第127話 鉄槌のドワーフ
森を抜けると、景色は大きく変わった。
木々はまばらになり、岩肌が剥き出しの山道が続く。
吹き抜ける風には、かすかに鉄の匂いが混じっていた。
アルヴェインは足を止め、地面へしゃがみ込む。
「ここから先だ。」
レオンも周囲を見渡す。
「採掘場ですか。」
「ああ。」
アルヴェインは頷いた。
「三十年ほど前までは、ドワーフたちが鉄鉱石を掘っていた。」
「今は放棄されている。」
レオンは岩壁を見上げる。
崩れた足場。
朽ちた木製の昇降機。
入口は半ば崩れ、長い年月、人が立ち入っていないことが分かった。
「何か理由が?」
アルヴェインは僅かに表情を曇らせる。
「原因は分からない。」
「突然、全員が山を捨てた。」
「それ以来、この辺りは魔獣の縄張りになった。」
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二人は慎重に坑道へ入る。
中は意外にも乾いていた。
天井を支える木材は古いが、まだ崩れてはいない。
壁には無数のツルハシの跡。
そして。
ところどころに黒く変色した岩肌が残されていた。
レオンが触れようとする。
「触るな。」
アルヴェインが制止する。
「普通の鉱石じゃない。」
「精霊が嫌う石だ。」
レオンは素直に手を引いた。
「分かりました。」
その素直さに、アルヴェインは少しだけ調子を崩す。
「……本当に従うんだな。」
「約束しましたから。」
「全部ではないだろう。」
「必要なことは。」
レオンは笑う。
アルヴェインはため息をついた。
「やはり面倒だ。」
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坑道の奥へ進む。
突然。
ガンッ!
金属を打つ音が響いた。
二人が同時に立ち止まる。
ガン!
ガン!
ガン!
誰かがいる。
アルヴェインは小さく呟く。
「……人?」
レオンも頷いた。
「作業音ですね。」
二人は足音を殺し、ゆっくり近付いていく。
広い採掘場へ出た。
中央では、大きな背中が岩へ向かってハンマーを振るっていた。
筋骨隆々の体格。
肩まで伸びた赤茶色の髭。
煤けた革の前掛け。
腰には大小様々な工具。
身長は低い。
だが、背中は誰よりも大きく見えた。
ガン!
最後の一撃。
岩が砕ける。
男は満足そうに頷く。
「よし。」
低く太い声。
その瞬間。
男は振り向いた。
「……誰だ?」
鋭い眼光。
一瞬で二人を見据える。
アルヴェインが名乗る。
「深森の里、巡察隊のアルヴェインだ。」
「王都騎士団のレオンです。」
男は鼻を鳴らした。
「エルフ。」
「人間。」
「最悪の組み合わせじゃねぇか。」
ロックが思わず笑う。
「いたな、こういう奴。」
セリナも苦笑する。
「ドワーフらしいわ。」
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男はハンマーを肩へ担ぐ。
「ここは俺の仕事場だ。」
「帰れ。」
アルヴェインが眉をひそめる。
「放棄された採掘場では?」
「誰が決めた。」
「ドワーフがいなくなったと聞いた。」
「他の奴はな。」
男は肩を竦める。
「俺は残った。」
「勝手にな。」
レオンが一歩前へ出る。
「あなたに聞きたいことがあります。」
「断る。」
即答だった。
「まだ何も言ってません。」
「面倒事だろ。」
「その通りです。」
「なら断る。」
アルヴェインが小さく笑いそうになる。
「珍しく気が合う。」
「エルフとは合いたくねぇ。」
男は鼻を鳴らした。
「昔からそうだ。」
「森の連中は石を嫌う。」
「俺たちは木が邪魔だ。」
アルヴェインも言い返す。
「山を削ることしか考えない種族に言われたくない。」
「削るから鉄ができるんだ。」
「鉄ばかり見て森を見ない。」
「森ばかり見て腹は膨れねぇ。」
二人の視線がぶつかる。
レオンは困ったように笑った。
「仲が悪いんですね。」
「「当たり前だ。」」
声が揃った。
ロックが吹き出す。
「そこだけ息ぴったりかよ。」
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その時だった。
ズズ……
足元が微かに揺れる。
男の表情が変わった。
「下がれ!」
叫ぶ。
同時に。
坑道の奥から轟音が響いた。
ゴォォォン!!
巨大な岩が崩れ落ちる。
土煙が一気に広がった。
アルヴェインが弓を構える。
レオンも剣を抜く。
煙の中。
赤い光が二つ。
ゆっくりと近付いてくる。
「来るぞ。」
男が巨大なハンマーを構えた。
煙を突き破り現れたのは。
岩で覆われた巨大な四足獣だった。
全身が鉱石のような外殻に覆われ。
額には黒く歪んだ一本角が生えている。
アルヴェインが目を見開く。
「あれは……。」
レオンも息を呑む。
普通の魔獣ではない。
黒い角。
ヴァレスが見たものと同じだった。
獣は低く唸る。
その身体からは、壁画で見た黒い靄がゆっくりと立ち上っていた。
ドワーフの男はハンマーを握り直す。
口元に不敵な笑みを浮かべる。
「ようやく来やがったか。」
「待ってたぜ。」
レオンが横を見る。
「一人で戦う気ですか。」
男は笑う。
「当たり前だ。」
「ここは俺の山だ。」
その言葉に。
レオンも静かに剣を構えた。
「なら。」
「私も手伝います。」
アルヴェインは矢を番える。
「勝手に死ぬな。」
男は鼻で笑った。
「それはこっちの台詞だ。」
人間。
エルフ。
ドワーフ。
まだ互いを信用していない三人が。
初めて同じ敵へ武器を向けた。




