第100話 再会
聖教会本部。
昼を告げる鐘の音が王都へ響いていた。
老神官の言葉に、ロックが思わず立ち上がる。
「来たのか」
老人は静かに頷いた。
「先程連絡が入りました」
「騎士団本部からです」
セリナも少し表情を緩める。
ベルンで手紙を受け取ってから数日。
ようやく本人と会えるらしい。
だが。
当のガルドは特に反応を見せなかった。
いつも通りだった。
ロックが呆れた顔になる。
「もうちょっと何かないのかよ」
「……何がだ」
「久しぶりの再会だろ」
「そうか」
「そうだよ」
会話が終わる。
ロックは頭を抱えた。
セリナが苦笑する。
「ガルドらしいわ」
***
聖教会を出ると、騎士団本部から使者が来ていた。
若い騎士だ。
礼儀正しく一礼する。
「ガルド殿ですね」
ガルドが頷く。
「副団長補佐ライル殿がお待ちです」
ロックが口笛を吹く。
「本当に偉くなったんだな」
副団長補佐。
若さを考えれば異例の出世だった。
使者に案内され、一行は騎士団本部へ向かう。
王都中央区。
巨大な石造りの建物。
訓練場。
兵舎。
作戦棟。
かつてガルドも所属していた場所。
門を潜った瞬間だった。
何人かの騎士が動きを止める。
視線が集まる。
黒い鎧。
巨大な黒剣。
噂の男。
誰もが知っている。
だが声は掛けない。
ただ見ていた。
ロックが小声で呟く。
「有名人だな」
ガルドは答えない。
興味も無さそうだった。
***
やがて訓練場脇の応接室へ案内される。
扉が開く。
中には一人の青年騎士が立っていた。
短い茶髪。
引き締まった身体。
鋭い目。
胸には高位騎士の徽章。
ライルだった。
扉が閉まる。
静寂。
数秒。
誰も動かない。
ロックが思わず息を止める。
そして。
先に動いたのはライルだった。
真っ直ぐ歩み寄る。
その目はガルドだけを見ていた。
やがて立ち止まる。
敬礼。
昔と変わらない、綺麗な騎士の敬礼だった。
そして。
「生きていて良かったです」
静かな声。
だが感情が滲んでいた。
ガルドはしばらく黙っていた。
何を言うべきか考えているようだった。
そして。
「……そうか」
ロックが顔を覆う。
「おい」
セリナも思わず吹き出しそうになる。
ライルは真面目な顔のまま頷いた。
「はい」
成立していた。
二人の中では。
ロックだけが納得できない。
「いやいやいや」
「もっとあるだろ」
ライルが首を傾げる。
「何がですか」
「何がって」
ロックは言葉を失う。
久しぶりの再会。
感動。
涙。
そういうものを想像していた。
だが目の前の二人は違う。
ガルドとライルだった。
***
しばらくして席に着く。
お茶が運ばれてきた。
ライルはようやく少し表情を和らげる。
「本当に良かった」
今度は自然な言葉だった。
ガルドは黙って聞いている。
ライルが続ける。
「追放された後、行方が分からなくなりましたから」
部屋が静かになる。
重い話だ。
だが避けては通れない。
ライルは真っ直ぐ言った。
「探していました」
ガルドは少しだけ目を伏せる。
ライルらしい。
諦めない。
昔からそうだった。
訓練でも。
任務でも。
一度決めたことは最後までやる。
「……無事で何よりだ」
ガルドがそう言う。
ライルは一瞬だけ驚いた顔をした。
そして僅かに笑った。
「ありがとうございます」
ロックが横で呟く。
「普通の会話してる……」
セリナも同じことを思っていた。
ガルドにしては珍しい。
それだけ信頼していたのだろう。
***
やがて話は本題へ移る。
ライルの表情が引き締まる。
「実は」
「お伝えしたいことがあります」
空気が変わる。
ロックも真顔になる。
ライルは周囲を確認する。
誰もいない。
扉も閉じられている。
それを確認してから言った。
「最近、騎士団内部で古い記録の調査が行われています」
セリナが反応する。
「レオンですか」
ライルは頷いた。
「はい」
「そして」
そこで言葉を切る。
ガルドを見る。
「隊長の名前も出ています」
沈黙。
ロックが眉をひそめる。
「何でだ?」
ライルも分からないらしい。
首を横に振る。
「詳細は不明です」
「ですが上層部が動いています」
それは聞き捨てならなかった。
ガルドはただの追放騎士。
本来なら調査対象になる理由が無い。
なのに。
レオンの記録と並べられている。
ライルはさらに続けた。
「もう一つあります」
今度は声が低くなる。
「王都周辺で騎士が数名行方不明になっています」
ロックとセリナが顔を見合わせる。
結社。
二人の頭に同じ名前が浮かぶ。
ライルは知らない。
だが。
偶然とは思えなかった。
「隊長」
ライルが真っ直ぐガルドを見る。
昔と同じ目だった。
「嫌な予感がします」
ガルドは短く頷く。
「……そうか」
それだけだった。
だが。
ライルは安心したように息を吐く。
追放されても。
立場が変わっても。
自分にとっての隊長は変わらない。
そう感じていた。
そして。
誰も気付かないまま。
王都の地下では。
結社の第二段階が静かに動き始めていた。




