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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

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第135話 旅立ちの鍛冶場

エルフの里に、金属を打つ音が響く。


カン――


カン、カン――


澄んだ森の空気には、本来似つかわしくない音だった。


「毎朝これだ」


巡察兵の一人が苦笑する。


「薬師は『患者は寝ていろ』と言い、あのドワーフは『腕だけなら動く』と言って鍛冶場へ行く」


「困ったものだ」


「止められないのですか」


レオンが尋ねると、巡察兵は肩をすくめた。


「止まる男なら、あんな傷は負わん」


---


里の外れ。


普段は使われていない古い鍛冶場。


赤く燃える炉の前で、グラムは左腕だけで大槌を振るっていた。


右腕には包帯。


だが、その表情は生き生きとしている。


「遅ぇ!」


レオンの姿を見るなり怒鳴った。


「鍛冶場へ来るなら日の出前だ!」


「申し訳ありません」


「謝る暇があるならふいごを踏め!」


「はい」


レオンは素直にふいごを踏み始めた。


炎が勢いを増す。


グラムは満足そうに頷いた。


「それでいい」


その様子を少し離れた木陰からアルヴェインが見ていた。


「本当に寝ていなくていいのか」


「俺は鍛冶師だ」


グラムは真っ赤に熱した鉄を炉から取り出す。


「鍛冶師は寝てても剣はできねぇ」


「理屈になっていない」


「理屈なんざ酒場に置いてきた」


アルヴェインは深くため息をついた。


「その酒場もないだろう」


「細けぇこと言うな」


レオンは思わず小さく笑った。


---


グラムはレオンの欠けた剣を作業台へ置く。


静かに刃を見つめる。


「折れた場所を見ろ」


レオンも覗き込む。


「欠けています」


「そこじゃねぇ」


グラムは指で断面をなぞる。


「ここだ」


細かな波紋。


幾重にも重なる鍛え跡。


「この剣は何度も折れかけてる」


「それでも持ち主が手入れしてきた」


「だから芯が死んでねぇ」


レオンは驚いた。


「そこまで分かるのですか」


「鍛冶師だからな」


グラムは鼻を鳴らす。


「剣は嘘をつかねぇ」


静かに刃を炉へ入れる。


赤く染まる鋼。


やがて取り出し、金床へ置く。


「レオン」


「はい」


「剣ってのは何だ」


突然の問いだった。


レオンは少し考える。


「命を守るものです」


「半分だ」


「半分?」


「もう半分は」


グラムは槌を振り下ろした。


カンッ!


火花が散る。


「持ち主を映す鏡だ」


再び。


カンッ!


「臆病な奴が握れば臆病になる」


カンッ!


「欲張りが握れば欲張りになる」


カンッ!


「お前の剣は」


火花の向こうでグラムが笑う。


「ちゃんとお前になってる」


レオンはその言葉を静かに受け止めた。


---


昼過ぎ。


長老から三人へ呼び出しがかかる。


神木の広場。


巨大な古木の根元に、長老が立っていた。


その前には一枚の地図。


「北方だけでは終わらぬ」


長老が言う。


「昨日、各地へ伝令を飛ばした」


地図の上へ、小さな石が置かれていく。


北の鉱山。


西の湿原。


南の砂海。


東の海岸。


「同じ黒い侵食が確認された」


アルヴェインの顔が険しくなる。


「同時に?」


「そうだ」


長老は頷く。


「昨日の山だけではない」


「世界中で何かが動き始めておる」


レオンが地図を見る。


「原因は同じでしょうか」


「分からぬ」


「だが」


長老は黒い核の欠片を机へ置いた。


「調べねばならん」


「お前たち三人に頼みたい」


部屋が静まり返る。


「森を出ろ」


「黒き侵食の正体を探れ」


「そして」


長老の目が三人を順番に見た。


「二度と昨日のような悲劇を繰り返すな」


---


誰もすぐには答えなかった。


最初に口を開いたのはグラムだった。


「俺は行く」


即答だった。


「放っておきゃ山が死ぬ」


「山が死ねば鍛冶場も終わりだ」


「だったら叩き潰す」


アルヴェインも静かに頷く。


「巡察兵として命じられた以上」


「断る理由はない」


長老の視線がレオンへ向く。


「お前はどうだ」


レオンは少しだけ考えた。


思い浮かぶのは助けた商人たち。


森で出会ったヴァレス。


石へ取り込まれたボルガ。


そして。


黒い結晶。


「行きます」


短い答え。


だが迷いはなかった。


「見過ごせません」


長老は静かに目を閉じる。


「よかろう」


---


夕方。


旅支度が始まる。


アルヴェインは弓を整える。


予備の矢を一本一本確認する。


グラムは工具を袋へ詰め込んでいた。


金槌。


砥石。


鋼の楔。


革袋。


酒瓶。


「酒は置いていけ」


アルヴェインが言う。


「置いてくくらいなら俺が置いてかれる」


「その方が荷物は軽い」


「エルフ!」


二人の言い合いを聞きながら、レオンは笑みを浮かべる。


「仲が良いですね」


二人が同時に振り向いた。


「「どこがだ!」」


見事に声が重なる。


レオンは首を傾げる。


「息は合っています」


「合わせた覚えはねぇ!」


「最悪だ!」


その様子を見ていた巡察兵たちから笑いが漏れる。


少し前までなら考えられない光景だった。


---


日が沈む頃。


長老が一つの小箱をレオンへ差し出した。


中には小さな水晶が三つ入っている。


淡い緑色。


「精霊結晶だ」


「危険を知らせる」


「三つは共鳴する」


「離れていても仲間の無事が分かる」


レオンは丁寧に受け取る。


アルヴェインとグラムにも一つずつ渡された。


「壊すなよ」


長老が言う。


グラムが鼻を鳴らす。


「誰に言ってんだ」


「レオンじゃ」


「すぐ人助けで割る」


レオンは少し困ったように笑う。


「気を付けます」


「気を付けても割る」


「否定できません」


グラムは豪快に笑った。


「正直者だな!」


---


その夜。


ガルドたちは記憶を見つめていた。


ロックが腕を組む。


「ようやく本当の旅が始まるな」


セリナも頷く。


「ここから三人は世界を巡るんだ」


リゼは小さく微笑む。


「今のアルヴェイン様を見ると」


「最初はこんなに怒ってばかりだったなんて信じられない」


ガルドだけは黙っていた。


長老が渡した精霊結晶。


三人の笑顔。


穏やかな夜。


そのすべてが。


未来を知る自分には、あまりにも儚く映る。


レオンはまだ知らない。


旅の終わりに。


その結晶は一つずつ失われていくことを。


そして。


自らが最も守りたかったものを救うために、三度目の誘惑が訪れることを。


---


翌朝。


里の門が開く。


レオンが先頭へ出る。


その右にアルヴェイン。


左にグラム。


三人は同時に振り返った。


長老をはじめ、多くのエルフたちが見送っている。


「行ってまいります」


レオンが頭を下げる。


長老は静かに杖を掲げた。


「行け」


「歴史に呑まれるな」


「歴史を繋いでこい」


朝日が三人を照らす。


その背中はまだ若い。


だが、その一歩は確かだった。


こうして――


後に「黒剣の三英雄」と語り継がれながら、その名だけが歴史から失われることになる長い旅が、静かに幕を開けた。


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