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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

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第131話 崩れゆく山

坑道が。


崩れる。


天井を走った亀裂が、一気に広がった。


岩が落ちる。


支柱が折れる。


黒い筋に侵された壁そのものが、内側から押し潰されるように砕けていく。


「走れ!」


グラムの怒声が響いた。


レオンたちは、来た道を全力で駆ける。


先頭はアルヴェイン。


その後ろをレオン。


最後尾をグラムが走っていた。


短い脚でありながら、遅れはしない。


だが。


右腕に刻まれた黒い痣は、先ほどよりも広がっていた。


肩へ。


首元へ。


脈打つたび。


鈍い痛みが腕の奥を貫く。


「ぐ……っ」


足が僅かにもつれる。


レオンが振り返る。


「グラム!」


「前を見ろ!」


怒鳴り返した直後。


背後で壁が崩れた。


濁流のような岩石が押し寄せてくる。


レオンは足を止めた。


「何している!」


アルヴェインが叫ぶ。


レオンは答えず、グラムのもとへ駆け戻る。


「来るな!」


「一緒に出ます」


「俺は走れる!」


「知っています」


「なら戻るな!」


「ですが」


レオンはグラムの左腕を自分の肩へ回した。


「一人より二人の方が速い」


グラムの顔が歪む。


「……この馬鹿人間が」


「よく言われます」


二人が走り出す。


背後。


黒い結晶の脈動が。


坑道を通して伝わってくる。


ドクン。


ドクン。


そのたび。


山全体が悲鳴を上げていた。


---


現在のガルドたちも。


崩落する記憶の中を追っていた。


岩は彼らをすり抜ける。


土煙も。


砕けた支柱も。


触れることはない。


それでも。


目の前で迫る崩壊は、あまりにも生々しかった。


リゼがガルドの外套を掴む。


「このままじゃ、みんな……」


ガルドは答えない。


過去であることは分かっている。


レオンも。


アルヴェインも。


少なくともこの場では死なない。


それでも。


胸の奥へ重い不安が沈んでいく。


黒い結晶がレオンへ告げた言葉。


器。


よく燃える。


そして。


いずれ力を求める。


背中の黒剣が。


記憶の中の鼓動へ呼応するように。


僅かに震えた。


ガルドは柄を握る。


「……黙れ」


誰にも聞こえない声。


だが黒剣は。


もう一度だけ。


低く脈打った。


---


「止まれ!」


先頭のアルヴェインが急停止する。


前方の坑道が塞がれていた。


崩れた岩。


折れた梁。


その隙間から、黒い靄が漏れ出している。


グラムが顔を上げた。


「脇道がある!」


「どこだ!」


「そこの壁だ!」


グラムはレオンから離れ、左手で戦槌を構えた。


だが。


右腕が動かない。


力を込めた瞬間。


黒い痣が赤く光る。


激痛。


戦槌が手から落ちた。


鈍い音。


グラムは膝をつく。


「ちくしょう……」


アルヴェインが駆け寄る。


「見せろ」


「まだ言うか」


「黙って見せろ!」


腕を掴む。


黒い筋は肩を越え。


胸元へ向かって伸びていた。


アルヴェインの顔色が変わる。


「速すぎる」


「何がだ」


「侵食だ」


「このままでは心臓へ届く」


グラムが苦く笑う。


「それで?」


「腕を落とせってか」


アルヴェインは答えられない。


レオンが塞がれた壁を見る。


その向こう。


ごく弱い風が流れている。


完全には塞がっていない。


だが。


人が通れるほどではない。


「グラム」


「何だ」


「この壁の先が脇道ですか」


「ああ」


「なら開けます」


グラムが戦槌を見る。


「俺の槌じゃなきゃ無理だ」


レオンは戦槌を拾い上げようとする。


だが。


持ち上がらない。


柄を両手で握り。


全身へ力を込める。


ようやく。


槌頭が僅かに浮いた。


ロックが目を見開く。


「重すぎるだろ、あれ」


グラムが鼻を鳴らす。


「人間にゃ無理だ」


「やってみます」


「そういう問題じゃねぇ」


「なら」


レオンは戦槌を引きずりながら壁の前へ立った。


「やり方を教えてください」


グラムが黙る。


坑道が再び揺れる。


背後から崩壊の音が近づく。


時間はない。


グラムは舌打ちした。


「腰を落とせ」


レオンが従う。


「腕で振るな」


「足から力を上げろ」


「槌を持ち上げようとするな」


「重さに任せろ」


「はい」


「返事だけはいいな!」


レオンは息を吸う。


両足を踏み込む。


腰を捻り。


背。


肩。


腕。


順に力を伝える。


戦槌が。


ゆっくりと持ち上がる。


グラムの目が僅かに見開かれた。


レオンは叫ぶ。


そして。


振り下ろした。


ドゴォン!


壁が揺れる。


表面へ亀裂。


だが砕けない。


衝撃でレオンの手の皮が裂ける。


血が柄へ滲む。


「もう一度です」


「無茶だ!」


アルヴェインが言う。


レオンは戦槌を引き抜く。


「では別の方法を」


「そんなもの――」


「ある」


グラムが低く言った。


二人が彼を見る。


グラムは壁の亀裂を指差す。


「今ので岩の噛み合わせがずれた」


「次は中央じゃねぇ」


「右上だ」


レオンが構え直す。


「少し角度を寝かせろ」


「叩くんじゃねぇ」


「割れ目へ押し込め」


レオンは頷く。


アルヴェインが前へ出る。


「私も補助する」


「弓で岩が砕けるかよ」


「精霊は岩にもいるのだろう」


グラムが一瞬黙る。


そして。


「……好きにしろ」


アルヴェインは壁へ手を添える。


目を閉じる。


ここに残る。


僅かな気配。


黒い侵食へ飲まれながら。


まだ完全には失われていない。


山の記憶。


石の精霊。


「聞こえるなら」


アルヴェインは囁く。


「道を示せ」


緑の光が指先から広がる。


壁の亀裂へ沿って。


細い光が走った。


一本。


二本。


複雑に枝分かれする。


その中で。


一か所だけ。


強く輝く場所。


グラムが笑う。


「そこだ!」


レオンが戦槌を振るう。


二度目の一撃。


重さを。


逆らわず。


導く。


槌頭が光る亀裂へ食い込んだ。


一瞬。


静止。


次の瞬間。


壁が内側へ崩れた。


風が吹き込む。


狭い通路が姿を現す。


アルヴェインがグラムを支える。


「行くぞ」


「触るなと言った」


「歩けない者が偉そうにするな」


「歩ける!」


立ち上がろうとする。


だが膝が崩れる。


アルヴェインは無言でグラムの左腕を肩へ回した。


グラムの顔が引きつる。


「エルフに担がれるくらいなら死ぬ」


「ならば死んでから言え」


「死んだら言えねぇだろ!」


「元気ではないか」


レオンは小さく笑う。


戦槌を肩へ担ごうとしたが。


やはり重い。


引きずる。


石床へ深い跡が残る。


グラムがそれを見て怒鳴った。


「槌を引きずるな!」


「重いので」


「俺の命より大事な槌だぞ!」


「では持ってください」


「腕が動かねぇ!」


「なら我慢してください」


「お前ら二人とも嫌いだ!」


三人は脇道へ入った。


直後。


背後の坑道が完全に崩れた。


岩石が入口を塞ぐ。


黒い靄が隙間から伸びたが。


アルヴェインが放った矢によって押し返される。


「急げ」


「出口までは遠いのか」


レオンが尋ねる。


グラムは荒い息を吐く。


「この道は」


「古い排気坑へ繋がってる」


「外へ出られる?」


「崩れてなきゃな」


「崩れていたら?」


「掘る」


アルヴェインが冷たく言う。


「お前の腕が先に腐る」


「分かってる!」


グラムは黒い痣を見る。


既に胸元へ届きかけている。


時間との戦いだった。


---


脇道は狭かった。


天井が低く。


岩肌が剥き出しで。


長く使われていない。


ところどころ。


古い工具や空の酒瓶が転がっている。


グラムはそれらを横目で見ながら進んだ。


「昔」


ぽつりと呟く。


「俺とボルガが掘った道だ」


レオンが見る。


グラムの表情は険しい。


「排気が悪くてな」


「親方に怒鳴られながら」


「三日で通した」


「三日で?」


「ドワーフを舐めるな」


僅かに誇らしげな声。


だが。


すぐに消える。


「ボルガは」


「歌が下手でな」


「掘ってる間ずっと」


「同じ歌を歌いやがった」


「どんな歌ですか」


「忘れた」


即答。


だが。


グラムの唇が。


僅かに動く。


低い鼻歌。


たどたどしい旋律。


本人も気づいていないようだった。


アルヴェインは何も言わない。


レオンも。


ただ歩く。


しばらくして。


グラムが鼻歌を止めた。


「……あいつを」


「助けられたと思うか」


問いは誰へ向けたものでもなかった。


アルヴェインは答えない。


レオンも。


すぐには口を開かなかった。


軽々しく慰めることはできない。


可能性があったとも。


なかったとも。


誰にも分からない。


やがて。


レオンが言う。


「分かりません」


グラムが目を伏せる。


「だろうな」


「ですが」


レオンは続ける。


「あの方は最後に、私たちを止めようとしました」


グラムが顔を上げる。


「恐れていた」


「結晶へ近づくことを」


「それが命令された言葉だったとしても」


「あなたを見た時」


「一度だけ、手を止めた」


グラムは黙る。


あの瞬間。


名を呼ばれ。


ボルガのツルハシは止まった。


侵食され。


山へ取り込まれ。


自分を失っていても。


完全ではなかった。


「だから何だ」


「分かりません」


レオンは正直に答える。


「ただ」


「あの方のすべてが」


「喰われていたわけではないと思います」


グラムは俯く。


長い赤髭が。


表情を隠した。


「……余計なこと言いやがって」


声は。


ほんの少しだけ掠れていた。


---


脇道の先に。


淡い光が見えた。


「出口だ!」


アルヴェインが声を上げる。


冷たい外気。


月明かり。


三人は最後の坂を登る。


排気坑を抜け。


山の中腹へ飛び出した。


その瞬間。


背後で。


山が大きく揺れた。


三人が振り返る。


採掘場のあった斜面。


そこから。


黒い光が噴き上がった。


夜空へ伸びる。


巨大な柱。


雲が渦を巻く。


森の鳥たちが一斉に飛び立つ。


遠く。


エルフの里の方向で警戒鐘が鳴った。


そして。


黒い光の中。


巨大な翼の影が広がった。


まだ実体ではない。


煙。


靄。


山の記憶を集めて作られた幻影。


だが。


その威圧感は。


先ほどの幼体とは比べものにならない。


頭から伸びる。


無数の曲がった角。


翼に浮かぶ。


いくつもの目。


壁画に刻まれた姿。


喰らう影。


そのものだった。


『逃げよ』


声が夜空へ響く。


『遠くへ』


『大切なものを抱え』


『震えて待て』


影の赤い瞳が。


山の外へ出たレオンを捉える。


『やがて』


『すべてを失い』


『自ら力を求める日まで』


レオンは傷だらけの手で。


欠けた剣を構えた。


逃げない。


目を逸らさない。


「その日は来ない」


黒い影が。


笑った。


空が軋む。


『来る』


『人は失う』


『失えば願う』


『願いは炎となり』


『炎は器を満たす』


グラムが膝をつく。


黒い痣が心臓の近くまで届いた。


アルヴェインが支える。


「レオン!」


影ではなく。


グラムを見ろ。


その声に。


レオンは剣を下ろした。


グラムのもとへ駆け寄る。


「里へ戻ります」


「間に合うのか」


アルヴェインの声は硬い。


グラムの呼吸は浅い。


黒い痣が。


鼓動に合わせて明滅している。


レオンはグラムを背負う。


「間に合わせます」


グラムが弱々しく笑う。


「お前」


「誰でも背負うんだな」


「歩けない方だけです」


「今に」


「世界全部を背負うぞ」


レオンは答えなかった。


ただ。


グラムをしっかりと背負い直す。


三人は森へ向かって走り始めた。


その背後で。


黒い翼の影が。


ゆっくりと山へ沈んでいく。


だが。


最後まで。


赤い瞳だけは。


レオンを見つめ続けていた。


そして。


記憶を見ているガルドの耳元へ。


本来なら届かないはずの声が。


囁いた。


『次の器』


ガルドが足を止める。


セリナが振り返る。


「ガルド?」


黒剣が。


背中で震える。


記憶の中の赤い瞳が。


一瞬だけ。


レオンではなく。


ガルドを見た。


『見つけた』


次の瞬間。


山も。


森も。


過去の夜空も。


すべてが。


真っ黒に染まった。


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