第113話 観測者の誤算
王都地下。
結社潜伏拠点。
白い石壁に囲まれた観測室は、今日も静寂に包まれていた。
壁一面に並ぶ観測水晶。
その一つに、ガルドたちの光が映し出されている。
観測者の一人が足早に部屋へ入り、一礼した。
「報告します。」
カイナは静かに顔を上げる。
「報告を。」
「聖教会地下記録庫より、『竜騎士巡察録』の回収を完了しました。」
「内容は。」
「一部のみ。」
「黒剣に関する直接的な記述は確認できませんでした。」
部屋が静まり返る。
カイナはしばらく考え込む。
「予想通りです。」
観測者が僅かに眉を動かす。
「予想通り……ですか。」
「ええ。」
カイナは淡々と答えた。
「レオンは一つの記録に全てを残す人物ではありません。」
「今回も断片。」
「それだけです。」
***
別の観測者が新たな資料を差し出す。
「聖教会周辺の監視結果です。」
羊皮紙には行動記録が整理されていた。
・ガルド一行、地下記録庫を調査
・騎士団との接触継続
・老神官との協力関係を確認
・北方遠征の準備と思われる動きあり
カイナは静かに目を通す。
そして。
「予定通りです。」
誰も驚かない。
観測者たちにとって、ガルドは予測通りに動いている。
少なくとも、そう見えていた。
その時。
一人の観測者が口を開く。
「ですが、一点だけ。」
「何ですか。」
「聖教会側が保有している記録数が、我々の推定と一致しません。」
カイナの視線が止まる。
「説明を。」
「目録では七冊。」
「実際に確認できたのは五冊。」
「さらに一冊は我々が回収。」
「残る一冊の所在が不明です。」
沈黙。
観測室の空気がわずかに変わる。
カイナは静かに資料を閉じた。
「つまり。」
「我々も把握していない記録が存在する可能性があります。」
「はい。」
短い返答。
それだけで十分だった。
***
しばらく沈黙が続く。
やがてカイナが立ち上がる。
窓の無い部屋。
それでも北の方角へ視線を向ける。
「……誤算ですね。」
誰に向けた言葉でもない。
観測者たちは顔を見合わせる。
カイナが続けた。
「我々は、散逸した記録の所在を全て把握していると考えていました。」
「ですが違った。」
「レオンは想定以上に慎重だった。」
その口調に焦りはない。
だが。
初めて計画に綻びが生じたことだけは全員が理解した。
「調査班を増員しますか。」
観測者が尋ねる。
カイナは首を横に振る。
「いいえ。」
「対象を追います。」
「ガルドたちは必ず残る記録へ辿り着きます。」
「我々は、それを観測するだけです。」
結社らしい判断だった。
自ら探し回るよりも。
辿り着く者を利用する。
その方が効率的だった。
***
一方その頃。
聖教会本部。
中庭。
ライルは老神官と並んで歩いていた。
「盗まれた記録の件ですが。」
老人は静かに頷く。
「ええ。」
「気になることがあります。」
ライルは少し声を落とした。
「昨日、書庫の管理記録を調べました。」
「不審者の記録はありません。」
「ですが。」
老人が続きを促す。
「鍵の開閉記録が、一度だけ残っています。」
「誰の名前でしたか。」
ライルは少し困ったように笑った。
「記録が空白でした。」
老人の足が止まる。
「空白……。」
「はい。」
「名前だけが消されています。」
二人は顔を見合わせる。
誰かが侵入した。
それは間違いない。
しかし。
侵入者の名前だけが記録から消されている。
ライルは低く呟いた。
「まるで……。」
老人が静かに言葉を継ぐ。
「最初から存在しなかったように。」
その一言で。
二人の脳裏に同じものが浮かぶ。
レオンの記録。
消えた騎士。
消された歴史。
結社は本だけではない。
記録そのものを書き換えている。
その可能性が、少しずつ現実味を帯び始めていた。
***
宿へ戻る途中。
ロックは王都の大通りを歩きながら笑った。
「何だかんだで、王都に来てから毎日新しいことが出てくるな。」
セリナも苦笑する。
「ええ。」
「でも、一つだけはっきりしたことがある。」
「何だ?」
セリナは前を歩くガルドを見る。
「私たちより。」
「結社の方が焦り始めている。」
ロックは一瞬驚き。
すぐに笑みを浮かべた。
「なるほど。」
「追われてるのは俺たちじゃねぇ。」
「追いつかれそうなのは、向こうってことか。」
ガルドは何も言わない。
だが、その足取りは変わらなかった。
真実はまだ遠い。
しかし。
一歩ずつ。
確実に近づいていた。




