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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

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第130話 器を選ぶもの

黒い結晶が脈打った。


ドクン――


低い音が空洞全体へ響く。


壁を走る黒い筋が一斉に震え、山そのものが呼吸しているようだった。


レオンは剣を構えたまま、結晶の中心を見据える。


赤い瞳。


その視線は。


明らかに自分だけを捉えていた。


『お前は』


『よく燃える』


頭の奥へ直接流れ込む声。


耳を塞いでも意味はない。


声ではなく。


思考へ触れられている。


アルヴェインが矢を番えた。


「レオンから離れろ」


結晶へ向けて放つ。


鋭い矢。


赤い瞳へ一直線に飛ぶ。


だが。


結晶へ届く直前。


黒い靄が集まり。


矢を包み込んだ。


音もなく。


矢が消える。


砕けたのではない。


燃えたのでもない。


最初から存在しなかったように。


何も残らなかった。


アルヴェインの顔が険しくなる。


「……消した?」


グラムが戦槌を握り直す。


「なら」


「消しきれねぇくらい叩き込むだけだ!」


地面を蹴る。


黒い結晶へ突進。


全身の力を込め。


戦槌を振り抜く。


ドゴォォン!


凄まじい衝撃。


だが。


結晶は揺れない。


槌の先端だけが、黒い表面へ食い込んだ。


グラムの目が見開かれる。


「なに――」


黒い筋が戦槌へ絡みつく。


まるで指のように。


ゆっくりと這い上がる。


「離せ!」


グラムが引き抜こうとする。


だが動かない。


黒い筋は槌から腕へ。


腕から肩へ。


侵食するように伸びていく。


アルヴェインがすぐ矢を放つ。


黒い筋の根元。


命中。


一瞬だけ緩む。


その隙に。


レオンが踏み込んだ。


剣を振るう。


黒い筋を断つ。


グラムが後方へ飛び退いた。


槌を抱えたまま地面を転がる。


「グラム!」


レオンが声を掛ける。


「生きてる!」


怒鳴り返す。


だが右腕には黒い痣が浮かんでいた。


細い線。


皮膚の下を這うように。


少しずつ広がっている。


アルヴェインが駆け寄る。


「腕を見せろ」


「触るな」


「黙れ」


有無を言わせず腕を掴む。


精霊の光が指先から流れ込む。


緑の光。


黒い痣が一瞬だけ止まる。


だが消えない。


アルヴェインの額に汗が滲む。


「……これは魔力ではない」


「何だ」


「分からない」


「役に立たねぇな」


「今すぐ腕ごと落とすか」


「それは役立ちすぎだ!」


言い返す声には力がある。


まだ動ける。


だが。


時間はない。


---


結晶の中。


赤い瞳が再びレオンを見る。


『恐れ』


『怒り』


『悔い』


『よく燃える』


声が重なる。


一つではない。


何人もの声が。


同じ口調で囁く。


レオンの視界が一瞬揺れた。


次の瞬間。


景色が変わる。


燃える王都。


倒れる騎士。


血に濡れた旗。


助けを求める人々。


すべて。


まだ起きていない光景。


だが。


現実としか思えない。


『守れなかった』


『お前が弱いから』


レオンの呼吸が僅かに乱れる。


剣を握る手に力が入る。


目の前で。


子どもが瓦礫の下敷きになる。


仲間が背中から貫かれる。


王城が炎に包まれる。


レオンは動けない。


助けようとしても。


身体が動かない。


『力が欲しいか』


声が問う。


『全てを守る力を』


その言葉に。


胸の奥が反応する。


守りたい。


誰も死なせたくない。


その願いは。


レオンの中心にあるものだった。


だが。


その願いへ。


何かが指を差し入れてくる。


広げる。


煽る。


願いを。


執着へ変えようとする。


『選べ』


『力を取れ』


『さすれば』


『全てを守れる』


レオンの目の前。


黒い剣が浮かぶ。


巨大な刃。


赤黒い脈動。


手を伸ばせば届く距離。


ロックが息を呑む。


「これが……」


セリナも言葉を失う。


今の黒剣と似ている。


だが。


完全には同じではない。


もっと歪で。


もっと生々しい。


まるで。


まだ剣になりきっていない何か。


ガルドは黙って見ていた。


手を伸ばすレオン。


そして。


自分の背にある黒剣。


胸の奥へ。


嫌な感覚が沈んでいく。


---


「レオン!」


アルヴェインの声。


だが届かない。


現実のレオンは立ったまま動かない。


目は開いている。


しかし焦点が合っていない。


黒い靄が足元から這い上がる。


靴。


脚。


腰。


少しずつ。


身体を包もうとしていた。


アルヴェインが駆け寄る。


だが。


透明な壁へ弾かれた。


「っ!」


後方へ吹き飛ぶ。


地面を転がる。


グラムが片腕で戦槌を支えながら立ち上がる。


「何してやがる!」


透明な壁へ槌を叩き込む。


轟音。


だが壊れない。


もう一度。


さらに強く。


腕の痣が広がる。


それでも止めない。


「目ぇ覚ませ!」


アルヴェインも起き上がる。


弓を捨て。


両手を地面へつく。


緑の光が広がる。


精霊たちへ呼び掛ける。


だが。


この空洞には。


精霊がほとんど残っていない。


応える光は僅か。


それでも。


アルヴェインは諦めない。


「森よ」


「石よ」


「まだ残っているなら」


「力を貸せ!」


壁の奥。


鉱脈の隙間。


ほんの僅かに。


緑と青の光が灯る。


グラムが横目で見る。


「石に精霊なんざいねぇんじゃなかったのか」


「お前が言ったのだろう!」


「俺は言ってねぇ!」


「今はどちらでもいい!」


二人の力が。


透明な壁へぶつかる。


緑の光。


戦槌の衝撃。


ひびが入る。


小さな亀裂。


だが確かに。


壁が揺れた。


---


幻の中。


レオンの指先が黒い剣へ近づいていた。


あと少し。


触れれば。


力が手に入る。


王都を守れる。


仲間を救える。


誰も失わずに済む。


『取れ』


声が優しく囁く。


『お前なら』


『すべてを守れる』


レオンの指が。


刃へ触れかける。


その瞬間。


別の声が聞こえた。


――勝手に人を庇うな。


アルヴェイン。


苛立った声。


次に。


――このまま使われる方が不愉快だ。


グラム。


乱暴な声。


そして。


商人。


ヴァレス。


部下たち。


守ろうとした人々。


どれも。


力を求めた記憶ではない。


誰かと共に立った記憶だった。


レオンの手が止まる。


『なぜ止まる』


声が低くなる。


『力がなければ』


『守れない』


レオンは。


黒い剣を見つめた。


そして。


静かに首を横へ振る。


「違う」


初めて。


幻の中で声を出した。


『何が違う』


「一人で守る必要はない」


燃える王都が揺らぐ。


倒れた仲間たちの姿が消えていく。


レオンは剣から手を引いた。


「私は」


「一人ではない」


幻が。


大きく歪んだ。


『ならば』


『失え』


声が怒りへ変わる。


『仲間を』


『国を』


『すべてを』


黒い剣が崩れる。


無数の黒い腕となって。


レオンへ襲い掛かる。


レオンは腰の制式剣を抜く。


欠けた刃。


黒い剣より遥かに脆い。


それでも。


構える。


「それでも」


一歩。


前へ出る。


「奪わせない」


剣を振るう。


光が走る。


幻が割れた。


---


現実。


透明な壁に大きな亀裂が入る。


グラムが叫ぶ。


「今だ!」


戦槌を振り抜く。


アルヴェインの精霊光が重なる。


壁が砕けた。


同時に。


レオンが目を開く。


黒い靄が一斉に弾け飛ぶ。


結晶の赤い瞳が大きく揺れた。


『拒むか』


レオンは荒い息を吐きながら剣を構える。


「お前の力は要らない」


『いずれ』


『求める』


「その時も」


レオンは答えた。


「選ぶのは私だ」


赤い瞳が細くなる。


怒り。


興味。


そして。


歓喜。


それらが混ざったような感情。


『ならば見届けよう』


『お前が』


『何を失うか』


黒い結晶が激しく脈打つ。


壁を走る黒い筋が暴れ始める。


空洞全体が揺れる。


天井に亀裂。


岩が落ちる。


グラムが叫ぶ。


「崩れるぞ!」


アルヴェインがレオンの腕を掴む。


「走れ!」


三人は来た道へ向かう。


背後。


黒い結晶から。


巨大な影が滲み出す。


翼。


尾。


曲がった角。


まだ形を持たない。


それでも。


確かに。


外へ出ようとしていた。


レオンが振り返る。


赤い瞳と。


再び視線が合う。


『器は』


『見つけた』


その言葉だけが。


崩れゆく山の中で。


いつまでも響いていた。


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