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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

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第132話 記憶の外から来る声

闇が。


すべてを呑み込んだ。


山も。


森も。


レオンたちの姿も。


つい先ほどまで目の前にあった過去の景色が、黒く塗り潰されている。


足元さえ見えない。


上下も。


前後も。


境界が失われていた。


「ガルド!」


セリナの声がする。


近い。


だが姿は見えない。


「返事をして!」


ガルドは背中の黒剣へ手を伸ばした。


柄は確かにそこにある。


だが。


触れた瞬間。


指先へ焼けるような痛みが走った。


「っ……」


黒剣が脈打つ。


ドクン。


記憶の中で聞いた黒い結晶と。


まったく同じ鼓動。


『見つけた』


声が響く。


今度は。


はっきりと。


ガルドへ向けられていた。


『次の器』


ガルドは闇を睨む。


「……誰だ」


返事の代わりに。


暗闇の中へ、二つの赤い瞳が開いた。


巨大だった。


距離が分からない。


目の前にあるようにも。


遥か遠くに浮かんでいるようにも見える。


その瞳の奥。


幾つもの光景が流れていた。


燃える城塞都市。


崩れ落ちる王都。


血に濡れた仲間たち。


地面へ倒れるセリナ。


ロックの折れた剣。


泣き叫ぶリゼ。


そして。


黒剣を握り。


一人で立つガルド。


『お前も同じだ』


「違う」


『守りたい』


「……」


『失いたくない』


ガルドは答えない。


否定できなかった。


声は。


その沈黙を喜ぶように。


低く笑った。


『ならば同じだ』


『レオンと』


赤い瞳の中。


若きレオンが映る。


まだ。


黒剣を持つ前の姿。


欠けた制式剣を握り。


仲間を背負い。


何度でも立ち上がる騎士。


その姿が。


ガルド自身と重なっていく。


『あの男も拒んだ』


『最初は』


ガルドの目が細くなる。


「最初は」


『そうだ』


闇が揺れる。


『人は失う』


『失えば変わる』


『拒絶は願いとなり』


『願いは執着となる』


『執着は』


『力を呼ぶ』


背中の黒剣が。


激しく震えた。


鞘の中で刃が鳴る。


抜け。


そう迫っている。


「ガルド!」


再び。


セリナの声。


今度は僅かに近い。


「聞こえるなら答えて!」


ガルドは赤い瞳から目を逸らさない。


「いる」


短く返す。


「動ける?」


「……ああ」


嘘だった。


足が動かない。


闇の底から伸びた黒い影が。


両脚へ絡みついている。


その影は。


ゆっくりと這い上がっていた。


膝。


腰。


胸。


まるで。


黒剣とガルドを繋ごうとするように。


『抜け』


声が囁く。


『剣を』


『お前のものだ』


ガルドの手が。


無意識に柄を握る。


その瞬間。


別の手が。


手首を掴んだ。


「抜くな!」


ロックの声。


闇の中。


姿が滲むように現れる。


歯を食いしばり。


ガルドの腕へしがみついていた。


「今のお前は、それを抜いちゃ駄目だ!」


ガルドは低く言う。


「離せ」


「断る!」


「危険だ」


「だから掴んでんだろうが!」


ロックの足元にも。


黒い影が絡みついている。


それでも。


手を離さない。


「一人で何でも背負うなって」


「何回言わせる気だ!」


その言葉に。


赤い瞳が細くなる。


『また仲間か』


闇の別の場所。


淡い緑の光が灯った。


セリナ。


杖を両手で握り。


精霊光を必死に広げている。


「ガルド!」


光が。


少しずつ闇を押し退ける。


その隣にはリゼもいた。


両手を胸元で組み。


震えながらも。


目を逸らしていない。


「ガルド……戻ってきて」


小さな声。


だが。


確かに届く。


赤い瞳が。


四人を順番に見た。


『脆い』


『いずれ壊れる』


『守れない』


『また失う』


ガルドの脳裏へ。


かつての記憶が流れ込む。


追放された日。


背を向けた騎士たち。


助けられなかった者たち。


黒剣に呑まれかけた夜。


自分のせいで。


傷ついた仲間。


『お前は知っている』


『己が災いであると』


「違う!」


セリナが叫んだ。


ガルドより先に。


闇へ向かって。


「ガルドは災いじゃない!」


『何を知る』


「知ってる!」


声が震える。


それでも。


退かない。


「この人が何度も怖がっていたことも」


「自分が傷つくより、私たちを傷つけることを恐れていたことも」


「何も言わずに一人で苦しんでいたことも」


セリナは杖を強く握る。


「全部!」


「全部知ってる!」


緑の光が広がる。


闇の中。


ガルドへ絡みつく影が僅かに薄れる。


『それでも』


『力は災いを呼ぶ』


ロックが鼻で笑った。


「だったら」


「災いが来るたびに殴り飛ばすだけだ」


『人間に何ができる』


「一人じゃ無理だろうな」


ロックはガルドの腕を掴んだまま言う。


「だから全員いるんだろ」


リゼも。


一歩前へ出た。


足は震えている。


顔も青い。


それでも。


ガルドを見た。


「ガルドは」


「私たちを守ってくれた」


「だから今度は」


「私たちが守る番」


赤い瞳が揺れる。


怒りではない。


理解できないものを見るように。


『なぜだ』


『なぜ弱き者を抱える』


ガルドが。


初めて。


柄から手を離した。


黒剣が大きく震える。


拒むように。


怒るように。


だが。


ガルドは触れない。


「弱くない」


赤い瞳がガルドを見る。


「こいつらは」


一度。


言葉を切る。


ガルドは多くを語らない。


だが。


今は。


言わなければならなかった。


「俺より強い」


セリナが目を見開く。


ロックは。


一瞬だけ黙り。


すぐに笑った。


「そこは素直に認めんのかよ」


「事実だ」


「俺はともかく、リゼまで含めてか?」


「当然」


「当然なの?」


リゼが驚いたように聞き返す。


ガルドは頷いた。


その瞬間。


黒い影が。


大きくひび割れた。


赤い瞳が細くなる。


『同じではないと』


『そう言うか』


ガルドは答える。


「ああ」


『ならば見せろ』


闇が激しく渦巻く。


セリナの精霊光が揺れる。


ロックの姿が薄くなる。


リゼが息を呑む。


『レオンの果てを』


『あの男が何を選び』


『何を失い』


『なぜ剣を取ったか』


ガルドの表情が変わる。


「レオンは」


『見届けよ』


声が。


愉悦を帯びる。


『そして知れ』


『お前もいずれ』


『同じ場所へ立つ』


赤い瞳が閉じる。


その瞬間。


闇が砕けた。


---


光。


強烈な白い光が戻る。


ガルドは片膝をついた。


荒い息。


胸の奥が痛む。


背中の黒剣は。


沈黙していた。


「ガルド!」


セリナが駆け寄る。


肩へ手を置く。


「大丈夫?」


ガルドは頷こうとした。


だが。


すぐには動けなかった。


ロックも隣へしゃがむ。


「本当に大丈夫か?」


「……ああ」


「今の間は何だ」


「問題ない」


「問題しかねぇだろ」


リゼもガルドの前へ立つ。


目に涙が浮かんでいる。


「声」


「聞こえてたの?」


ガルドは僅かに黙る。


そして。


「聞こえた」


と答えた。


誤魔化さなかった。


セリナの表情が強張る。


「記憶の中の存在が」


「私たちを認識した?」


「俺だけだ」


ガルドは立ち上がる。


「最初は」


その言葉に。


セリナが息を止める。


「最初は?」


ガルドは赤い瞳の言葉を思い出す。


――あの男も拒んだ。


――最初は。


「レオンは」


「一度、あれを拒んだ」


「だが」


背中の黒剣へ視線を向ける。


「後に取った」


誰も答えられない。


今まで。


黒剣はレオンが邪竜と契約した証だと考えていた。


だが。


契約へ至るまでに。


何があったのか。


レオンは何を失ったのか。


そして。


なぜ。


一度拒んだ力を。


最後には受け入れたのか。


過去の景色が。


再び戻り始める。


夜の森。


木々の間を走る三人。


レオン。


若きアルヴェイン。


そして。


レオンの背で苦しむグラム。


記憶は。


闇に呑まれる直前の続きへ戻っていた。


---


「もう少しだ!」


アルヴェインが叫ぶ。


エルフの里の灯りが。


木々の向こうに見える。


だが。


グラムの呼吸は弱い。


黒い痣は胸へ達していた。


レオンの肩へ回された腕から。


力が抜けていく。


「寝るな」


レオンが言う。


「誰が……寝るか」


グラムが掠れた声で返す。


「酒も……飲んでねぇのに」


「里へ着けば飲めます」


「エルフの酒なんざ……水だ」


先頭のアルヴェインが振り返る。


「聞こえているぞ」


「なら……もっと強い酒を……用意しろ」


「生きて着いたらな」


グラムが。


僅かに笑った。


だが。


次の瞬間。


身体が痙攣する。


「グラム!」


レオンが足を止める。


黒い痣が。


心臓の上で。


赤く光った。


ドクン。


強い鼓動。


グラムの口から。


黒い靄が漏れる。


目が。


ゆっくりと黒く濁り始めた。


アルヴェインが駆け戻る。


「地面へ下ろせ!」


二人でグラムを横たえる。


精霊光を流し込む。


だが。


緑の光が。


黒い痣へ触れた瞬間。


弾かれる。


アルヴェインの手から血が飛んだ。


「っ!」


レオンが支える。


「どうすれば」


アルヴェインは答えない。


何度も。


精霊術を試す。


癒やし。


浄化。


封印。


どれも効かない。


黒い痣は。


脈打ちながら広がっていく。


「……間に合わない」


アルヴェインが呟く。


「まだ里へは」


「違う」


震える声。


「里へ着いても」


「今の術では止められない」


レオンの顔から表情が消える。


グラムが。


薄く目を開ける。


黒く染まりかけた瞳で。


二人を見る。


「騒ぐな……」


「まだ……死んじゃいねぇ」


「黙っていろ」


アルヴェインが言う。


「今は助かることだけを考えろ」


「命令……すんな」


弱い声。


だが。


いつもの調子。


レオンがグラムの手を握る。


「助かります」


グラムが鼻で笑う。


「根拠は」


「ありません」


「馬鹿……正直だな」


レオンは。


それ以上。


何も言えなかった。


守ると。


助けると。


簡単には口にできない。


目の前で。


命が失われようとしている。


自分には。


何もできない。


その時。


森の奥から。


風が吹いた。


生温かい。


鉄の匂いを含んだ風。


レオンの耳へ。


あの声が囁く。


『力が欲しいか』


レオンの身体が固まる。


アルヴェインは気づかない。


必死にグラムへ精霊術を施している。


『望め』


『さすれば』


『救える』


レオンの目の前。


誰にも見えない黒い剣が。


再び姿を現した。


手を伸ばせば。


届く場所に。


ガルドはその光景を見て。


息を止めた。


これが。


最初の分岐。


レオンが。


一度拒んだ力へ。


再び手を伸ばす瞬間。


黒い剣は。


静かに囁く。


『選べ』


レオンの手が。


ゆっくりと上がった。


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