第109話 北方遠征報告
翌朝。
聖教会本部。
窓から差し込む朝日が石造りの廊下を照らしていた。
ガルド達は再びライルに呼ばれ、騎士団本部の書庫を訪れていた。
昨日見つかった目録。
そこに記されていた一冊。
『北方遠征報告』
その所在が判明したという知らせだった。
「本当に残っていたんですか?」
セリナが尋ねる。
ライルは苦笑する。
「正確には、残っていたというより……」
重い扉を開く。
そこは昨日案内された書庫とは別区画だった。
歴代団長のみが立ち入れる保管庫。
棚には年代順に書物が並んでいる。
その一角。
机の上に、一冊の古びた報告書が置かれていた。
「これです。」
ライルが慎重に手に取る。
表紙には確かに記されていた。
> 北方遠征報告
>
> 記録者 レオン・ヴァルハイト
ロックが感心したように呟く。
「今度こそ当たりか。」
ライルは静かに頷いた。
「ただし……」
表紙を開く。
最初のページ。
二枚目。
三枚目。
そこには切り取られた跡だけが残っていた。
「やっぱりか。」
ロックがため息をつく。
ほとんど残っていない。
昨日の記録と同じだった。
誰かが意図的に抜き取っている。
しかし。
今回は違った。
途中から数ページだけが残されていた。
ライルがゆっくりと読み始める。
***
『北方山脈到達』
『目的地へ向かう途中、同行者全員を帰還させる』
『これより先は私一人で向かう』
ロックが首を傾げる。
「何で一人なんだ?」
セリナも不思議そうだった。
軍の遠征記録なら普通ではない。
老神官が静かに答える。
「同行者を巻き込まないため……だったのかもしれません。」
ライルは続きを読む。
『山中にて竜と遭遇』
部屋が静まり返る。
『敵意なし』
『導かれる』
セリナが息を呑む。
ロックも思わずガルドを見る。
ガルドもまた。
ドラゴンに導かれて黒剣を手にした。
偶然とは思えなかった。
ライルがさらにページをめくる。
『私は試された』
『資格を問われた』
『剣を求めたのではない』
『託された』
短い文章。
それだけだった。
だが重みがある。
「託された……。」
セリナが静かに繰り返す。
ガルドも同じだった。
黒剣を奪ったのではない。
ドラゴンから渡された。
記録が一致している。
***
ロックが腕を組む。
「つまりレオンも、ダンナと同じだったってことか。」
「少なくとも。」
ライルは頷く。
「この記録だけを見る限りは。」
ガルドは黙って報告書を見つめていた。
レオン。
自分。
どこまで似ているのか。
まだ分からない。
その時だった。
リゼが一枚のページを指差す。
「ここ……」
全員が視線を向ける。
文章の端。
ほとんど消えかけた一文。
ライルが目を細める。
「読めるか……。」
セリナも近付く。
かすれた文字を慎重に追う。
『竜は語らず』
『ただ』
『見届ける』
老神官が小さく呟く。
「見届ける……。」
誰を。
何を。
答えは書かれていない。
しかし。
あの親竜を思い出す。
ガルド達を遠くから見守っていた存在。
子ドラゴンを送り出した存在。
戦う訳でもなく。
助ける訳でもなく。
ただ見ている。
まるで。
何かを確かめるように。
***
最後のページ。
そこだけは文字が比較的鮮明に残っていた。
ライルがゆっくりと読み上げる。
『我が役目は終わらない』
『次に託す者が現れるまで』
『竜は待つ』
静寂。
誰も声を出さなかった。
ロックだけがゆっくりと息を吐く。
「……待ってたのか。」
ガルドが黒剣を得るまで。
数百年もの間。
竜は。
待ち続けていたのだろうか。
その考えが頭をよぎる。
セリナはガルドを見る。
ガルドは変わらず無表情だった。
しかし。
その視線は、報告書から一度も離れていなかった。
***
その頃。
王都地下。
結社潜伏拠点。
観測室。
観測者が新たな報告を持ち込む。
「対象ガルド。」
「騎士団保管記録を閲覧。」
「北方遠征報告との接触を確認。」
カイナは静かに資料を閉じる。
「予測通りです。」
「次の行動は。」
観測者が問う。
カイナは迷わず答えた。
「対象は王都を離れます。」
「第二班を北方へ。」
「先行調査を開始してください。」
「ただし。」
観測者達が姿勢を正す。
「対象への接触は禁止。」
「記録を探し、観測する。」
「それだけです。」
「了解。」
部屋が静かになる。
カイナは観測水晶を見る。
ガルド達の光。
その進路はゆっくりと北へ向かい始めていた。
そして結社もまた。
同じ北を見つめていた。




