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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

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第128話 三つの武器

黒い角を持つ岩獣が、低く唸った。


坑道の壁が震える。


天井から細かな石片が落ち、地面を跳ねた。


全身を覆う灰黒色の外殻。


岩と鉄を無理やり繋ぎ合わせたような巨体。


その隙間から、黒い靄がゆっくりと漏れ出している。


レオンは剣を正眼に構えた。


アルヴェインは距離を取り、矢を番える。


赤髭のドワーフは巨大な戦槌を肩へ担ぎ、不敵に笑った。


「先に言っとくぞ」


「邪魔だけはすんな」


アルヴェインが眉をひそめる。


「それはこちらの台詞だ」


「弓しか引けねぇ細腕が、よく言う」


「その細腕に頭を射抜かれたいか」


「やってみろ。矢ごと噛み砕いてやる」


「二人とも」


レオンの声が割って入る。


「来ます」


次の瞬間。


岩獣が地面を蹴った。


巨体からは想像できない速度だった。


床が砕ける。


黒い角を低く構え。


一直線に三人へ突進してくる。


「散れ!」


ドワーフが叫ぶ。


レオンは右へ。


アルヴェインは左へ跳ぶ。


ドワーフだけがその場に残った。


戦槌を両手で握り。


腰を深く落とす。


「正面から受ける気か!」


アルヴェインが声を上げる。


ドワーフは笑った。


「ドワーフに避けろって言うのか!」


岩獣の角が迫る。


衝突。


轟音。


坑道全体が揺れた。


戦槌の柄と黒い角が正面からぶつかり合う。


ドワーフの足元が沈む。


石床にひびが走った。


「ぐ……っ!」


筋肉が膨れ上がる。


歯を食いしばる。


それでも。


完全には止められない。


巨体に押され、靴底が床を削っていく。


「重てぇ……!」


岩獣がさらに頭を振る。


ドワーフの身体が浮きかけた。


その瞬間。


レオンが側面へ回り込む。


剣を振るう。


鋭い一撃。


だが。


ギィン!


刃は岩の外殻に弾かれた。


火花が散る。


レオンの腕へ、鈍い衝撃が走る。


「硬い」


「見りゃ分かる!」


ドワーフが叫ぶ。


アルヴェインの矢が飛ぶ。


一射。


二射。


三射。


関節。


目。


外殻の隙間。


正確に急所を狙う。


だが岩獣は頭を振り、矢を払い落とした。


一本だけが前脚の隙間へ突き刺さる。


黒い靄がそこから噴き出した。


岩獣が咆哮する。


「ギャアアアアッ!」


音の衝撃が坑道を走る。


アルヴェインの身体が押し戻される。


レオンも腕で顔を庇った。


ドワーフは歯を食いしばったまま動かない。


「そこだ!」


アルヴェインが叫ぶ。


「前脚の内側!」


レオンはすぐに反応した。


地面を蹴る。


岩獣の死角へ潜り込み。


低く剣を走らせる。


刃が、矢の刺さった隙間へ入る。


肉を断つ感触。


黒い液体が飛び散った。


岩獣が暴れる。


前脚が大きく振り上げられ。


レオンへ叩きつけられる。


「レオン!」


アルヴェインの声。


レオンは身を捻る。


だが避け切れない。


巨大な爪が肩の鎧を掠める。


金属が弾け。


身体が地面へ転がった。


「っ……」


すぐに立ち上がろうとする。


だが。


岩獣の角はもうレオンへ向いていた。


再び突進の姿勢。


アルヴェインが矢を放つ。


一本。


二本。


目を狙う。


岩獣は首を傾けてかわす。


止まらない。


「人間!」


ドワーフが駆けた。


短い脚。


だが速い。


レオンと岩獣の間へ滑り込む。


戦槌を横から振り抜いた。


ドォン!


岩獣の頬へ直撃。


外殻が僅かに砕ける。


突進の軌道が逸れ。


黒い角がレオンのすぐ横の地面へ突き刺さった。


石床が割れる。


レオンは素早く距離を取る。


「助かりました」


「礼は後だ!」


ドワーフは戦槌を構え直した。


だが。


両腕が僅かに震えている。


正面から何度も力を受ければ、いくらドワーフでも持たない。


アルヴェインが弓を引き絞る。


「頭を下げさせろ!」


ドワーフが怒鳴り返す。


「命令すんな!」


「なら、自分で考えろ!」


「今考えてる!」


言い合いながらも。


二人の視線は同じ場所を見ていた。


岩獣の首元。


外殻の重なりが薄い。


だが高い位置にあり。


普通に攻撃しても届かない。


レオンも気づく。


「一度だけ」


二人が彼を見る。


「頭を下げさせます」


ドワーフが鼻を鳴らす。


「どうやってだ」


「正面から行きます」


アルヴェインの表情が険しくなる。


「先ほどより危険だ」


「分かっています」


「なら別の手を考えろ」


「時間がありません」


岩獣の傷口から漏れる黒い靄が増えている。


壁へ触れた靄が。


ゆっくりと石を黒く変色させていた。


このまま長引けば。


坑道全体が侵される。


レオンは剣を握り直す。


「私が角を受け流します」


「その瞬間に」


アルヴェインを見る。


「目を」


次にドワーフを見る。


「首を」


短い指示。


ドワーフの目が細くなる。


「失敗したら死ぬぞ」


「失敗しません」


レオンは即答した。


アルヴェインが眉を寄せる。


「自信か」


「信頼です」


一瞬。


二人が言葉を失う。


「あなたなら当てる」


「あなたなら砕ける」


穏やかな声だった。


だが。


揺るぎはない。


出会って間もない。


互いのことなど、ほとんど知らない。


それでも。


レオンは当然のように信じていた。


アルヴェインの矢を。


ドワーフの槌を。


赤髭のドワーフが低く笑う。


「面白ぇ人間だ」


アルヴェインは小さく息を吐く。


「無謀なだけだ」


だが。


矢を番え直した。


「外すなよ、エルフ」


「お前こそ」


「一撃で決めろ」


「誰に言ってやがる」


三人が構える。


岩獣も低く唸った。


黒い角が再び下がる。


床を掻く。


そして。


走った。


レオンも前へ出る。


逃げない。


真っ直ぐ。


突進する巨体へ向かう。


ロックが息を呑む。


「本当に正面から行くのか」


セリナも無意識に拳を握る。


ガルドは。


レオンの足運びだけを見ていた。


速さ。


間合い。


身体の角度。


全てが。


敵を倒すためではなく。


後ろの二人へ攻撃の道を開くために組み立てられている。


黒い角が迫る。


レオンは剣を両手で構えた。


正面から受けない。


刃を角の側面へ添える。


衝突の瞬間。


身体を回す。


力を横へ流す。


ギィィィン!


火花が弧を描く。


レオンの靴底が滑る。


腕の筋肉が悲鳴を上げる。


それでも。


角の軌道がわずかにずれた。


岩獣の頭が下がる。


「今だ!」


アルヴェインの指が弦を離す。


矢が飛ぶ。


風を裂き。


黒い靄の中を真っ直ぐ進む。


岩獣の右目へ。


深々と突き刺さった。


絶叫。


巨体が仰け反る。


首元が開く。


そこへ。


ドワーフが跳んだ。


短い身体を。


信じられない高さまで持ち上げる。


両手で戦槌を頭上へ振りかぶる。


「砕けろォッ!」


落下の勢い。


全身の力。


槌の重さ。


その全てを一点へ叩き込む。


ドゴォォン!


首元の外殻が砕け散る。


岩の破片。


黒い液体。


靄。


全てが爆ぜた。


岩獣の身体が大きく傾く。


だが。


まだ倒れない。


残った左目が赤く光る。


前脚がドワーフへ振り下ろされる。


空中。


避けられない。


レオンが動く。


肩の痛みを無視し。


地面を蹴る。


ドワーフの前へ滑り込む。


剣を盾のように構える。


爪が刃へ落ちた。


衝撃。


レオンの膝が石床へつく。


剣が軋む。


「ぐ……!」


「馬鹿野郎!」


ドワーフが叫ぶ。


レオンは歯を食いしばる。


「今度は」


「こちらの番です」


その横を。


一本の矢が通り抜けた。


アルヴェイン。


左目。


命中。


岩獣が完全に視界を失う。


レオンが剣を押し返す。


ドワーフも立ち上がる。


二人が同時に動いた。


レオンの剣が。


砕けた首元へ突き刺さる。


続けて。


ドワーフの戦槌が剣の柄頭を叩く。


凄まじい衝撃。


刃が一気に深く沈む。


岩獣の身体が硬直した。


口から黒い靄が漏れる。


一歩。


二歩。


後ろへ下がり。


やがて。


地面を揺らして倒れた。


轟音。


土煙。


しばらく。


誰も動かなかった。


やがて。


黒い靄が少しずつ薄れていく。


岩獣の外殻も。


ただの石のように崩れ始めた。


静寂が戻る。


---


レオンは剣を引き抜いた。


刃は大きく欠けている。


ドワーフがそれを見て顔をしかめた。


「酷ぇ剣だな」


レオンが苦笑する。


「王都騎士団の制式剣です」


「だから何だ」


ドワーフは乱暴に剣を奪い取った。


刃を見て。


背を叩き。


鍔を確かめる。


「鉄が悪い」


「鍛えも甘い」


「これでよく今まで死ななかったな」


「腕が良かったので」


アルヴェインが淡々と口を挟む。


ドワーフが目を向ける。


「お前が褒めるのか」


「事実を言っただけだ」


「気持ち悪ぃな」


「その口を縫ってやろうか」


また睨み合う。


だが。


先ほどまでとは少し違った。


互いの腕を知った。


互いが逃げなかったことも。


仲間を見捨てなかったことも。


もう分かっている。


ドワーフはレオンの剣を肩へ担いだ。


「直してやる」


レオンが目を瞬く。


「よろしいのですか」


「このまま使われる方が不愉快だ」


「ありがとうございます」


「礼を言うな」


「まだ直すと決めただけだ」


「では、決めてくださってありがとうございます」


ドワーフの眉間に皺が寄る。


「……面倒な人間だな」


アルヴェインが小さく頷く。


「それには同意する」


初めて。


二人の意見が完全に一致した。


レオンは笑っていた。


---


黒い角の破片が、地面に残されていた。


アルヴェインが近づく。


だが触れない。


先端だけが、まるで生きているように微かに脈打っている。


ドワーフの表情が変わった。


「こいつは」


戦槌の柄で角を転がす。


断面。


そこには鉱石でも骨でもない。


黒く濁った結晶が詰まっていた。


「知っていますか」


レオンが尋ねる。


ドワーフはすぐには答えなかった。


険しい顔で角を見つめる。


「昔」


「ここの奥で同じもんが出た」


アルヴェインが振り向く。


「それで採掘場を捨てたのか」


「俺たちが捨てたんじゃねぇ」


低い声。


「追い出されたんだ」


坑道のさらに奥へ視線を向ける。


暗闇。


黒い風が。


ほんの僅かに流れている。


「掘り当てた日から」


「石が腐り」


「仲間が変わった」


「最後には」


ドワーフの拳が強く握られる。


「山が、俺たちを喰い始めた」


レオンの表情が引き締まる。


「だから残ったのですか」


「ああ」


短い返事。


「何が起きたか分からねぇまま」


「山を捨てられるか」


それが。


彼の信念だった。


頑固で。


無茶で。


だが。


仲間と故郷を見捨てられない。


レオンは静かに頷いた。


「では」


「一緒に原因を探しましょう」


ドワーフが鼻を鳴らす。


「誰が仲間になると言った」


「まだ言っていません」


「なら勝手に決めるな」


「目的は同じです」


「同じでも、一緒に行くとは限らん」


アルヴェインが腕を組む。


「では、ここへ置いていくか」


「何だと?」


「一人で十分なのだろう」


「当然だ」


「先ほど押し負けていたが」


ドワーフの顔が赤くなる。


「あれは足場が悪かっただけだ!」


「そうか」


「なら次は見学させてもらおう」


「上等だ!」


言い争う二人。


レオンはその間に立ち。


少しだけ困ったように笑った。


「ところで」


「お名前を伺っても?」


ドワーフは黙る。


アルヴェインも、そういえば聞いていなかったと気づく。


しばらくして。


男は戦槌を肩へ担ぎ直した。


「グラム」


低く名乗る。


「鍛冶師グラム」


「ついでに」


口元へ獰猛な笑みを浮かべた。


「この山で一番強ぇ戦士だ」


アルヴェインが即座に言う。


「今のところ、他のドワーフを見ていないが」


「黙れエルフ!」


怒鳴り声が坑道へ響く。


レオンは笑った。


人間。


エルフ。


ドワーフ。


三つの種族。


三つの武器。


まだ仲間とは呼べない。


それでも。


三人はもう。


同じ暗闇の先を見ていた。


そして坑道の奥深く。


誰にも見えない場所で。


巨大な黒い結晶が。


心臓のように。


ゆっくりと脈打っていた。


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