第116話 北への旅立ち
夜明け前。
王都はまだ静かな眠りの中にあった。
石畳は朝露に濡れ、東の空がわずかに白み始めている。
聖教会の客室。
ガルドはいつものように一番早く目を覚まし、静かに荷物をまとめていた。
背には黒剣。
腰には最低限の装備。
旅支度は数分で終わる。
部屋の隅ではリゼが目を覚まし、小さく欠伸をした。
「……おはよう。」
ガルドは短く頷く。
「……ああ。」
その声でロックも目を覚ます。
「もう朝か……。」
大きく伸びをすると、ガルドの姿を見て苦笑した。
「やっぱり準備終わってる。」
セリナも起き上がり、小さく笑う。
「いつものことね。」
穏やかな朝だった。
***
荷物をまとめ終えた四人は、聖教会の礼拝堂へ向かった。
出発前の挨拶をするためだ。
老神官は既に待っていた。
祭壇の前に立ち、静かに微笑む。
「もう出発されるのですね。」
セリナが頷く。
「はい。」
「長い間、お世話になりました。」
老人はゆっくり首を横に振る。
「こちらこそ。」
「久しぶりに、歴史を未来へ繋ぐ方々と出会えました。」
その言葉に、セリナは少し照れたように笑う。
ロックは頭を掻く。
「俺は何もしてねぇけどな。」
「そんなことはありません。」
老人は穏やかに答える。
「真実は、一人では辿り着けません。」
「仲間がいるからこそ、先へ進めるのです。」
ロックは少しだけ照れ臭そうに鼻を掻いた。
***
礼拝堂を出ると、ライルが入口で待っていた。
既に騎士団の制服姿だ。
「お待ちしていました。」
そう言って、小さな革袋を差し出す。
「保存食です。」
「北へ向かうなら、最初の数日は補給が難しいでしょう。」
ロックが袋を受け取り、中を覗く。
「おぉ。」
「助かる。」
ライルは少し笑う。
「騎士団の携行食です。」
「味は保証できませんが。」
ロックが一つ取り出して口へ入れる。
数秒後。
「……固ぇ。」
思わず顔をしかめる。
セリナが吹き出した。
リゼも小さく笑う。
ライルは少し申し訳なさそうだった。
「昔から変わらないんです。」
ガルドが一つ手に取り、そのまま食べる。
表情は変わらない。
ロックが呆れたように笑った。
「ダンナは平気なのかよ。」
「……問題ない。」
「そりゃそうか。」
少しだけ空気が和らぐ。
***
王都北門。
朝日が城壁を黄金色に染めていた。
門兵たちは既に勤務を始めている。
ライルが通行証を見せると、門兵はすぐに敬礼した。
「お気を付けて。」
重い門がゆっくりと開いていく。
王都の外。
北へ続く街道が真っ直ぐ伸びていた。
セリナは一度だけ振り返る。
高い城壁。
聖教会の鐘楼。
騎士団本部。
短い滞在だった。
しかし、多くのものを得た。
「行きましょう。」
ガルドは静かに歩き出す。
ロックが肩を回しながら続く。
「次は竜の山か。」
「また雪山だな。」
リゼも小さく頷いた。
四人はゆっくりと王都を後にする。
***
城壁の上。
ライルはその背中を見送っていた。
隣には老神官も立っている。
ライルが小さく呟く。
「また会えますよね。」
老人は北の空を見つめた。
「ええ。」
「きっと。」
「ですが。」
少しだけ表情が引き締まる。
「次に戻られる時には。」
「世界は今とは少し違っているかもしれません。」
ライルはその意味を尋ねなかった。
何となく。
今は聞くべきではないと思ったからだ。
***
王都から半日。
街道沿いの小高い丘。
ロックが立ち止まり、大きく息を吸う。
「やっぱ王都より空気がうまいな。」
セリナも笑う。
「そうね。」
リゼは道端に咲く小さな花を見つけ、しゃがみ込む。
以前より表情が柔らかくなっていた。
ガルドは少し先で立ち止まり、北を見ている。
その視線の先。
遥か彼方。
青く霞む山脈。
あの竜の住む山だった。
その時。
『ギィィッ――』
高い鳴き声が空から響く。
全員が見上げる。
蒼い翼。
子ドラゴンだった。
以前よりも高く。
そして速く飛んでいる。
こちらを一度だけ確認すると、再び北へ向かって飛んでいく。
ロックが笑う。
「案内役は今日も仕事熱心だな。」
ガルドは短く答える。
「……ああ。」
その背中を追うように。
四人は再び歩き始める。
北の果て。
竜の眠る地へ。
新たな真実を求めて。




