第9話 制御不能の福音
燐との話し合いは無事合格という結果に終わり、高鈴文音ちゃんの家には午後2時に到着した。
事前に文音ちゃん本人にも確認し、数時間前従姉の燐にも住所確認オッケーの返事をもらったのだが、俺はインターフォンを押すのを躊躇っていた。住所は間違いないはずだが、表札が見当たらない。
もしも、もし間違っていたら、精神的にきつい。さっきの燐との会話で、すでに心がすり減っていたからだ。
会話の内容は割愛するが、最初はスポーツや音楽の普通の雑談だった。それがいつの間にか臓器や細菌の話に変わり、途中からぐったりしてしまった。
奢られた手前話をぶつ切りにするにも躊躇われたしな。
あれで客がそれなりにいたら、今日の予定を申し出ていたかもしれない。やはりあいつの周りは変なやつしかいないのだろうか。
などとさきほどの出来事を振り返りながら表札をみつけるべく門を周辺をウロウロしているとようやく高鈴という表札が書いてあるの発見した。どうやらビンゴらしい。デカイ邸宅があるというのは認知していたが、ここが文音ちゃんの家だと初めてしった。おかげで表札を探すのにとても苦労した。
覚悟を決めてインターフォンを押すと、すぐに内線が繋がり、女性らしい声が応じた。
「あ、すみません。郷田源太郎といいます。文音さんの友人で……」
やや緊張し、気後れした。電話越しなのに、なぜか威圧感がある。自然と緊張してしまった。
「芳野電話を寄越して。知り合いです」
「しかし、お嬢様。お嬢様稲上様以外に友達はいなかったと思いますが。それに、この方は恐らく男子。しかも、声変わりしたような声をしていたので、恐らく高校生くらいの……」
「もういいから! 代わって!」
ハウリングのようなノイズが聞こえた後に、声の主が変わったようだ。息を切らせ、ゼエゼエ言いながら、「すいません。失礼しました。門を開けますので入ってきてください」というアナウンスが流され後、誰もいない門がゆっくり開いていく。結構な広さの中庭を歩いている途中で玄関の扉が開いた。玄関にはメイドと思しき女性がいて、二階へ案内された。 家の中に入って開口一番に「すいませんでした。あまり家に人がこないもんで」と言われ頭を下げらた。
結構な距離があるので途中談笑しながら、文音ちゃんの部屋へと向かう。出入口からかなりの距離があるのでまるで宝部屋に案内されているような気分を味わっていると、「ここです」と言われたあとメイドさんは立ち去った。
ノックして部屋に入ると、ベッドに置かれた高級西洋人形のような高鈴文音ちゃんがいた。あったばかりの俺に対して全身真っ赤なのゴスロリ系ファッションでお出迎えとは。彼女の趣味なのだろうか。
俺の視線に気づいたのか。
「父や母の趣味です」と理由を告げた。
「そうかい」
空気を読んであまり触れずにおいた。
「それよりも事前に打ち合わせしていたのに、バタバタしてしまいすいません」
事前に用意されていた丸テーブル付近に置かれていたクッションに座るように促してくるので、すぐさま腰を下ろす。食い過ぎた反動のせいだろう。
「いえいえ。気にしてませんよ。お嬢様。で、それで一体どのような御用でワタクシめをお呼びになられたのですか?」
冗談をめいたことを言ったのに言葉反応はこず、こちら見つめられている。なんだよそんなにみられると照れちまうだろうが。
文音ちゃんの水晶のように輝く瞳に思わずドキドキしてしまう。いかん。いかん。相手は小学生。妹よりも二つも年下なのに誘惑されるなんてのは年上男子のプライドが許さない。それに試されているのかもしれないからな。今後行動を共にする者としての器量なんかを。
「俺の後ろになんかいるか?」
俺は霊感皆無で霊が見える先輩なんかには言わせれば近づかない限り、一生霊的事件に巻き込まれらしいが、やはり怖いものは怖いので少し、勇気出して振り向く。
しかし、あるのは扉だけだった。
すると、文音ちゃんは俺の横を通り抜け目の前の扉を開ける。そこにはさきほどこの部屋へと案内してくれたメイドさんがいた。
「芳野? なぜここにいるのですか?」
「お茶などをお持ちしようと……」
「そのお茶は?」
「忘れました」
ハッとしていた。慌ててお茶を立ち去るメイドさんに、「扉を開けずに廊下に置いておいてくれればいいから!」 と大声で伝えた。
中々の声量で広い邸内にもよく通る声なのに不快感がない。なにか音楽の心得などがあるのかとみてみたら、広い部屋のすみっこにギターやベースなんかがある。布で覆われてるのもよくみればピアノのようだ。
「度々お騒がせしてすいません」
「いいってことよ。仲いいし、大事にされてるんだなけど」
ため息を吐く。
「なんですか?」
「文音ちゃんめっちゃ友達少ないらしいじゃん。男友達がいないことは別におかしくないかもしれないけど、女子の友達も少ないのは、ちょっとどうかと思うぞ」
「おねーー燐ちゃんから聞きましたね。別にいいじゃないですか……自分のことはすぐ済むはずですから、あとでいいです。逆に郷田さんは質問ありますか?」
慌てて聞こえてなかったのか覚えてなかったのかわからないが、さっきの芳野メイド氏の発言だということは知らないらしい。そのことは胸に秘めておいて、「学校楽しい?」
「そんなたまに顔を合わせる親戚みたいなこと言わないでください」
「じゃあこれ以上聞かない。それよりもあとでギター弾いてもいいか?」
「また変な質問しないでください。ひと段落したらいいです」
文音ちゃんは頷いた。俺は満足したので本題の面談へと進める。
「特に暇だからいいけど。用件ってのはなんだ?」
「郷田さんはなんで牧之瀬さんに協力しているんですか?」
この手の説明は予想していたので、スラスラ答えられる。あいつとの出会いはボカし、俺が天恵に協力するようになった経緯を教えた。ボカしたのはあいつが自分の母親の件をどこまで話しているから分からないからだ。そのせいで隠し事してるのを見抜かれたらしく眉をひそめられたりした。今度天恵のおごりで今日ごちそうになった店にみんなで行くことを考えた。
「なるほど。よくわかりました。ありがとうございます」
一聞いて十知るどころか百や二百くらいの情報を得たらしい。
自分だけ納得しやがって。頭のいい奴ってのは凡人を平気で置き去りにしやがる。
「他に聞きたいことない? スリーサイズとかでもいいけど?」
真冬の猛吹雪のような氷よりも冷たい目で見られながら「そんなもの知りたくありません」と言い放たれた。
「そうかい」と返し、黙って聞いていると急に春の温かさを感じるような優しい表情に変わった。かと思えば夏の暑さのよう参ったかのように高揚した表情になり、頬は淡い紅葉色に様変わりしていた。女心と秋の空はなんたらってやつだろうか。
クール系であることは間違いなさそうとはいえ、やはりまだ小学生。感情を上手く隠したりコントロールしたりするのが困難なのだろう。
沈黙に耐え切れず話題を切り出す
「それだけか?」
目を閉じ、人指し指と親指で眉間をつまみながら、「うーんと……他には……」
「燐ちゃんに対してはどう思っていますか?」
なにやら真剣な眼差しで聞かれた。こちらも真剣に返さねば不作法だというものだ
「頭おかしい」
「まぁ……それは……」
かばってやれよ。お姉ちゃんって呼ぶほど慕ってるんだろ。
「今度はこっちのターンだ。いいのか? 危険な目に遭うかもしれないぞ」
「自分を助けるようなことよりももっと危険なことですか?」
痛いところをつく。確かに結構危険だったかもな。災害救助とかいう面を除いても。
「そうかもしれない。だから本格的な協力になれば賛成はできない」
見た目中身ともに大人っぽくとも小学生女子だ。危険なことに極力巻き込みたくない。
「面倒ごとに巻き込みたくないという顔をしてますが、もう自分はまきこまれています」
「どういう意味だ?」
「こんな変な能力があったら変な団体の謀略なんかに巻き込まれる可能性が高いです」
まだ詳しく内容を教えてもらってないがそんな能力なのか?
「おそらく。そして一番の懸念事項がこの強くなった自分の能力がどれだけ強化され、どれだけ強化されていくのか見当がつかないということです」
だからここでは話せないということか。こりゃ明日の予定の天恵と燐との検査結果次第といったところか。
聞きたいことはお互い聞けたという顔だった。
「俺は合格か?」
燐の時と同じように文音ちゃんに合否を尋ねた。文音ちゃんは俯きながらお花を摘むのを我慢するようにしながら、「一応合格にしておきます……」と呟くように告げた。さっきまでの力強い声の面影はももはや跡形もない。
天恵と話すときのような声量だった。
「じゃあこれからよろしくな」と決意一致の握手をしようとするも断れた。
「まだ身体に触れられるほどのなんというか自信みたいなのはありません……」
なんだか事情があるようだ。
「話したいタイミングでいい。そんくらい待つさ」
「そんなに待っていただくなくて明日には話せます」
可愛い文音ちゃんが待てというなら楽しみに待ってるぜと思ったとたん、彼女の着ているゴスロリよりも真っ赤に燃え上がった。まだ暑くなる時期にはちいと早いけど大丈夫か? とりあえず水を持ってこよう。芳野さんが廊下に置いておいてくれてるはず。と思い扉を開けた瞬間ーー
あのとき、文音ちゃんを助けたときと同じ感触が、顔を覆う。次にやってきたのは、あのときと似た香りだった。この感触と匂いの正体は言わなくてもわかるかもしれないが、芳野氏によるものだ。懲りずにまた盗み聴きしていたようだ。




