第106話 北を指す記録
王都の地下に隠されていた記録庫。
重い沈黙の中、ライルは最後のページを見つめていた。
『真実は王都にはない』
『竜の眠る地にある』
その一文だけが妙に鮮明だった。
まるで書いた本人が、何百年もの時を越えて伝えようとしているように。
ロックが腕を組む。
「結局、北ってどこなんだ?」
ライルが首を振った。
「王都周辺にそんな地名はありません」
セリナも考え込む。
だが次の瞬間、ある人物へ視線を向けた。
ガルドだった。
正確には、その背中の黒剣。
「……竜の眠る地」
ロックも気付いたらしい。
「あ」
短い声が漏れる。
ガルドが黒剣を手に入れた場所。
あの山。
エンシェントドラゴンが住む場所。
偶然とは思えなかった。
ライルが驚いた顔をする。
「まさか……」
セリナが頷く。
「ガルドの黒剣は竜から渡されたものよ」
ライルは言葉を失った。
騎士団の記録にも残っていない話だった。
当然である。
本人が誰にも話していない。
そして話せるほど饒舌でもない。
ロックが肩をすくめた。
「本人は一言も説明しなかったけどな」
ガルドは何も言わない。
いつも通りだった。
だが、その沈黙が逆に重かった。
レオン。
黒剣。
竜。
点だったものが少しずつ線になり始めている。
セリナは再び記録をめくった。
最後の数ページ。
そこには別の紙が挟まっていた。
かなり古い。
折り畳まれている。
慎重に開く。
中には地図が描かれていた。
簡易的な地図だった。
王都。
古い街道。
山脈。
そして北端に印。
ライルが息を呑む。
「これ……」
セリナも理解した。
「今の地図じゃない」
数百年前のものだ。
国境線も違う。
街の位置も違う。
だが。
北の山脈だけは変わらない。
ロックが地図を覗き込む。
「ここか?」
印の付いた場所。
ガルドがかつて訪れた山とほぼ一致していた。
その時だった。
カン――
再び黒剣が鳴った。
全員が振り向く。
鞘に収まったまま。
だが確かに反応している。
まるで。
その場所を知っているかのように。
セリナが小さく呟いた。
「導いてる……?」
ロックが苦笑する。
「剣がか?」
否定したかった。
普通ならあり得ない。
だが。
ここまで来ると否定できない。
長老アルヴェインの言葉。
黒剣は意思を持つ。
レオンの記録。
そして今の反応。
全てが一致していた。
ライルは静かに本を閉じる。
「報告すべき案件です」
騎士として当然だった。
だが。
すぐに続ける。
「ただし」
「王都上層部には出せません」
ロックが眉を上げた。
「信用できねえのか」
「できません」
即答だった。
「レオンの記録が消された理由がまだ分からない」
「もし上層部が関与していたなら」
「この記録も消されます」
セリナも頷いた。
同意だった。
結社。
観測者。
歴史の改竄。
ここまで重なっている以上、慎重になるべきだった。
ガルドは黙ったまま地図を見ていた。
その横顔は変わらない。
だが。
セリナは気付いていた。
ほんの僅かに。
視線が地図へ向いている。
珍しいことだった。
ガルド自身も何か感じている。
そう思えた。
その時。
リゼが小さく声を上げる。
「……あ」
全員が振り向いた。
リゼは額を押さえている。
苦しそうだった。
「リゼ!」
セリナが駆け寄る。
だが様子が少し違った。
暴走ではない。
怯えでもない。
何かを思い出そうとしている顔だった。
リゼは震える声で言った。
「聞いたこと……ある」
「北の山……」
静寂。
セリナが目を見開く。
「どこで?」
リゼは苦しそうに眉を寄せる。
断片。
切れ切れの記憶。
白い部屋。
結社の研究員。
冷たい声。
その中の一言。
『観測対象と竜域の接触は――』
そこで記憶が途切れる。
リゼは首を押さえた。
「だめ……」
「思い出せない……」
セリナが優しく肩を抱く。
「無理しなくていい」
リゼは小さく頷いた。
だが。
十分だった。
観測対象。
竜域。
結社は知っている。
ガルドと竜の関係を。
あるいは。
黒剣の正体を。
ライルの表情が険しくなる。
「つまり結社も北を知っている」
「先回りされる可能性があります」
ロックが鼻を鳴らした。
「むしろ待ってるかもしれねえな」
誰も否定できなかった。
王都で起きた失踪事件。
封鎖された記録。
レオンの遺言。
全ては北を指している。
そして。
結社もまた同じ方向を見ている。
ガルドは静かに立ち上がった。
言葉はない。
だが全員に伝わった。
次の行き先は決まった。
北。
竜の眠る地。
黒剣の始まりの場所へ。
物語は再び、あの山へ向かおうとしていた。




