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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第6章 竜と黒剣の契約

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第125話 森の門

負傷した巡察隊員を背負い、レオンとアルヴェインは森の奥を進んでいた。


男の名はヴァレス。


意識は戻らない。


だが呼吸は続いている。


レオンが施した応急処置によって、出血はわずかに抑えられていた。


「あとどれくらいです」


レオンが尋ねる。


アルヴェインは前を向いたまま答えた。


「近い」


それだけだった。


声には焦りが滲んでいる。


レオンは黙って歩調を上げた。


背負ったヴァレスの身体が揺れないよう、慎重に足を運ぶ。


森は深い。


獣道すら見えない。


だがアルヴェインは迷わない。


根を避け。


苔の向きを読み。


風の流れを確かめながら進む。


やがて。


木々の隙間に、淡い緑の光が見え始めた。


ロックが目を細める。


「里か?」


セリナは静かに頷いた。


「多分」


ガルドは周囲を見ていた。


現在のエルフ領とは違う。


世界樹の気配は遠い。


結界もまだ今ほど強固ではない。


それでも。


森全体が里を守っている。


そんな空気があった。


---


大樹の根元。


そこに門があった。


石や木で造られたものではない。


二本の巨木が絡み合い、天然の門を形作っている。


その前には数名のエルフが立っていた。


弓を構え。


鋭い目でこちらを見ている。


先頭の女エルフがアルヴェインを見つける。


「戻ったか」


次の瞬間。


その視線がレオンへ向いた。


表情が変わる。


「……人間?」


弓が一斉に上がった。


レオンへ向けられる。


アルヴェインが足を止める。


「武器を下ろせ」


「何を言っている」


女エルフの声が強くなる。


「里へ人間を連れてきたのか」


「ヴァレスが負傷している」


「先に治療を」


「その人間を置いてこい」


即答だった。


アルヴェインの顔が険しくなる。


レオンは何も言わない。


背負ったヴァレスの呼吸だけが浅く続いている。


女エルフが一歩前へ出る。


「掟を忘れたのか」


「人間を里へ入れてはならない」


「分かっている」


「なら、なぜ連れてきた」


アルヴェインは答えなかった。


いや。


答えられなかった。


掟は知っている。


人間が森へ何をしてきたのかも。


木を切り。


土地を奪い。


精霊を傷つけた。


その記憶はまだ新しい。


だから里は閉ざされた。


だから人間を拒む。


その判断は間違っていない。


そう思っていた。


今までは。


「アルヴェイン」


女エルフの声が低くなる。


「その人間から離れろ」


レオンは静かにヴァレスを背負い直した。


「私はここで待ちます」


アルヴェインが振り返る。


「何?」


「彼を里へ運んでください」


「私は入りません」


穏やかな声だった。


不満もない。


怒りもない。


自分が拒まれることを当然として受け入れている。


それが。


アルヴェインには気に入らなかった。


「なぜ黙って従う」


レオンが少し驚く。


「それがあなた方の掟だからです」


「お前は先ほど、命を守るためなら剣を抜くと言った」


「ええ」


「なら、なぜ今は引く」


レオンはヴァレスへ視線を落とした。


「今、優先すべきは彼の命です」


「私の扱いではありません」


その言葉に。


アルヴェインは何も返せなかった。


まただ。


この人間は。


自分の立場より、他人の命を先に置く。


それを誇ろうともしない。


当然のように選ぶ。


女エルフが苛立ったように言う。


「早くしろ」


「ヴァレスを渡せ」


アルヴェインは動かなかった。


「この人間も入れる」


森の門が静まり返る。


レオンが目を見開く。


女エルフは信じられないものを見る顔になった。


「……正気か」


「ヴァレスの傷は深い」


アルヴェインは言う。


「この人間が応急処置をした」


「森の薬草の使い方も知っている」


レオンが小さく口を開く。


「少しだけです」


「黙っていろ」


初めて。


アルヴェインがレオンの言葉を遮った。


ロックが思わず笑う。


「庇い始めたな」


セリナの表情も柔らかい。


「本人は認めないでしょうけど」


アルヴェインは門番たちを真っ直ぐ見た。


「ヴァレスを助けるには、この人間の話を聞く必要がある」


「だから入れる」


「お前に決める権限はない」


女エルフの声が鋭くなる。


その時。


門の奥から低い声が響いた。


「ならば、儂が決めよう」


全員が振り向く。


一人の老エルフが歩いてくる。


長い白髪。


深い皺。


木の杖。


現在のアルヴェインよりさらに老いて見える。


だが瞳は鋭い。


周囲のエルフたちが一斉に頭を下げる。


「長老」


老エルフはヴァレスを見る。


次にアルヴェイン。


そして。


最後にレオンを見た。


「人間」


「名は」


「レオンです」


「王都騎士団所属」


老エルフの目が僅かに細くなる。


「騎士か」


「はい」


「なぜ森へ入った」


レオンは包み隠さず答えた。


牙猪。


魔狼。


黒く枯れた土。


負傷したヴァレス。


すべてを。


老エルフは黙って聞いていた。


やがて。


「嘘はないようだ」


門番の女エルフが反論する。


「長老!」


「人間を里へ入れるなど――」


老エルフは杖を一度地面へ打ちつけた。


コツン。


小さな音。


だが全員が黙る。


「掟は里を守るためにある」


「里の者を死なせるためではない」


静かな言葉だった。


女エルフは唇を噛む。


老エルフはレオンへ向き直る。


「入るがよい」


「ただし」


「剣は預かる」


レオンは迷わなかった。


腰の剣を外す。


柄を相手へ向けて差し出す。


「どうぞ」


そのあまりの素直さに、門番たちは僅かに戸惑う。


アルヴェインも。


レオンならそうすると思っていた。


だが。


実際に何のためらいもなく武器を手放す姿を見て。


胸の奥で何かが揺れた。


騎士にとって剣は誇り。


人間にとって武器は力。


そう思っていた。


しかしレオンは。


命を救うためなら。


自分の誇りさえ簡単に手放す。


「通せ」


長老の言葉で門が開かれた。


レオンはヴァレスを背負ったまま里へ入る。


アルヴェインも続く。


その瞬間。


淡い緑の光がレオンの身体を撫でた。


森の結界。


侵入者を見定める力。


レオンは足を止める。


光はしばらく彼の周囲を漂った。


敵意を探るように。


魔力を測るように。


やがて。


光は静かに消えた。


弾かれない。


拒まれない。


老エルフが僅かに目を見開く。


「森が通したか」


アルヴェインも驚いている。


「そんな……」


人間を嫌うはずの森が。


レオンを拒まなかった。


レオン本人だけは意味が分からず首を傾げていた。


「何か問題が?」


アルヴェインはしばらく黙る。


そして。


「……何でもない」


そう答えて先へ進んだ。


---


里は巨大な樹々の間に築かれていた。


枝の上に家があり。


根の間に薬草園が広がり。


小さな光の精霊たちが空を漂っている。


里の者たちは、人間を見て足を止めた。


子どもを抱き寄せる者。


睨む者。


遠巻きに見る者。


歓迎されてはいない。


それでもレオンは何も言わない。


ただヴァレスを治療所へ運ぶ。


寝台へ降ろすと、すぐに薬師へ傷の状態を伝えた。


傷の深さ。


出血量。


使った薬草。


呼吸の変化。


簡潔で正確だった。


老薬師が驚いた顔をする。


「人間にしては、よく見ている」


レオンは答える。


「戦場では必要でした」


薬師は鼻を鳴らす。


「褒めたわけではない」


レオンが微笑む。


「そうですか」


アルヴェインは、そのやり取りを見ていた。


自分と同じだと思った。


この人間は。


どれだけ拒まれても、怒らない。


ただ必要なことをする。


それが。


少しだけ。


腹立たしく。


そして。


不思議と安心できた。


---


治療が始まる。


ヴァレスの呼吸は徐々に落ち着いていった。


命は繋がった。


老薬師が告げる。


「助かる」


その言葉を聞いた瞬間。


アルヴェインの肩から力が抜ける。


ほんの少しだけ。


レオンがそれに気づく。


「良かったですね」


アルヴェインは横を向く。


「……ああ」


短い返事。


だが。


今度は否定しなかった。


その時。


治療所の外から鐘の音が響いた。


里の警戒鐘。


一度。


二度。


三度。


空気が変わる。


アルヴェインがすぐに外へ飛び出す。


レオンも続く。


里の上空。


木々の隙間。


黒い影が横切った。


一瞬だった。


翼。


長い尾。


そして。


異様に曲がった黒い角。


ヴァレスが語ったもの。


竜ではない。


だが。


竜に似た何か。


森の精霊たちが一斉に姿を消す。


葉がざわめき。


風が冷たくなる。


老長老が空を見上げた。


その顔から表情が消えていた。


「……始まったか」


アルヴェインが振り返る。


「何を知っている」


長老は答えない。


ただ。


黒い影が消えた空を見つめる。


その瞳には。


恐怖ではなく。


遠い記憶が宿っていた。


「森だけの災いではない」


低い声。


「これは」


「世界を喰らうものだ」


その言葉が。


若きレオンとアルヴェインを。


後に邪竜戦争と呼ばれる戦いへ導く、最初の警告となった。


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