第13話 焼きそばの余韻と、ひまわりの決意
天恵の家への移動、買い物、昼食は無事に終わった。もしや文音ちゃんを狙った変な組織なんかが彼女を誘拐なんてことを危惧したが、天恵に笑われた。自意識過剰だと。ってなわけで前述した通り何事もなかった。しかし、俺は予想以上にぐったりしていた。それは満腹のための倦怠感ではない。
「お前どんだけ食うんだよ……」
「材料費とか出すからたくさん食べてもいいかなっと思って」
「限度ってもんがあるだろうが。こいつの家を調味料だけにする気かよ」
燐は「塩とかは残すよ」などと無邪気にボケかわからないことを言ってるがツッコむ余裕がない。
こいつの大喰らいレベルを侮っていた。まさかキャベツを二玉も丸々使うとは思わなかったぞ。
目の前には、さっきまで山盛りだったはずの空の大皿が転がり、換気扇が吸いきれなかったソースの匂いだけが虚しく漂っている。腕がつり、顔は油と煙にまみれた。もはや調理ではなく、食欲という名の獣との格闘だった。今も鍋を振るったことによる疲労痙攣が止まらない。残っていた 麺2、5玉はもちろん、買ってきた5玉、計7、5玉を消費。
まぁ燐自身も調理を手伝っていたのでこれ以上の追及はやめておこう。
食休みもしっかり取ったので天恵がホワイトボードをガラガラ引いてテーブルの正面へと移動させた。
おもむろにマジックに試し書きをし始めた。インクが切れかかってるらしく、字が所々かすれている。今度のセールのときに買おうなどと呟きつつ、色々書き始めた。
ボードには聴き慣れない単語の羅列や、それらを結ぶ複雑な矢印、さらには俺には解読不能な数式のようなものが書きなぐられていく。一目見ただけで「あ、これ面倒なやつだ」と脳が拒絶反応を起こす。
おいもったいぶらずにさっさと発表しろ。その前に、文音ちゃんに確認しておきたいことがあるの。いつになく神妙な面持ちで話を切り出す。
「この先は文音ちゃん自身が決めること。この前と同じ説明になるけど大丈夫? 面倒ごとに首を突っ込むことになることはもちろん。安全面は万全だけど危険な目に遭う可能性もあるかもしれない。それでもいいの?」
きょとんとした顔する文音ちゃん。
「いまさらなにいってるんですか」
さも当然のように文音ちゃんは言い放った。窓から差し込む光に縁取られたその横顔は、歳不相応なほど凛としていて、思わず見入ってしまうほどの強さがあった。ひまわりの髪留めをしているせいか、太陽のように絶対的な意思の強さを感じた。
実際に陽の光のいたずらせいか、彼女のひまわりの髪留めが鋭く光を撥ね、その煌めきが俺の瞳を射貫いたような気がした。
「天恵さんに助けられたこの命。全て捧げるとは言いませんが、自分にできうる限りの協力をしたいと思っています」
まるで文音ちゃんの決意は固いようだ。
「なんだかんだ意志が強い子だからね」
親族の燐が補足する。なんとなくわかる。気の強さだけなら、この中で一番強そうだ。
「巻き込ませる以上はそこら辺は俺らがしっかり見守っておいてやらんといけんかもな」
まだ小学生なのだからな。誰かさんと違って見た目や態度は非常に大人びていて忘れちまいそうになるが。
「その言葉守れるの~? 源太郎」
冗談めかして燐が言った。普通なら、軽いノリで返す内容と口調だが、これがそうではないと感付く。わざと冗談っぽくいった本気の問いかけだ。鋭敏な感性をもっちゃいないが、感性は鈍感ではない。
俺は真剣に、「あぁ。これから行動を共にする仲間になるんだ。守ってみせる」
燐が思い出したかのように、俺に対して「私のこともついでいいから源太郎が守ってね」
俺は気軽かつ真剣に「守れたら守る。お前も俺を守ってくれ」と答えた。
「もういい? 文音ちゃんを守る話は終わったから! さっさと発表--」
「待て待て待て。俺の協力するかどうかの確認は?」
ここ念押しなんかしておかないと後々面倒なことになりそうだからな。
「いや、あんたはどうせーー。わかった! わかったから! お願いします! ご協力お願いいたします郷田源太郎様!」
俺が椅子から立ちあがろうとすると、病院で文音ちゃんがした会釈よりもはるかに角度を下げた姿勢で天恵は謝罪をしてきた。
俺は上げかけた腰を下げて、「最初からやれ。最初から。まぁやるけどよ」
天恵がなにかまたブツブツ文句を呟きながら、喉を整え終えると、「じゃあ発表するわよ」
天恵がホワイトボードをひっくり返し、文字を見せる。
横目で朱宮燐が天恵に「私の協力なんかに関する確認は?」みたい視線がチラりと見えたが二人にスルーされた。
心配しなくても守ってくれるだろうよ。ただ、時間がかかると思われてから省略されただけさ。
俺が心配するなというアイコンタクトを送ると、燐は意味深な返事をこれまた視線で返し、納得したようだ。
なぜか文音ちゃんの視線が刺さった気がしたが、それは流す。
かくして牧之瀬天恵の重大発表が始まった。




