表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

129/151

第129話 山を喰うもの

坑道の奥から吹いてくる風は、冷たかった。


ただ冷たいだけではない。


肌へ触れた瞬間、体温を奪うような冷気。


鉄と土。


それに混じって。


腐った水のような匂いがする。


グラムは戦槌を肩へ担ぎ、暗闇の先を睨んでいた。


「こっから先だ」


レオンが欠けた剣を受け取りながら尋ねる。


「何があるんです」


「分からん」


グラムは短く答えた。


「だが、山がおかしくなったのは、この奥を掘り当ててからだ」


アルヴェインが周囲を見回す。


壁。


床。


天井。


すべてに黒い筋が走っている。


樹木の根が侵食された時と同じだった。


だが。


森で見たものより濃い。


まるで山の内部へ、巨大な血管が張り巡らされているようだった。


「精霊の気配がない」


アルヴェインが低く呟く。


レオンが視線を向ける。


「ここには元々いたのですか」


「ああ」


「岩にも」


「鉱脈にも」


「水脈にも」


アルヴェインは壁へ手を近づける。


だが触れない。


「今は何も感じない」


グラムが鼻を鳴らした。


「石に精霊だの何だの言うな」


「石は石だ」


「その石が泣いている」


アルヴェインが睨む。


「聞こえないのか」


「聞こえるか」


「耳が悪いのでは」


「お前より長生きする耳だ!」


「ドワーフの寿命でそれを言うか」


「うるせぇ!」


怒鳴り声が坑道へ響く。


その直後。


奥の暗闇から。


コツン。


小さな音が返ってきた。


三人が一斉に黙る。


コツン。


もう一度。


誰かが。


石を打っている。


一定の間隔で。


ゆっくりと。


グラムの顔から血の気が引いた。


「……まさか」


レオンが問う。


「知っている音ですか」


グラムは答えない。


戦槌を握る手に力が入る。


「この打ち方は」


「仲間だ」


---


三人は足音を殺しながら進んだ。


坑道は徐々に狭くなっていく。


壁の黒い筋は増え。


天井から落ちる水滴も濁っていた。


やがて。


前方に淡い光が見えた。


青白い鉱石灯。


古い作業場だった。


その中央。


一人のドワーフが座っている。


背を向け。


ツルハシを握り。


目の前の岩を叩いていた。


コツン。


コツン。


コツン。


グラムの足が止まる。


「ボルガ」


呼びかける。


反応はない。


「おい」


「ボルガ!」


声が強くなる。


だが。


男は振り返らない。


ただ岩を叩き続ける。


同じ場所を。


同じ力で。


同じ間隔で。


レオンは静かに観察していた。


男の衣服は破れている。


腕は痩せ細り。


肌には黒い筋が浮かんでいた。


呼吸はある。


だが。


生きている者の動きには見えない。


アルヴェインが小さく言う。


「近づくな」


グラムは聞かなかった。


一歩。


また一歩。


仲間へ向かって歩く。


「ボルガ」


「俺だ」


「グラムだ」


その名に。


ドワーフの手が止まった。


ツルハシが宙で静止する。


坑道に。


不自然な沈黙が落ちる。


そして。


ゆっくりと。


男が振り返った。


ロックが息を呑む。


「……なんだ、あれ」


現在のガルドたちには。


過去へ干渉することはできない。


ただ。


見るしかない。


男の顔。


片方の目は黒く濁り。


口元は笑っていた。


だが。


そこに人の感情はなかった。


「グラム」


声が出る。


掠れている。


なのに。


妙に澄んでいた。


「戻ったのか」


グラムの表情が揺れる。


「生きてたのか」


「みんなはどうした」


男は首を傾げる。


「みんな?」


「採掘隊だ!」


「親方も!」


「ガンザも!」


「ミュルも!」


「どこへ行った!」


問いかけるほど。


男の笑みが深くなる。


「ここにいる」


グラムが動きを止める。


「何だと」


男はゆっくりと。


背後の岩壁を指差した。


青白い鉱石灯が揺れる。


その光の中。


黒い岩肌に。


いくつもの顔が浮かんでいた。


ドワーフ。


男。


女。


老人。


若者。


眠っているような顔。


だが。


すべて。


岩の中へ半ば埋まり。


皮膚と石の境目が失われていた。


リゼがセリナの腕へしがみつく。


セリナも。


言葉を失っていた。


グラムは。


動かなかった。


「……何だ」


低い声。


「何をした」


ボルガは笑っている。


「山が」


「迎えてくれた」


「違う」


グラムの声が震える。


「山はそんなことしねぇ」


「山は」


「俺たちを抱く」


「喰ったりしねぇ」


男の濁った目が細くなる。


「同じだ」


「抱くことも」


「喰うことも」


「中へ入れば」


「もう区別はない」


アルヴェインが矢を番える。


「離れろ、グラム」


「こいつはもう」


「分かってる!」


グラムが怒鳴る。


だが。


その声には。


怒りだけではない。


否定したい気持ちが滲んでいた。


仲間。


同じ山で働いた男。


酒を飲み。


喧嘩をし。


何度も背中を預けた者。


その姿が。


目の前にある。


だが。


中身は。


もう違う。


レオンが静かに前へ出る。


「グラム」


「何だ」


「あなたが決めてください」


アルヴェインがレオンを見る。


グラムも。


「何をだ」


「彼を」


レオンはボルガから目を逸らさない。


「連れて帰るか」


「ここで止めるか」


グラムの拳が震える。


「そんなもん」


「決められるか」


レオンは何も言わない。


急かさない。


説得もしない。


ただ。


待っている。


グラムが自分で選ぶのを。


ボルガは笑っていた。


「帰る?」


「どこへ」


「ここが」


「みんなの場所だ」


その声と同時に。


背後の岩壁が動いた。


埋め込まれた顔たちの目が。


一斉に開く。


黒い瞳。


感情のない視線。


次の瞬間。


岩壁から。


無数の腕が伸びた。


「下がれ!」


アルヴェインの矢が飛ぶ。


最初の腕を射抜く。


だが止まらない。


腕は石と肉を引きずりながら。


地面へ這い出てくる。


一体。


二体。


三体。


かつてドワーフだったものたち。


身体の半分が岩。


半分が肉。


黒い筋で繋がれている。


レオンが剣を構える。


グラムはまだ動かない。


ボルガだけが。


穏やかに笑っていた。


「一緒に」


「なろう」


その瞬間。


グラムが戦槌を振り上げた。


迷いは。


消えていた。


「ふざけるな」


低い声。


坑道全体が震えるほど。


怒りを押し殺した声。


「俺たちは」


「山に生きる」


「山に還る」


「だが」


一歩。


踏み出す。


「山に喰われるために」


「生きてきたんじゃねぇ!」


戦槌が振り下ろされる。


床が砕け。


衝撃波が這い出た異形たちを吹き飛ばした。


レオンとアルヴェインも同時に動く。


剣が。


石と肉の継ぎ目を断ち。


矢が。


黒い筋を射抜く。


だが。


倒しても。


黒い岩壁から新たな腕が伸びてくる。


終わりがない。


アルヴェインが叫ぶ。


「中心がある!」


「どこだ!」


レオンが周囲を見る。


黒い筋。


全て同じ方向へ伸びている。


作業場のさらに奥。


厚い石扉。


その向こう。


ドクン。


重い音が響く。


心臓のような鼓動。


壁の黒い筋が。


一斉に脈打つ。


グラムが顔を上げる。


「……あそこだ」


ボルガが。


初めて笑みを消した。


「行くな」


静かな声。


だが。


今までで最も強い感情があった。


恐れ。


「向こうへ」


「行くな」


グラムは戦槌を握り直す。


「なら」


「向こうに元凶がある」


レオンが頷く。


「道を開きます」


アルヴェインも弓を引く。


「今度こそ指示に従え」


「できる限り」


「全部従え」


「必要なら」


「やはり面倒だ!」


怒鳴りながら。


三人は前へ出る。


レオンが正面を切り開き。


アルヴェインが伸びる腕を射抜き。


グラムが石の異形をまとめて砕く。


三つの武器。


三つの種族。


初めて。


明確な目的を共有していた。


石扉へ辿り着く。


グラムが戦槌を構える。


「離れろ!」


全力の一撃。


ドゴォォン!


扉が砕ける。


その奥。


広大な空洞。


中心に。


巨大な黒い結晶が浮かんでいた。


幾重もの根のような黒い筋が。


山の壁へ伸びている。


結晶の内部。


何かが動く。


翼。


長い尾。


曲がった角。


まだ小さい。


だが。


壁画に描かれていたものと。


同じ姿。


アルヴェインの表情が凍る。


「喰らう影……」


レオンが剣を構える。


グラムは。


結晶を見上げたまま。


低く呟いた。


「こいつが」


「俺たちの山を」


結晶の中で。


赤い瞳が開く。


その瞬間。


坑道全体へ。


声が響いた。


『見つけた』


誰の耳にも。


直接。


入り込む声。


『器を』


レオン。


アルヴェイン。


グラム。


三人を。


順番に見定めるように。


赤い瞳が動く。


そして。


最後に。


レオンで止まった。


『お前は』


『よく燃える』


黒い結晶が。


大きく脈打った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ