞳が。
長い眠りから。
ゆっくりと覚めていくのだった。




