表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

138/161

第138話 白い街の地下

白い街は、遠くから見れば美しかった。


陽光を弾く石壁。


天へ伸びる七本の塔。


風に揺れる白銀の旗。


街道には整然と樹木が植えられ、門前には商人と旅人の列が続いている。


戦火も。


飢えも。


黒い侵食の痕跡も。


ここには存在しないように見えた。


だが。


レオンは門へ近づくほど。


胸の奥に重さを感じていた。


「止まれ」


門兵が槍を交差させる。


白い外套。


胸には。


閉じた目の紋章。


アルヴェインが通行証を差し出した。


「エルフの里から来た」


「長老の紹介状だ」


門兵は封蝋を確認する。


次に。


レオン。


グラム。


三人の顔を順に見た。


「目的は」


「黒い侵食の調査」


その瞬間。


門兵の目が。


僅かに動いた。


ほんの一瞬。


だが。


アルヴェインは見逃さなかった。


「何か知っているのか」


「知らない」


門兵は即答した。


早すぎる返事だった。


「紹介状は本部へ届ける」


「三人は案内が来るまで待て」


そう言って。


門兵は街の奥へ使いを走らせた。


グラムが小声で言う。


「歓迎されてる顔じゃねぇな」


アルヴェインも目を細める。


「何か隠している」


レオンは門の上を見た。


巨大な閉じた目。


石で彫られた紋章。


その瞼の隙間から。


誰かに見られている気がした。


「入りましょう」


レオンが言う。


「隠しているなら」


「中に答えがあります」


---


街の名は、ルミナス。


観測者たちの本拠地。


古い記録。


失われた言語。


滅びた文明。


世界各地の異変。


あらゆるものを集める街だった。


通りの両側には書庫。


研究院。


標本館。


白い服を着た学者たちが、巻物や金属板を抱えて行き交っている。


だが。


妙なことがあった。


誰も大声で話さない。


笑い声もない。


店主と客でさえ。


囁くように言葉を交わしている。


グラムが露店の果物を手に取る。


「静かすぎねぇか」


店主の女が。


怯えたように周囲を見る。


「声を抑えてください」


「なぜだ」


「記録の街だからです」


「答えになってねぇ」


女は果物を取り返す。


「大きな声は」


「地下へ届きます」


アルヴェインが問い返す。


「地下に何がある」


女の顔から血の気が引く。


すぐに。


作り笑いを浮かべる。


「何もありません」


「貯蔵庫だけです」


そう言って。


店を閉めてしまった。


グラムが腕を組む。


「嘘が下手な街だ」


「嘘をつくことに慣れていないのだろう」


アルヴェインが答える。


「あるいは」


レオンは足元を見る。


白い石畳。


その隙間から。


黒い染みが。


一瞬だけ浮かび。


すぐに消えた。


「嘘をつかされている」


---


案内役として現れたのは。


若い男だった。


名はユリウス。


灰色の髪。


細い眼鏡。


白い外套の襟元には、銀の縁取りがある。


「お待たせしました」


深く頭を下げる。


「記録院第三席、ユリウスと申します」


声は穏やかだった。


笑顔も自然。


だが。


右手だけが。


外套の中で震えていた。


「皆様の報告は」


「大観測官がお聞きになります」


アルヴェインが尋ねる。


「黒い侵食について、こちらにも記録があるのか」


「もちろんです」


ユリウスは微笑む。


「観測者は」


「世界のあらゆる異変を記します」


「では見せていただきたい」


「許可が必要です」


「誰の」


「大観測官の」


グラムが鼻を鳴らす。


「全部そいつ次第か」


ユリウスの笑顔が。


僅かに固まる。


「この街では」


「そうなっています」


---


大記録院。


街の中央。


七本の塔に囲まれた巨大な建物。


白い階段を上り。


重い扉を抜ける。


その先には。


円形の広間が広がっていた。


壁一面。


天井まで続く書棚。


中央には。


巨大な砂時計。


上部には白い砂。


下部には黒い砂。


黒い砂の方が。


ゆっくりと増えていた。


レオンが見上げる。


「これは」


ユリウスが答える。


「失われた記録の量を示しています」


「記録が消えるたび」


「黒い砂が増える」


アルヴェインの表情が険しくなる。


「これほど多く?」


砂時計の下半分は。


すでに三分の一ほど黒く染まっている。


「何百年分です」


ユリウスの声が低くなる。


「町」


「国」


「戦争」


「英雄」


「時には」


「一つの種族の名さえ」


グラムが砂時計を睨む。


「分かってんなら止めろ」


ユリウスは答えない。


代わりに。


広間の奥にある扉が開いた。


「よく来られた」


老人の声。


白い長衣。


長い銀髪。


胸元には。


開いた目の紋章。


街中で見たものとは違う。


瞼のない。


見開かれた目。


大観測官セヴェル。


老人は。


杖をつきながら三人へ近づく。


その視線は。


アルヴェイン。


グラム。


最後に。


レオンへ向けられた。


そして。


止まった。


「レオン殿」


三人の空気が変わる。


レオンは名乗っていない。


紹介状にも。


三人の名は書かれていなかった。


アルヴェインが弓へ手を伸ばす。


「なぜ知っている」


セヴェルは穏やかに笑う。


「観測者ですから」


「それでは答えにならない」


「では」


老人は杖を床へつく。


「未来を見たから」


その言葉で。


広間の扉が。


全て閉じた。


---


グラムが戦槌を構える。


「趣味の悪い冗談だな」


「冗談ではない」


セヴェルはレオンを見つめる。


「我々は」


「同じ出来事を何度も観測している」


「同じ出来事?」


レオンが問う。


「黒い侵食」


「三人の旅人」


「そして」


老人の目が細くなる。


「黒い剣を持つ騎士」


静寂。


レオンの胸奥で。


あの声が。


微かに笑った。


『見つけられている』


セヴェルは続ける。


「歴史は一度ではない」


「失敗するたび」


「記録を喰らわれ」


「最初からやり直される」


アルヴェインが眉をひそめる。


「時間が戻るというのか」


「正確には違う」


「世界そのものが」


「喰われなかった形へ縫い直される」


セヴェルは砂時計を見上げる。


「だが」


「完全には戻らない」


「欠けた記録だけが」


「黒い砂として残る」


グラムが吐き捨てる。


「分かるように話せ」


「つまり」


ユリウスが代わりに口を開く。


「世界は何度も」


「同じ滅びを迎えているのです」


「そしてその中心に」


「必ずレオン殿がいる」


レオンは黙ったまま。


セヴェルを見る。


「私が」


「何をしたのですか」


老人の口元から。


笑みが消える。


「黒い剣を取った」


「その結果」


「世界を救った」


グラムが眉を上げる。


「なら問題ねぇだろ」


「いいえ」


ユリウスの声が震える。


「救ったからこそ」


「次の滅びが始まった」


---


現在。


記憶を見ているセリナが。


息を呑む。


「どういうこと……?」


ロックも険しい顔で砂時計を見る。


「世界を救ったせいで」


「世界が滅びる?」


リゼは。


ガルドを見る。


黒剣の持ち主。


レオンと同じ位置にいる者。


「ガルド」


「まさか」


ガルドは答えない。


背中の黒剣が。


低く震えていた。


この場所を。


覚えている。


そう告げるように。


---


過去の広間。


セヴェルは杖を振る。


床へ。


光の円が広がった。


空中に。


映像が浮かぶ。


燃える街。


崩れる山。


海から立ち上がる黒い影。


空を覆う巨大な翼。


そして。


その中心に。


一人の騎士が立っている。


黒い剣を持つ。


レオン。


今よりも。


顔に傷が増えている。


外套は裂け。


鎧は黒く染まり。


左目から。


赤い光が漏れていた。


それでも。


騎士は剣を構えている。


背後には。


倒れたアルヴェイン。


砕けた戦槌。


動かないグラム。


レオンの声が響く。


『まだだ』


『まだ終わらせない』


黒い剣が。


咆哮する。


巨大な影へ。


レオンが斬りかかる。


光。


爆発。


世界が白く染まる。


次の瞬間。


映像が途切れた。


グラムが。


低い声で問う。


「俺たちは」


セヴェルは答えない。


それが。


答えだった。


アルヴェインの指が。


弓の握りを強く掴む。


「この映像は」


「未来か」


「過去だ」


セヴェルが言う。


「まだ起きていない」


「だが」


「我々はすでに見た」


レオンが静かに尋ねる。


「何度目です」


ユリウスが俯く。


セヴェルだけが。


レオンを真っ直ぐ見た。


「七度目だ」


---


広間の空気が。


凍りつく。


七度。


同じ旅。


同じ出会い。


同じ破滅。


そのたび。


レオンは黒い剣を取る。


世界を救う。


そして。


何かが始まる。


「なら」


レオンが言う。


「今回は取らなければいい」


セヴェルの瞳が揺れる。


「それも試した」


「どうなりました」


「世界は三日で滅びた」


グラムが舌打ちする。


「取っても駄目」


「取らなくても駄目」


「ふざけた話だ」


アルヴェインはセヴェルを見る。


「だから我々を呼んだのか」


「違う」


老人は首を横に振る。


「我々は呼んでいない」


「長老の紹介状も」


「届いていない」


三人が。


同時にユリウスを見る。


ユリウスの顔が青ざめる。


「私は」


「確かに門から」


「紹介状を受け取りました」


セヴェルの声が鋭くなる。


「門兵からは何も届いていない」


グラムが戦槌を握る。


「誰かが」


「俺らをここへ入れた」


レオンは。


大広間の閉じた扉を見る。


その向こう。


床下。


さらに深い場所から。


かすかな音が聞こえる。


カリ。


カリカリ。


爪で石を削る音。


『黒い剣を』


『レオンへ渡すな』


現在の記憶で見た。


地下の男。


同じ言葉を。


今も刻み続けている。


レオンがユリウスへ向く。


「地下へ案内してください」


ユリウスの顔が強張る。


「地下には」


「何もありません」


「先ほど」


レオンは静かに言う。


「街の人も同じことを言いました」


「同じ言葉」


「同じ間」


「同じ表情で」


ユリウスの唇が震える。


「私は」


「言っていない」


「言わされた?」


その瞬間。


ユリウスの首元へ。


黒い文字が浮かんだ。


声。


一文字。


皮膚へ刻まれる。


ユリウスは両手で喉を押さえた。


「逃げ――」


言葉が途切れる。


口から。


黒い糸が溢れた。


アルヴェインが矢を放つ。


糸を壁へ縫い止める。


グラムがユリウスを引き寄せる。


レオンは。


糸が伸びる先を見る。


大記録院の地下。


砂時計の真下。


「下です!」


床が割れた。


---


黒い腕が。


床下から突き出した。


一本。


二本。


幾十本。


書棚へ絡みつく。


巻物を。


本を。


石板を掴む。


触れられた記録が。


白紙へ変わっていく。


セヴェルが杖を掲げる。


「記録を守れ!」


壁に刻まれた術式が光る。


白い鎖が。


黒い腕へ巻きつく。


だが。


腕は止まらない。


むしろ。


鎖に刻まれた文字まで喰らい始める。


術式そのものが。


消えていく。


グラムが戦槌を振るう。


「なら文字なしで殴る!」


黒い腕を叩き潰す。


アルヴェインの矢が。


腕の付け根を次々に射抜く。


レオンは。


割れた床へ走る。


地下を覗く。


深い縦穴。


螺旋階段。


その最下層。


暗闇の中に。


人がいる。


鎖に繋がれ。


壁へ文字を刻み続ける男。


男が。


顔を上げた。


痩せ細っている。


髪は白い。


指先は血まみれ。


だが。


その顔を見た瞬間。


アルヴェインが息を止めた。


「……長老?」


エルフの里にいた長老。


同じ顔。


だが。


遥かに若い。


いや。


違う。


顔立ちは似ている。


血縁。


あるいは。


同じ人物の別の時代。


地下の男が叫んだ。


「来るな!」


「レオン!」


その声は。


広間全体へ響く。


「三度目は」


「仲間を救うためではない!」


「お前自身を救うために来る!」


レオンの表情が変わる。


男は鎖を引きちぎろうともがく。


「剣を取れば」


「お前はお前でなくなる!」


床下の闇が蠢く。


男の背後。


巨大な赤い目が開く。


『黙れ』


黒い腕が。


男の首へ巻きつく。


レオンが階段へ飛び込もうとする。


「待て!」


セヴェルが叫ぶ。


だが。


レオンは止まらない。


アルヴェインとグラムも続く。


「結局こうなる!」


グラムが吠える。


「こいつを止める方が無理だ!」


アルヴェインは矢を番える。


「ならば」


「追いつくしかない!」


三人は。


崩れる螺旋階段を駆け下りる。


黒い腕が。


四方から襲いかかる。


レオンが斬り払う。


グラムが砕く。


アルヴェインが射抜く。


地下の男へ。


あと少し。


その時。


赤い目が。


レオンを見た。


『二つの炎は』


『すでに揃った』


視線が。


アルヴェイン。


グラムへ移る。


『三つ目は』


『お前自身だ』


レオンの胸へ。


焼けるような痛みが走る。


鎧の下。


心臓の上に。


黒い剣の形をした痣が浮かび上がった。


男が絶叫する。


「見るな!」


「それはお前の未来だ!」


だが。


遅かった。


レオンの視界へ。


一つの光景が流れ込む。


白い街。


燃えている。


観測者たちは倒れ。


アルヴェインは片腕を失い。


グラムは。


黒い石像となっていた。


そして。


レオン自身は。


黒い剣を。


自分の胸へ突き立てている。


その口元には。


笑みがあった。


レオンのものではない。


赤い目が。


静かに囁く。


『ようやく』


『器が完成する』


記憶の世界が。


大きく軋んだ。


現在のガルドの胸にも。


同じ場所へ。


激痛が走る。


「ガルド!」


セリナが支える。


黒剣が。


鞘の中で暴れ始める。


まるで。


過去のレオンに刻まれた痣と。


今のガルドが。


一本の糸で繋がったように。


そして。


暗闇の底から。


地下の男の声が。


時を越えて届いた。


「次の器よ」


「その剣を」


「絶対に抜くな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ