第103話 消えた足跡
王都北西区画。
昼過ぎ。
ガルドたちはライルの案内で失踪事件の現場へ向かっていた。
王都の外れ。
古い街並みが残る区域だ。
観光客も少ない。
どこか静かだった。
「この辺りです」
ライルが立ち止まる。
石畳の路地。
周囲には倉庫や空き家が並んでいる。
ロックは辺りを見回した。
「普通だな」
本当に普通だった。
争った跡もない。
魔法の痕跡もない。
人が消えたと言われても信じられない。
ライルが説明する。
「巡回中の四名がここで消息を絶ちました」
「武器だけが見つかっています」
セリナが眉をひそめる。
「戦闘は?」
「ありません」
ライルは首を振る。
「近隣住民も何も見ていないそうです」
不自然だった。
あまりにも。
ガルドは黙って周囲を見ていた。
足元。
壁。
屋根。
視線だけが動く。
やがて歩き出した。
路地の奥へ。
誰も止めない。
ロックは肩をすくめる。
「始まったな」
セリナも苦笑した。
「始まったわね」
ガルドは説明しない。
だが何か見つけた時は大体こうなる。
ライルだけが慌てて後を追った。
「隊長?」
ガルドは答えない。
そのまま進む。
路地を抜ける。
古い広場へ出た。
石造りの噴水。
今は水も出ていない。
放置されて久しい場所だ。
ガルドが立ち止まる。
視線は噴水ではない。
その向こう。
崩れかけた建物の壁だった。
「……ここ」
短い言葉。
ロックが近づく。
「何かあるのか?」
ガルドは壁を指差した。
見た目は普通だった。
だが。
セリナが近づいた瞬間、表情が変わる。
「……魔力」
小さく呟く。
ロックが聞き返した。
「分かるのか?」
「少しだけ」
セリナは壁へ手を触れる。
目を閉じた。
残滓。
微かだが確かに残っている。
しかも新しい。
数日以内。
「ここで魔法が使われてる」
ライルが目を見開く。
「本当ですか」
「ええ」
セリナは頷いた。
だが首を傾げる。
妙だった。
結社の施設で感じた魔力と少し違う。
似ている。
だが違う。
何かが混ざっている。
その時だった。
リゼが壁を見て固まる。
顔色が変わる。
「リゼ?」
セリナが振り返る。
リゼは壁の一角を見つめていた。
そこには小さな刻印があった。
普通の人間なら見逃すほど小さい。
だが確かに存在する。
円。
線。
幾何学模様。
リゼの呼吸が浅くなる。
「見たこと……ある」
静寂。
セリナの目が揺れる。
「どこで?」
リゼは額を押さえた。
頭痛。
記憶の奥が疼く。
「白い部屋」
「たくさんの光」
「同じ印……」
ロックの表情が険しくなる。
結社だった。
間違いない。
ライルも空気の変化を察したらしい。
真顔になっていた。
ガルドは刻印の前へ立つ。
じっと見る。
数秒。
そして。
壁へ手を触れた。
その瞬間だった。
カン――
背中の黒剣が小さく鳴る。
全員が振り向く。
黒剣は静かだ。
だが。
壁の刻印が一瞬だけ淡く光った。
本当に一瞬。
見間違いかと思うほど短く。
だが確かに光った。
セリナが息を呑む。
「反応した……?」
誰も答えない。
答えられない。
ガルド自身も理由が分かっていなかった。
ただ。
一つだけ分かることがある。
失踪事件。
封鎖区域。
結社。
そして黒剣。
全てが同じ場所を指し始めていた。
遠くで鐘の音が鳴る。
王都の空は静かだった。
だが地下では。
誰にも見えない場所で。
新たな観測が始まろうとしていた。




