第114話 騎士の誓い
翌日。
王都騎士団本部。
窓から差し込む朝日が、訓練場を照らしていた。
剣を打ち合う音。
若い騎士たちの掛け声。
活気に満ちた光景だった。
ロックは訓練場を眺めながら口を開く。
「懐かしいか?」
隣を歩くガルドへ尋ねる。
ガルドは一瞬だけ訓練場を見る。
「……変わらない。」
短い返事だった。
ロックは笑う。
「それだけか。」
「それだけだ。」
相変わらずだった。
***
ライルは一行を騎士団本部の裏庭へ案内した。
そこは騒がしい訓練場とは違い、人影も少ない。
一本の大きな樫の木が立っている。
「ここは……」
ライルが小さく笑う。
「隊長に初めて剣を教わった場所です。」
ロックが興味深そうに辺りを見回す。
「へぇ。」
ライルは樫の木へ歩み寄る。
木の幹には、小さな傷跡がいくつも残っていた。
「新人の頃、何度振っても隊長には一度も当たりませんでした。」
少し恥ずかしそうに笑う。
「毎日ここで打ち込みをしていました。」
セリナは静かに聞いていた。
普段は真面目なライルが、少しだけ昔を懐かしんでいる。
そんな表情だった。
***
「覚えていますか?」
ライルが振り返る。
ガルドは樫の木を見る。
数秒。
「……覚えている。」
ライルの表情が少し明るくなる。
「私は毎日負けていました。」
「でも。」
「一度も手加減はしてくれませんでしたね。」
ロックが吹き出した。
「ダンナらしい。」
ガルドは少し考え。
「……必要だった。」
その一言にライルは頷いた。
「はい。」
「あの頃は厳しいと思っていました。」
「ですが今なら分かります。」
ライルは真っ直ぐガルドを見る。
「私を騎士として扱ってくださっていたんですね。」
ガルドは何も答えない。
ただ静かに立っている。
***
しばらく沈黙が続く。
風が樫の葉を揺らす。
ライルはゆっくりと口を開いた。
「隊長。」
「私は今でも思っています。」
「騎士として大切なことは。」
「教本では学べませんでした。」
セリナも耳を傾ける。
ライルは続けた。
「民を守ること。」
「仲間を見捨てないこと。」
「そして。」
「自分の功績を誇らないこと。」
少し笑う。
「全部、隊長から教わりました。」
ロックは腕を組んだまま頷く。
「まあ、それは間違ってねぇ。」
ライルは深く頭を下げた。
「私は。」
「今の騎士団ではなく。」
「隊長から騎士道を学びました。」
その言葉は静かだった。
しかし、何よりも重かった。
***
ガルドはライルを見つめる。
しばらく何も言わない。
ライルも顔を上げない。
やがて。
ガルドは短く口を開いた。
「……立派になった。」
その一言だけだった。
だが。
ライルの肩がわずかに震える。
ゆっくりと顔を上げると、どこか照れくさそうに笑っていた。
「ありがとうございます。」
その笑顔は。
かつて訓練を終えた新人騎士の頃と変わらなかった。
ロックが苦笑する。
「その一言が欲しかったんだろ。」
ライルは少し恥ずかしそうに頷く。
「……はい。」
「ずっと。」
追放の日。
何も言えなかった。
別れの挨拶もできなかった。
だからこそ。
今の一言だけで十分だった。
***
その時。
訓練場の方から数人の若い騎士が近付いてきた。
ライルへ敬礼する。
「副団長補佐。」
「準備が整いました。」
ライルは頷いた。
「ありがとう。」
若い騎士たちは、その横に立つガルドを見る。
一瞬だけ驚く。
そして。
一人が静かに敬礼した。
それに続いて。
もう一人。
さらにもう一人。
誰も言葉は発しない。
ただ。
騎士としての敬意だけがそこにあった。
ガルドは少しだけ目を細める。
そして。
静かに敬礼を返した。
ロックはその様子を見て小さく笑う。
「ダンナ。」
「ちゃんと伝わってたみたいだぞ。」
ガルドは何も答えない。
だが。
その背中は、ほんの少しだけ以前より軽く見えた。
***
その頃。
王都地下。
結社潜伏拠点。
観測室。
観測者が新たな報告を行う。
「対象ガルド。」
「騎士団との接触を終了。」
「近日中に王都を出発すると予測されます。」
カイナは静かに頷く。
「予定通りです。」
観測水晶には、ガルドたち四人の光が映っている。
その進路は、ゆっくりと北へ伸びていた。
カイナは小さく呟く。
「次はいよいよ。」
「竜域ですね。」
観測者たちも静かに頷く。
王都編は終わりへ近づいていた。
そして。
失われた歴史の中心へ向かう旅が、まもなく始まろうとしていた。




