第121話 記憶の祭壇
巨大な空洞は静寂に包まれていた。
中央の湖は鏡のように澄み渡り、微かな波紋一つ立っていない。
その湖畔に立つガルドたちを、エンシェントドラゴンは静かに見つめていた。
黄金の瞳には、長い年月を生きた者だけが持つ深い静けさが宿っている。
『……来るがよい。』
低く響く声が、再び全員の意識へ直接届いた。
親竜はゆっくりと歩き出す。
子ドラゴンも嬉しそうにその後を追う。
ガルドたちは顔を見合わせると、黙ってその背中についていった。
***
湖の奥。
石柱の間を進むと、一際大きな円形の広間へ辿り着いた。
床一面に巨大な魔法陣が刻まれている。
複雑に重なり合う幾何学模様。
その中心には、黒い石で造られた祭壇が静かに佇んでいた。
祭壇の四隅には竜の像。
中央には一本の剣を捧げるための窪みがある。
セリナは思わず息を呑んだ。
「これが……。」
親竜が静かに頷く。
『記憶の祭壇。』
『契約を結びし者たちの記憶を未来へ繋ぐ場所。』
ロックが辺りを見回す。
「記憶を残すってことか?」
『そうだ。』
『言葉は風化する。』
『石は砕ける。』
『だが、魂に刻まれた記憶は失われぬ。』
その言葉に、セリナはレオンの記録を思い出していた。
なぜ彼は記録を分散させたのか。
文字だけでは伝えきれないものがあったからなのかもしれない。
***
親竜は祭壇を見つめたまま続ける。
『レオンも、この場所へ立った。』
空気が張り詰める。
ロックが思わず前へ出る。
「本当にここだったのか。」
『あの者は最後に願った。』
『真実だけは、未来へ残したいと。』
ガルドは静かに祭壇を見つめる。
レオンも、この景色を見た。
この場所で、何かを決断した。
そう思うと、不思議な感覚が胸をよぎった。
***
親竜はゆっくりとガルドへ視線を向ける。
『黒き剣を。』
『祭壇へ。』
短い言葉だった。
ガルドは少しだけ黒剣へ目を落とす。
そして、静かに頷いた。
背中から黒剣を降ろす。
重々しい音を立てながら、祭壇の中央へ置いた。
カン――
黒剣が澄んだ音を響かせる。
その瞬間。
祭壇に刻まれた紋様が淡く光り始めた。
一本、また一本と光の筋が広がっていく。
やがて巨大な魔法陣全体が青白く輝いた。
リゼが思わずガルドの腕を掴む。
「きれい……。」
セリナは目を見開く。
「この魔力……。」
今まで感じたことがない。
精霊魔法でもない。
人間の魔法でもない。
もっと根源的な何かだった。
***
ゴォォォ……
低い振動が遺跡全体へ広がる。
湖面が静かに揺れる。
石柱の彫刻が次々と淡い光を帯び始める。
ロックが周囲を見回した。
「全部光ってるぞ。」
親竜は静かに目を閉じる。
『契約は受け継がれた。』
『故に。』
『記憶は継承される。』
その言葉と同時に。
祭壇の中央から、一筋の光が天井へ向かって立ち昇った。
眩い光。
しかし不思議と目は痛くない。
温かな光だった。
***
ガルドの足元へ光が集まる。
次いで。
セリナ。
ロック。
リゼ。
四人を包み込むように光が広がっていく。
ロックが苦笑した。
「これ、何が始まるんだ?」
親竜は静かに答えた。
『見届けるのだ。』
『あの者が何を選び。』
『何を守り。』
『何を未来へ託したのかを。』
ガルドは親竜を見つめる。
「……レオン。」
親竜はゆっくり頷いた。
『そうだ。』
『これは記録ではない。』
『あの者が歩んだ真実。』
『偽ることのできぬ記憶。』
***
光がさらに強くなる。
湖が。
祭壇が。
石柱が。
遺跡そのものが光に包まれていく。
セリナは思わず目を閉じた。
リゼもロックも腕で光を遮る。
ガルドだけは目を逸らさない。
その先に。
一人の青年が立っていた。
まだ若い。
銀色の髪。
騎士団の制服。
真っ直ぐな眼差し。
黒剣は持っていない。
その青年が振り返る。
そして微かに笑った。
『さて。』
『今日も行くか。』
その声が響いた瞬間。
世界が白く染まった。
ガルドたちの意識は、三百年前の世界へと引き込まれていった。




