第108話 第二段階
王都地下。
結社潜伏拠点。
白い石壁に囲まれた観測室。
静寂の中、淡く光る観測水晶だけが部屋を照らしていた。
カイナは水晶へ視線を向ける。
その中には幾つもの光点。
対象者達の現在位置が静かに映し出されている。
一人の観測者が前へ進み、一礼した。
「報告します。」
「対象ガルド一行。」
「聖教会地下保管庫にて、レオン関連記録との接触を確認。」
カイナは何も言わない。
観測者は続ける。
「記録内容は断片。」
「黒剣保持者への警告文。」
「竜域への誘導を確認しました。」
部屋が静まる。
別の観測者が口を開く。
「回収命令を出しますか。」
カイナは首を横に振った。
「不要です。」
短い返答。
「対象は既に記録へ辿り着いています。」
「今さら奪う意味はありません。」
「それよりも。」
視線が水晶へ向く。
「次です。」
***
机の上へ古びた羊皮紙が広げられる。
王国全域の古地図。
その上には幾つか赤い印が付けられていた。
「レオン記録保管候補。」
観測者が説明を始める。
「聖教会。」
「騎士団。」
「王立図書館。」
「北方監視砦跡。」
「そして。」
指が最後の印へ止まる。
「封印礼拝堂跡。」
カイナは静かに眺める。
「根拠は。」
「過去の断片記録です。」
観測者が一枚の資料を差し出す。
そこには古い文字。
一部しか読めない。
だが、一文だけ判読できていた。
『最後の祈りは翼の眠る場所へ』
部屋が静まり返る。
誰にも意味は分からない。
だが。
レオンの記録と一致する可能性が高い。
「調査部隊を。」
カイナが静かに命じる。
「記録の有無だけ確認。」
「対象との接触は禁止。」
「観測を優先します。」
「了解。」
数人の観測者が部屋を後にする。
***
部屋に残ったのはカイナだけだった。
観測水晶を見つめる。
ガルド。
セリナ。
リゼ。
ロック。
四つの光。
その中で一つだけ。
ほんの一瞬。
青白い光に微かな揺らぎが走る。
ロックだった。
「……。」
カイナは再観測を指示する。
魔法陣が展開される。
光が安定する。
異常なし。
再び普通の冒険者として表示される。
『対象ロック』
『危険度:低』
『観測継続』
カイナは小さく頷く。
「問題ありません。」
誰も気付かない。
あの一瞬の揺らぎを。
それは観測誤差。
その程度にしか認識されなかった。
***
その頃。
聖教会本部。
客室。
ライルは一人、騎士団から運ばれてきた古い目録を確認していた。
封印書庫。
閲覧禁止文書。
年代不明。
数百年前の記録。
その中に、一冊だけ気になる項目がある。
『北方遠征報告』
著者名。
――レオン・ヴァルハイト。
ライルは目を見開いた。
「まだ……残っていたのか。」
急いでページをめくる。
だが。
中身は空だった。
全て切り取られている。
残されていたのは最後の一枚だけ。
そこには乱れた文字で一言だけ記されていた。
『約束は果たされる』
ライルは眉をひそめる。
誰との約束なのか。
何を果たすのか。
何も分からない。
だが、その一文だけは誰にも消されず残されていた。
***
同じ頃。
聖教会の中庭。
ロックは木陰に寝転がり、青空を眺めていた。
「王都も疲れるなぁ。」
のんびりした声。
その隣ではリゼが花壇の花を見ている。
少しずつ笑顔が増えていた。
セリナはそんな妹を見て微笑む。
ガルドは少し離れた場所で黒剣を背負ったまま立っていた。
誰も話さない。
穏やかな時間だった。
その時。
空に一つの影が横切る。
ロックが目を細める。
「……またか。」
蒼い鱗。
大きくなった翼。
子ドラゴンだった。
以前よりも一回り成長した姿で、王都の上空を静かに旋回している。
しかし今回は降りてこない。
ただ。
一度だけガルドの方を見た。
そして。
北へ向かって飛び去っていく。
ガルドは黙ってその姿を見送る。
セリナが小さく呟いた。
「……急いでいるみたい。」
ロックも頷く。
「何かあったのかもな。」
誰にも理由は分からない。
だが。
竜もまた。
北へ向かっていた。
その先にある真実へ導くように。




