第102話 封鎖区域
騎士団本部。
応接室の空気は重くなっていた。
北西区画。
封鎖区域。
そして失踪事件。
偶然が続きすぎている。
若い騎士が退出した後も、しばらく誰も口を開かなかった。
最初に沈黙を破ったのはロックだった。
「結局、その封鎖区域って何なんだ?」
ライルは腕を組む。
「正式名称は残っていません」
「残ってない?」
「記録ごと消えているんです」
まただった。
最近聞いた話のほとんどがそれだ。
消された記録。
失われた歴史。
封印された事実。
ロックは顔をしかめた。
「王都ってそんなもんばっかりだな」
ライルも否定できない。
「古い時代の話になるほど多いですね」
セリナが静かに尋ねる。
「今は誰も入れないの?」
「騎士団でも許可が必要です」
「そんなに危険なの?」
ライルは少し考えた。
そして首を横に振る。
「危険というより」
「理由が分からないんです」
その言葉に全員が眉をひそめる。
理由が分からない。
だが封鎖されている。
それが一番不気味だった。
***
ライルは机の引き出しから一枚の地図を取り出した。
王都全域の地図。
中央区。
商業区。
港湾区。
そして北西区画。
その一角だけが赤い線で囲まれていた。
「ここです」
セリナが覗き込む。
かなり広い。
一つの街区どころではない。
「昔の遺構群らしいです」
ライルが説明する。
「地下にも施設があると言われています」
ロックが思わず笑う。
「また地下か」
誰も否定できなかった。
最近の問題は大体地下で起きている。
セリナは地図を見つめたまま言う。
「失踪者は?」
ライルが別の紙を出す。
巡回隊。
調査員。
工事関係者。
数名の名前が並んでいた。
共通点は一つ。
全員が封鎖区域の周辺で消えている。
「死体は?」
「見つかっていません」
部屋が静かになる。
生死不明。
一番嫌な状況だった。
***
ガルドは黙って地図を見ていた。
赤い線。
封鎖区域。
その場所を見ている。
そして。
不意に指を置いた。
地図の端。
封鎖区域のさらに外側。
ライルが首を傾げる。
「そこですか?」
ガルドは頷いた。
「……道」
短い。
だがライルは理解した。
地図を確認する。
確かに細い旧街道が残っている。
今は使われていない道だ。
「隊長はここから入る気ですか」
ガルドは答えない。
だが否定もしない。
ロックが吹き出した。
「相変わらず正面から行かねぇな」
セリナも少し笑う。
正面突破が得意そうに見えて。
実際のガルドは違う。
必要なら回り道もする。
奇襲もする。
柔軟だった。
***
その時だった。
リゼが小さく声を上げる。
「……あ」
全員が振り向く。
リゼは地図を見ていた。
どこか不安そうな顔。
「どうした?」
ロックが聞く。
リゼは少し迷った。
そして。
「見たこと……ある」
部屋が静まり返る。
セリナの顔色が変わる。
「本当?」
リゼは頷く。
だが表情は曇ったままだ。
「夢……じゃない」
「でも」
「よく分からない」
記憶の断片。
実験施設で失われた記憶。
その奥に残っている何か。
セリナが優しく問いかける。
「何があったの?」
リゼは額を押さえる。
少し苦しそうだった。
「白い部屋」
「たくさんの光」
「人……」
そこまで言って止まる。
頭痛がしたらしい。
セリナが慌てて肩を抱く。
「もういい」
「無理しないで」
リゼは小さく頷いた。
だが。
一つだけ確かなことがある。
彼女はその場所を知っている。
結社と関係している可能性が高かった。
***
夕方。
騎士団本部を後にする。
宿へ向かう途中。
ロックが隣を歩きながら呟いた。
「行くんだろ?」
答えは聞くまでもない。
ガルドは前を向いたまま。
短く言う。
「……行く」
ロックは笑った。
「だよな」
セリナも反対しない。
むしろ確信していた。
リゼの記憶。
結社の動き。
失踪事件。
全てが繋がり始めている。
逃げる理由は無い。
その時。
夕暮れの王都を一羽の黒い鳥が横切った。
高く。
静かに。
誰にも気付かれないまま。
そして。
王都北西部。
封鎖区域の地下深く。
薄暗い観測室。
仮面を付けた男が静かに報告書を読んでいた。
『対象ガルド・アイゼン』
『王都到着確認』
『聖教会接触確認』
『騎士団接触確認』
男は無言で紙を閉じる。
そして。
闇の奥へ向かって告げた。
「動き始めました」
返答は無い。
だが。
暗闇のさらに奥。
誰かの気配だけが存在していた。
まるで。
待っていたかのように。
王都編の幕が。
静かに上がろうとしていた。




