第111話 約束の意味
子ドラゴンが北へ飛び去った翌日。
王都の空は雲一つない快晴だった。
宿の一室。
テーブルの上には、ここ数日で集めた資料が並べられている。
レオンの手記。
北方遠征報告。
古い地図。
そして、聖教会地下で見つかった記録の写し。
ロックが頭を掻いた。
「整理すると、こうか。」
指を折りながら数えていく。
「レオンもダンナと同じように竜と会った。」
「黒剣を託された。」
「最後に『北へ行け』って残した。」
「竜は何百年も待ってた。」
「昨日は子ドラゴンが迎えに来た。」
一息つく。
「……全部繋がってるな。」
セリナが静かに頷いた。
「ええ。」
「でも、一番大事なところが分からない。」
ロックが首を傾げる。
「何だ?」
「どうしてレオンは歴史から消されたのか。」
その一言で部屋が静かになる。
黒剣の存在。
竜との出会い。
そこまでは見えてきた。
しかし、最も重要な謎だけは残っている。
なぜ記録を消す必要があったのか。
***
コンコン。
部屋の扉が叩かれる。
「失礼します。」
ライルだった。
手には細長い木箱を抱えている。
「書庫を整理していたら、これが見つかりました。」
机へ置く。
慎重に蓋を開けると、中には一本の古い巻物が納められていた。
王国騎士団の封印印が押されている。
ライルが苦笑する。
「正式な記録ではありません。」
「歴代団長が個人的に引き継いできた覚え書きです。」
ロックが眉を上げる。
「そんなもん残ってたのか。」
「存在すら忘れられていました。」
ライルは巻物を開く。
そこには歴代団長の短い言葉が記されていた。
『民を守れ』
『剣は誇りではなく責任』
『力は私物ではない』
どれも騎士らしい言葉だった。
そして、一番古い文字。
他とは筆跡が違う。
ライルが息を整えながら読み上げる。
「初代総団長……レオン。」
部屋の空気が変わる。
『我らが守るべきものは国ではない。』
『人でもない。』
『未来である。』
ロックが思わず呟く。
「未来……。」
短い言葉だった。
だが重かった。
セリナは巻物を見つめる。
「だから記録を残したのね。」
「未来の誰かが辿り着けるように。」
ライルも頷いた。
「私もそう思います。」
***
その時だった。
リゼが巻物の端を指差した。
「ここ。」
小さな文字。
見落としそうな追記。
ライルが目を細める。
「これは……。」
かなり薄れている。
セリナも隣から読む。
『約束は果たされる。』
昨日見つけた報告書と同じ言葉だった。
老神官が静かに呟く。
「やはり同じ人物が書いています。」
ライルが考え込む。
「約束とは何でしょう。」
誰にも分からない。
しかし、レオンは何度もこの言葉を残している。
偶然ではない。
ガルドは黙って巻物を見つめていた。
その時。
カン――
黒剣が微かに鳴る。
全員の視線が集まる。
今度は巻物ではない。
黒剣自身が震えていた。
ほんの僅かに。
セリナが息を呑む。
「また……。」
ガルドは柄へ手を添える。
しかし何も起きない。
黒剣は再び静かになる。
ロックが苦笑した。
「最近よく鳴くようになったな。」
誰もその意味を知らない。
ガルドも。
セリナも。
ライルも。
ただ一つだけ分かることがある。
黒剣はレオンの記録に反応している。
それだけだった。
***
同じ頃。
王都北門。
一人の旅人が静かに門を抜けていく。
黒い外套。
深く被った hood に顔は見えない。
門番は身分証を確認すると、そのまま通した。
旅人は一度だけ北の山脈を見上げる。
そして、小さく呟いた。
「……間に合えばいいが。」
そのまま歩き去る。
誰も気に留めない。
王都では珍しくない旅人の一人。
しかし、その背には古びた長剣が一本。
鍔には、風化しかけた竜の紋章が刻まれていた。
***
王都地下。
結社潜伏拠点。
観測室。
観測者が報告する。
「対象ガルド、本日も新たな記録を確認。」
「黒剣の反応を継続観測。」
カイナは静かに頷いた。
「変化は。」
「黒剣の共鳴頻度が増加しています。」
「原因は不明。」
カイナは観測水晶を見つめる。
そこに映る黒剣は何も変わらない。
少なくとも、そう見える。
「記録だけではありませんか……。」
小さく呟く。
誰も答えない。
まだ誰も知らない。
黒剣はレオンの記録に反応しているのではない。
失われた歴史へ近づくたびに。
少しずつ、その在り方を変え始めていることを。




