第120話 竜の眠る地
重々しい音を響かせながら、巨大な岩壁が完全に開いた。
長い年月、誰も踏み入れなかった通路。
冷たい空気が静かに流れ出す。
子ドラゴンは入口の前に座ったまま、一行を見つめていた。
「……待ってる。」
リゼが小さく呟く。
ガルドは短く頷く。
「ああ。」
そのまま一歩、通路へ足を踏み入れた。
ロックたちも続く。
***
通路の中は驚くほど整然としていた。
崩落もほとんどない。
石壁には等間隔に竜の彫刻が並び、床には複雑な紋様が刻まれている。
セリナは壁へ手を触れた。
「保存魔法……。」
ロックが振り返る。
「分かるのか?」
「ええ。」
「数百年じゃ済まない。」
「もっと古い。」
ガルドは黙って歩き続ける。
黒剣も静かだった。
***
やがて通路の先が開けた。
巨大な空洞。
天井は見えないほど高い。
中央には透き通った湖。
水面は鏡のように静まり返っている。
その湖を囲むように、無数の石柱が立ち並んでいた。
一本一本に竜の姿が彫られている。
リゼは思わず息を呑む。
「すごい……。」
セリナも言葉を失っていた。
「こんな場所が……。」
王都の記録には存在しない。
結社も知らない。
完全に忘れ去られた遺跡だった。
***
子ドラゴンは湖の中央へ向かって歩いていく。
そして、一つの石碑の前で止まった。
『グルル』
短く鳴く。
ガルドも石碑へ近付く。
高さは人の背丈ほど。
表面には古代文字が刻まれている。
老神官が読めなかった文字。
しかし。
セリナは目を細めた。
「少しだけ読める。」
静かに文字を追う。
「これは……。」
「古代竜語。」
ロックが驚く。
「読めるのか?」
「全部じゃない。」
「でも。」
セリナは慎重に読み上げる。
『契約を継ぐ者よ。』
『剣ではなく。』
『意思を継げ。』
静寂。
ガルドは石碑を見つめる。
黒剣ではない。
意思を継げ。
その意味はまだ分からない。
***
その時だった。
湖の水面が揺れる。
波紋がゆっくりと広がっていく。
誰も触れていない。
風もない。
それなのに。
水面だけが動いている。
ロックが身構えた。
「何か来る。」
次の瞬間。
ゴォォォ……
低く響く咆哮。
空洞全体が震える。
天井から細かな砂が舞い落ちた。
リゼが思わずガルドの後ろへ下がる。
セリナも弓を構える。
しかし。
子ドラゴンは動かなかった。
嬉しそうに空を見上げている。
***
やがて。
巨大な影がゆっくりと降りてくる。
黄金色の瞳。
深い蒼銀の鱗。
山で出会ったあのエンシェントドラゴンだった。
その姿を見た瞬間。
ロックは思わず息を呑む。
「……でかい。」
以前見た時よりも近い。
圧倒的な存在感。
だが、不思議と恐怖はなかった。
親竜は静かに着地する。
子ドラゴンが嬉しそうに駆け寄った。
頭を擦り寄せる。
親竜は優しく鼻先を寄せる。
その光景に、セリナは自然と表情を緩めた。
***
親竜はゆっくりとガルドへ視線を向ける。
黄金の瞳。
まっすぐ見つめる。
しばらく沈黙が続く。
そして。
以前と同じように、ガルドの胸へ静かに額を寄せた。
黒剣が微かに震える。
カン――
澄んだ音が空洞へ響く。
親竜は目を閉じたまま動かない。
まるで。
何かを確かめるように。
やがてゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、以前にはなかった安堵が浮かんでいた。
『……来たか。』
低く響く声。
頭の中へ直接届く。
セリナが目を見開く。
「声……?」
ロックも周囲を見回す。
「今の、誰だ?」
ガルドだけは静かに親竜を見ていた。
親竜は再び語りかける。
『長き時を経て。』
『ようやく約束は果たされる。』
その言葉に。
全員の表情が変わる。
約束。
レオンが何度も記していた言葉。
『約束は果たされる』
その意味を。
親竜は知っている。
***
同じ頃。
遺跡の外。
岩陰から結社の観測者が遺跡を見つめていた。
誰も中へ入れない。
入口へ近付こうとした瞬間。
見えない壁に弾かれたのだ。
「侵入できません。」
一人が水晶へ報告する。
少し遅れて、カイナの声が返る。
『無理に入る必要はありません。』
『観測を継続してください。』
「ですが。」
『今、あの場所で起きていることは。』
『我々の知る歴史には存在しない。』
静かな声だった。
しかし。
その奥には、初めて隠し切れない興味が滲んでいた。
結社ですら知らない場所。
竜の遺跡。
そして。
数百年前から続く約束。
ガルドたちはついに。
失われた歴史、その中心へ辿り着いたのだった。




