第115話 北への支度
王都の夕暮れ。
赤く染まった空を眺めながら、ガルドたちは聖教会の客室へ戻っていた。
明日には王都を発つ。
誰も口にはしなかったが、その思いは四人とも同じだった。
部屋へ入ると、ロックが大きく息を吐く。
「結局、王都じゃ全部は分からなかったな。」
荷物を床へ置き、椅子へ腰掛ける。
セリナは静かに首を横へ振った。
「いいえ。」
「分からなかったことも多いけれど。」
「進むべき場所は見えたわ。」
テーブルの上へ、これまで集めた資料を並べていく。
レオンの手記。
北方遠征報告。
歴代団長の覚え書き。
古地図。
一枚ずつ確認しながら、情報を整理していく。
***
「まず。」
セリナが一枚目の紙を手に取る。
「レオンもガルドと同じように、竜に導かれて黒剣を託された。」
ライルから借り写した記録だった。
ロックが頷く。
「そこは間違いなさそうだ。」
セリナは次の紙へ移る。
「そしてレオンは、自分の記録を一冊にはまとめなかった。」
「複数に分けて隠した。」
「誰かが消そうとすることを知っていたから。」
老神官の言葉とも一致している。
ガルドは静かに資料を見つめていた。
***
「次。」
セリナは古地図を広げる。
北方山脈。
竜域。
黒剣を手に入れた場所。
「真実は王都にはない。」
「竜の眠る地にある。」
レオンが最後に残した言葉だった。
ロックが腕を組む。
「つまり。」
「次は北ってことだな。」
「ええ。」
セリナは頷く。
「少なくともレオンは、そう伝えたかった。」
***
「もう一つ。」
今度はリゼが小さく口を開いた。
「結社。」
皆がリゼを見る。
「本。」
「集めてる。」
短い言葉。
しかし十分だった。
セリナが続ける。
「結社も記録を探している。」
「でも。」
「全部は知らない。」
ライルや老神官の話からも、それは明らかだった。
もし全てを知っているなら。
わざわざ盗む必要はない。
ロックが笑う。
「つまり向こうも手探りか。」
「そういうことね。」
***
ガルドは一枚の紙へ視線を落とす。
そこにはレオンの最後の言葉。
『約束は果たされる』
短い一文。
誰との約束なのか。
何を果たすのか。
まだ分からない。
セリナもその文字を見つめる。
「この約束だけは。」
「まだ意味が見えないわ。」
誰も答えられなかった。
***
その時。
コンコン。
扉が叩かれる。
ライルと老神官だった。
ライルが一枚の通行証を机へ置く。
「北門の通行許可です。」
「明日の朝なら、手続きなしで出発できます。」
ロックが笑う。
「助かる。」
老神官は四人を静かに見渡した。
「王都でお伝えできることは、ほぼ全てお話ししました。」
「残る答えは。」
老人は窓の向こう。
北の空を見つめる。
「竜だけが知っています。」
部屋が静まり返る。
その言葉には不思議な説得力があった。
***
ライルがガルドへ向き直る。
「隊長。」
「……。」
「お気を付けて。」
「次にお会いする時は。」
少しだけ笑う。
「私も胸を張って報告できるようにしておきます。」
ガルドは短く頷く。
「……ああ。」
それだけだった。
しかしライルは満足そうだった。
***
夜。
全員が眠りについた頃。
窓から月明かりが差し込む。
部屋は静かだった。
誰も動かない。
誰も気付かない。
その静寂の中で。
カン――
黒剣が、ごく小さく鳴る。
ガルドは眠ったまま。
気付かない。
黒剣も再び静かになる。
だが。
鞘の奥で。
ほんの僅かに黒い霧が揺れた。
すぐに消える。
誰にも見えないほど微かな変化。
まるで。
何かを待っているように。
王都で集めた記録。
レオンの言葉。
竜からの導き。
その全てを胸に。
ガルドたちは翌朝、再び北への旅路へ踏み出そうとしていた。




