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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

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第126話 黒き角の影

里の警戒鐘が鳴り止んだあとも、森のざわめきは収まらなかった。


精霊たちは姿を隠し。


鳥は巣へ戻らず。


獣たちは南へ向かって逃げている。


空を横切った黒い影は、すでに見えない。


だが。


その痕跡だけが、森全体へ深く刻まれていた。


里の中央。


巨大な古木の根元に、巡察隊と里の重役たちが集められていた。


若きアルヴェインも、その輪の中に立っている。


その少し後ろ。


武器を預けたままのレオンが、静かに空を見上げていた。


周囲のエルフたちの視線は冷たい。


人間が里の会議へ立ち会っている。


本来ならあり得ないことだった。


門番を務めていた女エルフが、長老へ詰め寄る。


「なぜ人間までここにいるのです」


「森の内情を聞かせる理由はありません」


老長老は杖を地面へついた。


「今見たものが、森の内情だけで済むならな」


静かな声。


それだけで、女エルフは口を閉ざした。


老長老は皆を見渡す。


「先ほどの影を、竜と思った者もいるだろう」


何人かが頷く。


翼。


尾。


巨体。


遠目には竜そのものだった。


だが。


アルヴェインは違和感を覚えていた。


「竜ではない」


そう口にする。


老長老が視線を向ける。


「なぜそう思う」


「精霊が恐れていた」


アルヴェインは答えた。


「竜が森を通る時、精霊は身を隠さない」


「警戒はしても、逃げはしない」


「だが今回は違った」


「触れられる前から、森そのものが怯えていた」


老長老はゆっくりと頷いた。


「その通りだ」


レオンが静かに尋ねる。


「では、あれは何ですか」


周囲から不満げな視線が向く。


だが老人は答えた。


「古い災いだ」


それから。


長老は古木の根元へ手を添えた。


樹皮の一部が淡く光る。


次の瞬間。


絡み合った根がゆっくりと左右へ開き始めた。


その奥に。


小さな空洞が現れる。


壁には古い絵が刻まれていた。


---


一行は古木の内部へ入った。


ガルドたちも、記憶の傍観者としてその後を追う。


内部は暗い。


だが壁へ埋め込まれた緑の魔石が、淡い光を放っている。


最奥。


巨大な壁画。


そこに描かれていたものを見て、ロックが眉をひそめた。


「……竜じゃねぇか」


壁画には、翼を広げる巨大な存在が描かれている。


だが。


普通の竜とは明らかに違う。


身体から黒い靄が立ち昇り。


曲がった角が頭部から何本も突き出している。


翼の膜には、無数の目のような模様。


その足元では。


木々も。


人も。


獣も。


形を失うように黒く崩れていた。


リゼが無意識にセリナの袖を掴む。


「……怖い」


セリナは妹の手を包む。


「大丈夫」


だが。


彼女自身も胸の奥が冷えていた。


壁画に描かれた黒い靄。


それは。


結社の施設で見た侵食の痕に、どこか似ていた。


老長老が壁画を見上げる。


「我らは、これを『喰らう影』と呼んでいる」


アルヴェインが問う。


「伝承ではなかったのですか」


「そう思われていた」


老人の声は重い。


「森が若かった時代」


「空の裂け目より現れ」


「触れた命を歪め」


「土地の記憶すら喰らったもの」


レオンが壁画を見つめる。


「土地の記憶を」


「そうだ」


老長老は頷く。


「死ぬのではない」


「最初から存在しなかったかのように失われる」


その言葉に。


現在のガルドたちは無言になる。


失われた記録。


消された名前。


歴史から姿を消したレオン。


すべてが。


遠い過去の災いと繋がり始めていた。


---


アルヴェインは険しい顔で壁画を見ていた。


「ならば、あれを放置はできない」


「巡察隊を出します」


「駄目だ」


老長老が即座に退ける。


「なぜです」


「今の巡察隊では足りぬ」


アルヴェインの表情が固くなる。


「では森が喰われるのを待てと?」


「違う」


老人は壁画の一角を指した。


黒い影へ立ち向かう三つの小さな姿。


一人は剣を持つ人間。


一人は弓を持つエルフ。


そして。


もう一人。


大きな槌を担いだ、背の低い戦士。


「この災いは」


「一つの種族だけでは止められぬ」


アルヴェインが眉を寄せる。


「人間と手を組めと」


拒絶が滲む。


老長老は答えない。


代わりに。


レオンへ視線を向けた。


「人間の騎士」


「お前は、あの影を追うか」


レオンは迷わなかった。


「追います」


里の者たちがざわめく。


女エルフが鋭く言う。


「お前には関係がない」


レオンは壁画を見たまま答えた。


「森だけの災いではないと、長老は言いました」


「なら、関係があります」


「人の国へ向かう保証はない」


アルヴェインが言う。


レオンは彼を見る。


「向かわなくても」


「ここで暮らす人々が危険なら、同じです」


穏やかな声。


だが揺るがない。


アルヴェインは唇を結ぶ。


また。


この人間は当然のように、他者のために剣を取ろうとする。


命令でも。


名誉でも。


報酬でもない。


ただ。


守るべきものがあるから。


それだけで。


---


老長老はアルヴェインへ向き直る。


「お前が案内しろ」


「私が?」


「影が消えた方角を知る者」


「精霊の異変を読める者」


「そして」


老人の目が鋭くなる。


「人間を見極める者が必要だ」


アルヴェインはレオンを見る。


数刻前に出会ったばかりの男。


森の掟を知らず。


勝手に魔獣を斬り。


里へまで入ってきた人間。


信用などできない。


そう思う。


だが。


ヴァレスを救ったのも。


商人を守ったのも。


自分へ背を預けたのも。


この男だった。


「……監視役ですか」


「そう思いたければ、そう思え」


老長老は淡々と返す。


アルヴェインはしばらく黙る。


やがて。


「分かりました」


不承不承の返答。


レオンが小さく頭を下げる。


「よろしくお願いします」


「まだ協力すると決めたわけではない」


「では、案内をお願いします」


「言葉を変えただけだろう」


ロックが笑う。


「この頃から相性いいな」


セリナも微笑む。


「今の長老なら、同じ言い方をしそう」


ガルドは何も言わない。


ただ。


並んで壁画を見上げるレオンとアルヴェインを見ていた。


二人の立つ位置が。


少しずつ近くなっている。


---


会議が終わり。


出立の準備が始まった。


アルヴェインは弓と矢筒を整える。


薬草。


縄。


保存食。


森を進むための道具を選んでいく。


レオンの剣も返された。


鞘を腰へ戻す姿を見ながら、アルヴェインが言う。


「森の中では私が先を行く」


「はい」


「指示なく動くな」


「分かりました」


「勝手に人を庇うな」


レオンが少し考える。


「それは約束できません」


アルヴェインの眉が跳ねる。


「なぜだ」


「必要なら庇います」


「だから、それを勝手にするなと言っている」


「では、先に許可を取ります」


「戦いの最中にか?」


「可能なら」


アルヴェインは深いため息をついた。


「やはり面倒な人間だ」


レオンは笑う。


「よく言われます」


「誰にだ」


「上官に」


その答えだけは妙に納得できた。


アルヴェインの口元が。


ほんの少しだけ緩む。


だが。


すぐに引き締めた。


---


里の門が開く。


レオンとアルヴェインは並んで外へ出た。


見送る者の視線は複雑だった。


人間へ向ける疑念。


アルヴェインへの心配。


そして。


空を横切った黒い影への恐怖。


老長老が二人の背中へ告げる。


「北西へ向かえ」


「森の外れに、古い採掘場がある」


アルヴェインが振り返る。


「ドワーフの領域ですか」


「かつてはな」


老人は杖を握り直す。


「壁画に描かれた三人目」


「槌を持つ者の手掛かりが残っているかもしれぬ」


レオンが問う。


「ドワーフと協力するのですか」


「できればな」


老長老は少しだけ苦い顔をした。


「もっとも」


「あの頑固者たちが、素直に話を聞けばの話だが」


森の向こう。


北西。


放棄された古い採掘場。


そこに。


後にレオンとアルヴェインの戦友となる一人のドワーフがいた。


鉄と炎を愛し。


誰より口が悪く。


誰より仲間を見捨てない男。


その名を。


二人はまだ知らない。


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