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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

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第134話 三つの誓い

朝霧が、エルフの里を包んでいた。


巨木の枝葉から差し込む柔らかな光が、木造の家々を照らしている。


里の中央にある治療院。


木の香りと薬草の匂いが混ざる静かな部屋で、グラムは深い眠りについていた。


胸には白い包帯。


右腕の黒い痣は消えたものの、皮膚には細い黒い線が焼け跡のように残っている。


老薬師が静かに息を吐いた。


「命は繋いだ」


その一言に、レオンの肩から力が抜ける。


「ですが」


薬師は包帯を巻き直しながら続けた。


「完全には消えておらぬ」


アルヴェインが表情を引き締める。


「残滓ですか」


老薬師は頷く。


「あれは病ではない」


「呪いでもない」


「もっと古い何かじゃ」


「身体から追い出しても、傷跡だけは残る」


レオンは眠るグラムを見る。


「また現れるのでしょうか」


「分からぬ」


薬師は首を横に振った。


「だからこそ調べねばならん」


---


治療院を出ると、朝日が眩しかった。


アルヴェインはしばらく黙って歩き、やがて立ち止まる。


「……昨日は助かった」


レオンは少し驚いたように彼を見る。


「こちらこそ」


「違う」


アルヴェインは首を振る。


「礼を言っている」


「お前がいなければ」


「グラムは死んでいた」


レオンは静かに微笑む。


「一人では救えませんでした」


「あなたが心臓を守ってくれたからです」


アルヴェインは目を細める。


「何でも半分にするのだな」


「事実です」


「功績まで分ける必要はない」


「仲間ですから」


その言葉に。


アルヴェインは足を止めた。


仲間。


昨夜、自分も同じ言葉を口にした。


思わず出た言葉だった。


だが今、改めて聞くと、不思議な重みがあった。


「……まだ」


アルヴェインは小さく息を吐く。


「簡単には慣れん」


「構いません」


レオンは穏やかに答える。


「ゆっくりで」


「急ぐ旅ではありませんから」


アルヴェインは苦笑した。


「いや」


「これから急ぐ旅になる」


そう言って、山の方角へ視線を向ける。


黒い光は消えた。


しかし森の精霊たちは、まだ落ち着きを取り戻してはいない。


---


その日の昼。


里の会議の間には、長老と巡察隊、それにレオンが集められていた。


中央の机には、黒い核の欠片が置かれている。


昨日、レオンたちが持ち帰ったものだった。


欠片は砕けている。


だが時折、弱く赤い光を放っていた。


長老はそれを見つめながら言う。


「間違いない」


「これは古き侵食の欠片だ」


レオンが尋ねる。


「過去にも現れたのですか」


「何度も」


長老は静かに頷く。


「森だけではない」


「山にも」


「海にも」


「砂漠にも」


その言葉に、里がざわつく。


「各地で?」


「そうだ」


長老は杖を握る。


「だが不思議なことに」


「必ず、痕跡だけが残る」


「記録は消える」


レオンの眉が動く。


「記録が?」


「戦った者の名も」


「出来事も」


「時には町そのものも」


「歴史から抜け落ちる」


現在のガルドたちは、その言葉に息を呑んだ。


セリナが小さく呟く。


「レオン……」


ロックも腕を組む。


「やっぱり繋がってるな」


レオンの名が歴史から消えた理由。


それは偶然ではなかった。


---


その時だった。


一人の巡察兵が部屋へ飛び込んできた。


「長老!」


「伝令です!」


息を切らせながら、一枚の古びた金属板を差し出す。


「国境の見張り小屋で見つかりました!」


長老が受け取る。


表面には、見慣れない紋章が刻まれていた。


円環。


その内側に、閉じた一つの目。


ガルドの表情が変わる。


セリナも気付く。


「……結社」


今の結社の紋章とは少し違う。


だが。


確かに同じ意匠だった。


レオンは金属板を見る。


「この印は」


長老は低く答える。


「観測者」


「古い記録を集める者たちだ」


アルヴェインが眉をひそめる。


「学者ですか」


「表向きはな」


長老は金属板を裏返す。


そこには細かな文字が刻まれていた。


『第一観測隊 北方調査記録』


レオンが目を通す。


しかし途中で眉を寄せた。


「読めません」


文字が途中から黒く潰れている。


いや。


潰れているのではない。


そこだけが。


最初から書かれていないようだった。


長老も目を閉じる。


「また消えておる」


「記録が喰われている」


静かな部屋に、重苦しい空気が流れた。


---


夕暮れ。


レオンは里の外れに立っていた。


欠けた剣を静かに見つめる。


「まだ使うのか」


背後から声がした。


振り返ると、グラムが木にもたれて立っていた。


包帯姿だが、もう歩けるらしい。


「寝ていなくていいんですか」


「寝飽きた」


グラムは鼻を鳴らす。


そしてレオンの剣をじっと見る。


「貸せ」


レオンは黙って差し出した。


グラムは刃を確かめる。


指で欠けた部分をなぞる。


鍔を叩く。


柄を握る。


しばらく無言だった。


やがて。


「悪くねぇ」


レオンが首を傾げる。


「前は酷いと」


「ああ」


グラムは笑う。


「剣は酷ぇ」


「だが」


刃をレオンへ返す。


「持ち主が育ててる」


レオンは少し驚いたような顔になる。


グラムは照れ隠しのように咳払いした。


「だから鍛え直してやる」


「もっと強ぇ鉄に」


「もっと折れねぇ剣に」


レオンは深く頭を下げた。


「お願いします」


「礼はいい」


グラムは笑う。


「代わりに一つ約束しろ」


「何でしょう」


「次に無茶する時は」


「俺たちにもやらせろ」


レオンは一瞬だけ目を丸くした。


そして。


自然に笑う。


「はい」


「約束します」


---


夜。


長老は一人、古木の祠へ向かっていた。


誰もいない祭壇。


その奥にある古い石碑へ、静かに手を添える。


「始まったな」


その時。


背後から一人の老人が姿を現した。


白い旅装束。


長い杖。


その胸元には、昼間見たものと同じ「閉じた目」の紋章。


「始まりました」


老人は静かに答える。


「三人は出会いました」


長老は振り返らない。


「見届けるのか」


「ええ」


老人は空を見上げた。


「歴史はまた繰り返されます」


「今度こそ」


「結末が変わることを願って」


その瞳には憂いがあった。


敵意ではない。


使命でもない。


ただ、何度も同じ悲劇を見てきた者だけが持つ諦めにも似た悲しみ。


木々を揺らす夜風が吹く。


遠く離れた山の底では、砕けた黒い核がなお脈打っていた。


一方、静かに眠るグラムの右腕の黒い痕も、ごくわずかに熱を帯びる。


そしてレオンはまだ知らない。


自分が拒み続けた黒い剣が、三度目には「仲間を救うため」ではなく、「世界そのものを守るため」の選択として現れることを――。


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