表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

137/160

第137話 黒く染まる絆

夜。


消えかけた村に。


三人の鑿の音だけが響いていた。


カッ。


カッ。


カッ。


壁へ。


柱へ。


残った石へ。


名前を刻む。


もう失われないように。


ここにいた者たちが。


確かに生きていたと。


誰かが知るように。


「ミナ」


レオンが最後の文字を刻む。


「これで全員ですか」


村の老婆が頷いた。


「……たぶんね」


その声には。


確信がなかった。


思い出せない者がいる。


名前だけではない。


顔も。


家族だったかどうかさえ。


分からない。


侵食から取り戻せなかったものが。


まだ残っている。


レオンは鑿を下ろす。


「思い出したら」


「また刻みましょう」


老婆は壁へ触れる。


震える指で。


刻まれた文字をなぞる。


「また」


小さく呟く。


「来てくれるのかい」


「必要であれば」


即答だった。


グラムが隣で鼻を鳴らす。


「こいつは放っとくと」


「何年でも戻ってくるぞ」


アルヴェインも肩をすくめる。


「約束を軽々しく増やすな」


「守れば問題ありません」


「守れなかった時の話をしている」


レオンは少し黙る。


そして。


「その時は」


「謝ります」


グラムが眉を寄せた。


「それだけか」


「次に守ります」


「だから増やすなと言っている!」


アルヴェインの怒声。


少し離れた場所で。


村人たちから。


僅かな笑いが漏れた。


久しぶりに聞こえた。


人の笑い声。


レオンはその声を聞き。


ほんの少し。


肩の力を抜いた。


その時だった。


胸元で。


小さな結晶が震えた。


---


レオンは服の内側へ手を入れる。


長老から渡された精霊結晶。


仲間の無事を知らせる。


三つで共鳴する。


淡い緑の光を帯びるはずの結晶が。


今は。


半分だけ黒く染まっていた。


「何だ、それ」


グラムが目を細める。


アルヴェインも自身の結晶を取り出す。


こちらは緑のまま。


だが。


表面へ僅かな亀裂が走っていた。


グラムの結晶も同じだった。


「レオンのだけ違う」


アルヴェインが近づく。


「触るな」


レオンが言う。


「なぜだ」


「分かりません」


「ですが」


結晶の奥。


赤い点。


それが。


瞬きをした。


レオンは息を止める。


目だ。


小さい。


だが。


山で見たものと同じ。


こちらを見ている。


『聞こえるか』


頭の奥へ声が響く。


レオンの表情が強張る。


『名を刻んでも』


『記憶は腐る』


「……黙れ」


グラムが聞き返す。


「何だ」


レオンは答えない。


黒く染まる結晶を。


強く握り締める。


『三つは繋がった』


『ならば』


『一つを喰えば』


『残りも届く』


レオンの目が見開かれる。


「外せ!」


突然の叫び。


アルヴェインとグラムが驚く。


「結晶を外してください!」


「早く!」


二人は反射的に首紐を引きちぎる。


結晶が地面へ落ちる。


その直後。


三つ全てが。


同時に黒く光った。


ドクン。


重い鼓動。


空気が震える。


村の中。


壁へ刻まれた名前が。


一文字ずつ。


黒い液体を流し始めた。


「何だ……!」


グラムが戦槌を構える。


刻んだ文字の溝から。


黒い筋が這い出す。


蛇のように。


地面へ落ち。


互いに繋がる。


アルヴェインが弓を引く。


「結晶が媒介になっている!」


レオンは自身の結晶を投げ捨てた。


だが。


指から離れない。


黒い糸が。


掌と結晶を繋いでいる。


「レオン!」


アルヴェインが糸へ矢を放つ。


命中。


緑の光が弾ける。


黒い糸が一瞬だけ緩む。


レオンは。


反対の手で。


自分の掌を斬った。


血が飛ぶ。


糸ごと。


皮膚を断つ。


結晶が地面へ落ちた。


グラムが戦槌を振るう。


「邪魔すんな!」


槌頭が。


三つの結晶をまとめて叩き潰す。


轟音。


破片が飛ぶ。


黒い光が。


一度だけ大きく膨らみ。


消えた。


静寂。


三人は。


地面へ散った欠片を見る。


どれも。


ただの砕けた石になっていた。


だが。


壁の文字から流れた黒い筋は。


消えていない。


それどころか。


広がっている。


「まずい」


アルヴェインが周囲を見る。


黒い筋は。


刻まれた名を順番に繋いでいた。


ミナ。


エルサ。


ガド。


ハンス。


マリア。


村人の名。


一つずつ。


まるで。


誰から喰らうか。


数えているように。


---


村の家々から。


悲鳴が上がった。


「お母さん!」


ミナの声。


レオンたちは走る。


残された一軒の家。


中へ飛び込むと。


母親のエルサが。


床へ倒れていた。


首元には。


黒い文字が浮かんでいる。


自分の名。


エルサ。


皮膚へ直接。


焼き付けられていた。


「どいてください」


レオンが膝をつく。


触れようとする。


アルヴェインが腕を掴んだ。


「待て」


「名前から侵食している」


「触れば移るかもしれない」


「ではどうすれば」


アルヴェインは答えない。


エルサの身体が震える。


唇が動く。


「……あなた」


ミナを見ている。


だが。


目に。


娘を見る光がなかった。


「誰……?」


ミナの顔が凍る。


「お母さん?」


「私だよ」


「ミナだよ」


エルサは。


ただ怯えるように。


後ずさる。


「知らない」


その言葉で。


ミナの目から涙が溢れた。


「お母さん!」


抱きつこうとする。


エルサは悲鳴を上げた。


「来ないで!」


「知らない!」


「あなたなんて知らない!」


ミナが動けなくなる。


レオンは。


強く拳を握った。


黒い声が。


頭の奥で笑う。


『呼ばれても』


『名を失えば』


『関係は消える』


『母も』


『娘も』


『仲間も』


『全て』


壁の文字が。


また黒く滲む。


次の瞬間。


別の家からも叫び声。


「父さん!」


「私が分からないのか!」


さらに。


「お前は誰だ!」


「ここはどこだ!」


村中へ。


混乱が広がる。


名を刻んだことで。


存在を繋ぎ止めた。


だが。


同時に。


侵食へ道を与えてしまった。


レオンが。


自分の手を見る。


自分が刻んだ。


自分が提案した。


守るために。


残すために。


その行為が。


今。


村人たちを再び苦しめている。


『お前が繋いだ』


『お前が呼び戻した』


『お前が』


『壊した』


レオンの呼吸が浅くなる。


---


現在の記憶の中。


ガルドは。


無言でレオンを見ていた。


その顔を。


よく知っている。


自分のせいだと。


全てを背負おうとする顔。


セリナがガルドを見た。


「……似てる」


小さな声。


ロックが答える。


「ああ」


リゼは。


レオンの震える手を見つめる。


「でも」


「違うよ」


セリナが聞く。


「何が?」


「レオンには」


リゼはアルヴェインとグラムを見る。


「止めてくれる人がいる」


その言葉と同時に。


過去のグラムが。


レオンの後頭部を殴った。


「ぐっ」


レオンが前へよろめく。


「何を」


「何をじゃねぇ!」


グラムが怒鳴る。


「また一人で全部背負う顔してただろ!」


「事実です」


「何がだ!」


「私が名前を刻もうと」


「言いました」


「俺も刻んだ!」


グラムが自分の胸を叩く。


「アルヴェインもだ!」


「三人で決めた!」


「だったら」


「失敗も三等分だ!」


レオンは目を見開く。


「失敗を」


「分けるのですか」


「当たり前だ!」


グラムは戦槌を肩へ担ぐ。


「功績だけ分ける気か」


「都合良すぎんだろうが!」


アルヴェインも。


エルサの首元を調べながら言う。


「こいつの言い方は雑だが」


「内容は正しい」


「私も名前を刻んだ」


「原因の一端は私にもある」


レオンは二人を見る。


「ですが」


「黙れ」


アルヴェインが冷たく言う。


「今は反省する時間ではない」


「失敗の責任を取るとは」


「落ち込むことではない」


弓を握り直す。


「直すことだ」


グラムが笑う。


「たまには良いこと言うじゃねぇか」


「たまには余計だ」


レオンは。


ほんの一瞬。


俯く。


そして。


顔を上げた。


「分かりました」


短い答え。


だが。


先ほどまでの迷いは消えていた。


「直します」


---


三人は村の中央へ戻る。


黒い筋は。


地面全体へ網のように広がっている。


その中心。


砕けた精霊結晶の欠片が。


再び集まり始めていた。


破片が浮かぶ。


寄り合う。


一つの黒い球体になる。


その表面へ。


赤い目が開いた。


『繋がりは』


『弱点だ』


『名も』


『約束も』


『仲間も』


レオンが剣を向ける。


「違う」


『失えば』


『痛む』


『ならば持たぬ方がよい』


グラムが鼻で笑う。


「鍛冶場も持ってねぇ奴が」


「鉄を語んな」


『……』


「繋がりが弱点?」


戦槌を構える。


「そりゃそうだ」


「壊されたら痛ぇ」


「失えば苦しい」


「だから何だ」


アルヴェインが矢を番える。


「守る理由になる」


「捨てる理由ではない」


赤い目が。


三人を見る。


最後に。


レオンへ視線を止める。


『お前は違う』


『お前は知る』


『その繋がりが』


『最も深い傷になる』


レオンは剣を握る。


「そうかもしれない」


アルヴェインが驚いたように彼を見る。


レオンは続ける。


「ですが」


「傷つかないために」


「誰とも繋がらないなら」


ミナの泣く声が。


遠くで聞こえる。


母に忘れられた。


少女の声。


「それは」


「生きているとは言えない」


赤い瞳が。


細くなる。


『ならば』


『証明せよ』


黒い球体が弾ける。


無数の黒い文字となり。


空中へ舞い上がる。


村人たちの名前。


一つ一つが。


鋭い刃へ変わる。


一斉に。


三人へ降り注いだ。


「散れ!」


アルヴェインが叫ぶ。


三人が別方向へ跳ぶ。


黒い文字が地面へ突き刺さる。


触れた場所が消える。


土。


草。


石。


存在ごと削り取られる。


グラムが槌で文字を弾く。


だが。


一つを砕くたび。


別の文字が二つに増える。


「増えやがる!」


アルヴェインの矢が。


複数の文字を精霊光で縫い止める。


「名前を壊すな!」


「何?」


「これは村人の存在と繋がっている!」


「砕けば」


「本人まで消える可能性がある!」


グラムの槌が止まる。


その隙に。


黒い文字が肩へ突き刺さった。


「ぐっ!」


血ではない。


黒い光が。


傷口から身体へ入り込む。


首元に。


見覚えのない文字が浮かんだ。


グラム。


自分の名。


レオンの精霊結晶から。


奪われた情報。


「グラム!」


アルヴェインが駆け寄る。


だが。


別の文字が。


彼の背へ刺さる。


「っ!」


アルヴェインの首にも。


名が浮かぶ。


最後に。


無数の文字が。


レオンへ集まる。


剣で受ける。


避ける。


だが。


数が多すぎる。


一本が。


胸を貫いた。


痛みはない。


その代わり。


胸元へ。


名が刻まれる。


レオン。


三人の名が。


黒く光った。


『三つは繋がった』


『ならば』


『一つずつ』


『奪おう』


レオンの頭から。


何かが抜け落ちる。


アルヴェインと。


初めて会った日の記憶。


顔は見える。


だが。


名前が分からない。


「……あなたは」


アルヴェインが。


目を見開く。


グラムも。


レオンを見る。


「おい」


声が震える。


「人間」


名前を呼べない。


アルヴェインも。


グラムの名が出てこない。


三人の間から。


互いの記憶が。


消え始めていた。


赤い瞳が笑う。


『名を失え』


『絆を失え』


『一人になれ』


レオンは。


胸元の黒い文字を掴む。


指が焼ける。


それでも。


離さない。


目の前にいる。


エルフ。


ドワーフ。


名前は出てこない。


だが。


覚えている。


森で。


背中を預けた。


山で。


共に戦った。


命を繋いだ。


村人の名を。


一緒に刻んだ。


「名前が」


レオンは荒い息を吐く。


「分からなくても」


二人を見る。


「誰かは」


「分かります」


アルヴェインの目が揺れる。


グラムも。


拳を握る。


「ならば」


アルヴェインが弓を構える。


「名は後で取り戻す」


グラムが戦槌を持ち上げる。


「忘れてる間だけ」


「別の呼び方でいい」


レオンが尋ねる。


「何と」


グラムが笑う。


「馬鹿人間」


アルヴェインが言う。


「頑固ドワーフ」


グラムが怒鳴る。


「誰が頑固だ!」


「お前だ」


「木登り野郎!」


「幼稚だな」


言い合う二人を見て。


レオンの口元へ。


笑みが浮かぶ。


「では」


剣を構える。


「行きましょう」


名を失っても。


立ち位置は変わらない。


前衛。


弓。


戦槌。


三つの武器。


三つの呼吸。


黒い文字が。


再び降り注ぐ。


レオンが前へ出る。


「私が道を作ります!」


アルヴェインが矢を放つ。


「右へ三歩!」


グラムが槌を振るう。


「そのまま伏せろ!」


連携は。


消えていない。


名前より深い場所に。


身体が覚えている。


レオンが黒い文字の雨を抜ける。


剣で斬らない。


刃の腹で。


軌道だけを逸らす。


アルヴェインの矢が。


文字同士を繋ぐ黒い糸を射抜く。


グラムの槌が。


地面へ広がった侵食を打ち砕く。


赤い瞳が揺れる。


『なぜ』


『なぜ動ける』


三人は答えない。


答える必要もない。


言葉より先に。


互いの動きを理解している。


レオンが。


黒い球体の前へ到達する。


だが。


剣を振らない。


そのまま。


手を伸ばす。


赤い瞳を掴んだ。


『何を』


「名前を」


指が焼ける。


皮膚が裂ける。


それでも。


強く握る。


「返してください」


『拒む』


「なら」


背後から。


矢が飛ぶ。


レオンの手元。


赤い瞳だけを貫く。


横から。


戦槌が振り抜かれる。


球体の外殻を。


砕く。


「力ずくで!」


三人の声が重なった。


黒い球体が。


大きくひび割れる。


中から。


光が溢れた。


文字。


数え切れない名前。


村人たちの名。


そして。


三人の名。


それらが。


夜空へ飛び散る。


レオン。


アルヴェイン。


グラム。


三つの文字が。


それぞれの胸へ戻る。


記憶が。


一気に蘇る。


レオンは叫ぶ。


「アルヴェイン!」


矢が。


最後の黒い糸を断つ。


「グラム!」


戦槌が。


赤い瞳を叩き潰す。


「レオン!」


二人も。


その名を呼ぶ。


黒い球体が。


完全に砕けた。


---


村へ。


静けさが戻る。


黒い筋は消え。


壁に刻まれた名前も。


元の白い文字へ戻っていた。


エルサが。


ゆっくりと目を開く。


目の前。


泣きながら立つ少女。


しばらく。


ただ見つめる。


そして。


震える声で呼んだ。


「……ミナ」


少女の顔が。


くしゃくしゃに歪む。


「お母さん!」


二人は抱き合う。


村のあちこちで。


同じ声が上がる。


名前を呼ぶ声。


家族を。


友を。


隣人を。


取り戻した者たちが。


確かめ合う声。


レオンは。


その光景を見つめる。


胸元。


精霊結晶は砕けた。


もう共鳴しない。


だが。


アルヴェインとグラムは。


すぐ隣にいる。


「結晶がなくなりました」


レオンが言う。


グラムが鼻を鳴らす。


「なくても分かるだろ」


「何がです」


「俺らが生きてるかどうかだ」


アルヴェインも小さく頷く。


「見れば分かる」


「離れた時は」


レオンが尋ねる。


アルヴェインは少し考える。


「戻ると信じればいい」


グラムが笑う。


「エルフが随分まともなこと言うようになったな!」


「誰のせいで苦労していると思っている」


「俺のおかげだな!」


「そういうところだ!」


レオンは。


二人を見て。


今度は。


はっきりと笑った。


---


現在。


記憶を見ているガルドは。


黙って胸元へ手を置いた。


結晶はない。


だが。


レオンの言葉が。


胸の奥へ残っている。


名前が分からなくても。


誰かは分かる。


セリナが隣へ立つ。


「ガルド」


名を呼ぶ。


ガルドは彼女を見る。


「何だ」


「呼んだだけ」


セリナは少し笑う。


ロックも反対側から言う。


「俺の名前も忘れてないよな」


「忘れた」


「即答すんな!」


リゼがくすくす笑う。


その声の中。


記憶の景色が。


再び揺れ始める。


村の夜が遠ざかる。


代わりに現れたのは。


白い石造りの街。


高い塔。


幾つもの旗。


そして。


門の上に掲げられた。


閉じた目の紋章。


観測者たちの拠点。


レオンたちの旅は。


次の地へ進む。


だが。


白い街の地下。


幾重もの鎖に繋がれた部屋で。


一人の男が。


壁へ同じ言葉を刻み続けていた。


『黒い剣を』


『レオンへ渡すな』


何度も。


何度も。


指先から血を流しながら。


そして男は。


誰もいない闇へ向かって呟いた。


「三度目が来る前に」


「今度こそ」


「歴史を変えなければ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ