第8話 俺の脳を開くってマジか?
昨日の夜に燐から連絡があった。午前十時ごろに燐の親族が経営しているというレストランで、食事をとりながら面談することになった。
そこで、「好きなものを頼んでいいよ」と言われたので、お言葉に甘えてごちそうになった。それらの料理は最高レベルのもので、庶民かつ貧乏性な俺は朝飯しか抜かなかったことをわずかばかり後悔するほどだった。だが、この素敵な席を設けた主催者である彼女は物足りないらしい。
「ごめんね。わざわざ呼び出して。あっ。まだ足りなければなにか注文してもいいよ」
俺はひと段落し、すでに鑑賞する立場になっているのだが、膨れた腹が破裂しそうだ。俺もかなりの量を食べ、燐も同じくら食べ終えてもなお満足してないらしく、上品ながらもまだ豪快に料理を平らげていく。
宛ら横綱でも目指してるのかって勢いだ。最初にあったイメージがどんどん崩れていく別に気にしないけどよ。食いっぷりは豪快だが初印象と同じで行儀はしっかりしてるし。
「遠慮しとく」
四人分くらいの料理は瞬く間に消えていき、ほとんど空き皿になっていた。スタイルの抜群のこの身体どこへ食べ物が消えたのだろうか。全部バストとヒップか?
などとアホなことを考えている場合じゃない。いくら記憶容量が小さな俺でも目的を忘れてしまうほどではない。
「さっさと本題に入ろうぜ」
コーヒーをすすり、カフェインで頭脳活性化を促すのと同時に、胃にたまったステーキの油を洗い流す。燐は口に入ったものを飲み込み終えると本題を切り出す。というかいつの間にか食事が全部なくなってやがる。
「そうだね。でもまずは今日はわざわざ呼び出してごめんねそれと本当にホンットに~~ありがとう! めっちゃ感謝してる! お礼を言うの遅れてごめん! 昨日途中で帰っちゃったから」
机に頭突きをかましかねない勢いで頭を下げ、握手しようとしたが気圧さて拒絶しちまった。いいから油がついた手とか唇を拭け。
「気にすんなって。俺はそもそも諦める側についてた。礼なら天恵に言ってやれ」
「言った。けど断れるというか。謝られた。自分のせいかもしれないって」
かもな。なんだかんだ。背負い込むタイプだからなあいつ。
「よくわかってるね。そんなに付き合い長くないと思うけど、面識はどのくらいあるの?」
「春休みに会ったときだな。といってもそのときから交流なんかが始まったとはいえず、遭遇や鉢合わせなんかの表現が的確だろう」
そういえばあいつに初めてあったときには外を見ていたが、なぜそんなことをしていたのだろう? 結局ごたごたしたりして、聞けずじまいになってるな。
「そっからは天恵から聞いたとおりだと思う、俺の夢を視られたり、なんかイチャモンつけられて文音ちゃんの件と似たように俺の母親を助けてもらい、今の関係に至るって感じだな」
「でも、源太郎の協力があってこそでしょ?」
そうだけど大した覚えないんだけどな。文音ちゃんのときと同じで基本念じるだけだ。
「後悔はない?」
「ない。あれしか方法がなかったんだ仕方ないだろう」
即決で答えた。念じるだけで親を助けられるんだ。後悔などあろうはずはない。
……今だと少しあるな。機械が取り出せてないわけだし、取り出す目途もたっていないからな。
「合格」
こちらも即決答えが決まったようだ。といっても最初から形式的なものだったのだろう。俺もそんな気はなんとなくしてたし、俺の脳に機械が埋まっている以上、俺を外す選択肢はないはずないだろう。本題はおそらくいまから始める話からだろう。その前に確認しておかねばならないことがある。
「これからどうするつもりだ?」
「これからね……源太郎はもちろん知ってると思うけど、機械完成に関してどうすればいいと思う?」
俺は頭を抱えた。天恵の母親を助けるには機械を完成させることらしい。夢を視るための機械。以前も言った通り正確には夢ではなく心らしい。だが、どうもなにか隠しているふしがあるようだ。それを天恵は言わないが、母親救出の必須条件なのは確かなようだ。
なら協力するしかないだろう。ごちゃごちゃ文句を言いつつも、俺はなんだかんだ基本やりとげるのさ。
……勉強以外は、な。
それに、完成とは“取り外し”も含むことを考えると、俺の協力は不可欠だ。「短期バイトのつもりだったのが、気づけばいきなり役職付きで働かされてる気分だ。
早く外せれるようになって臨時助っ人的立場に身を置きたい。
しかし、こうやって考えてみれば天恵しかいないとはいえ、俺は短期単発バイトのつもりだったのが、いきなり正社員登用などの過程をすっ飛っばしていきなり役職に就いてたようなもんで、これといって方針などはない。そもそも取締役さえどうしようか悩んでいる最中なのだから。
さてどうしたもんかね? となぜか他人事のようになってしまうが、なるようになるさ。
それに少しは前進しているのは確かだろう。偶然とはいえ、文音ちゃんの救出が成功したのだから。
そういや、それまでは他人の夢をただ眺めてるだけだったな。
天恵にとってはなにか意図はあるとはいえ、俺にとってはただの受動的に観察しているだけだった。今回は特殊で救命活動に一枚噛んだけどな。
件の方針になりそうであった宇宙人捜索発見による技術支援なんかは白紙に戻ったと言っていい。俺のおかげでそれなりに前進したらしいとはいえ、まだまだ手探りの状態だ。そもそもなぜこんなに手探りなのかわからない。どっからか指示でも受けてやっているのはないかと思うが素人で事情の俺はとりあえず口出しせずにいる。
「わからん。専門外でな。質問のオウム返しだが、燐はどうすればいいと思う?」
中々寄り道なんかも含んだせいでかなり長い黙考の末、あげく期待の新入社員的立場の燐に意見を求める。
「とりあえずやることは当面文音を調べることだね。そっから決めてく」
答えを出すのに時間を要した俺に対して燐は最初から決まっていたかのように即座に答えを返す。
「それしかねーか。ところで天恵の母親は大丈夫なのか?」
結構期間眠っていると聞く。
「今は安定している」
今はか。といってもわからんからな。健康優良児の俺だって、病気じゃないがトラックに轢かれりゃ別世界に行く可能性があるんだ。
「そこらへんは徹底してるか安心してというかそれを気にしてたらキリがない」
そりゃそうか。なんにせよ。早い回復を願うのみだ。
「方針はよくわからんが、できるだけ協力するだけさ。時々あいつのブレーキ役と苦手な交渉役を担いながらな。そういえばお前は天恵の母親を助ける以外になにか目的があるのか?」
「ある」
たった二文字しかないセリフでここまで信念めいたものを感じさせるとは。
一体なんなんだ。こいつの目的は? まさか俺の解剖が主体目的じゃあるまいし、そうじゃないことを祈る。
「私はどうしてあの機械が完成したのか知りたい。私が開発に携わっていたときはまだ理論の段階だったから」
「それ本当か?」
それなりに期間があったとはいえ、結構進んだ気がする。科学に見切りをつけて悪魔と契約でも結んだかと勘繰ってしまいそうだ。
「それはないと思うけど。一気に進んだのはたしか。うん。はっきり覚えてる。だって、夢の音声が録音できたって報告でさえ、私は過呼吸になるくらい興奮したから。胸がいっぱいになるくらいの感覚」
「そりゃすごいことなのか?」
映像と音声を先に見た俺にはあまり実感できなかった。大分感覚がマヒしてるな。
「すっごいことだよ。それがただ夢じゃない。心なんだから。だからこそ謎なの。いくら天恵が天才でもこんな早くあそこまで開発ができるなんて」
確かに夢夢と連呼していたから忘れていたが、実際は心だったな。努々忘れないようにしなくてはな。
「本人に直接聞いたらどうだ?」
「教えてくれなかった。今は言えないって言われた」
「んじゃそれでいいだろ」
あんまり人様の家庭事情を探るのは憚れる。ただでさえ、傍からみても変わった家庭事情なお前のほうがむしろ詳しいはずだ。
「でもこの二、三年でなにかしらの技術革新的な出来事なんかがあったのかもしれない」
そんな組織団体はーーあるんだろうな。近い団体というか人物を俺は知っている。科学うんぬんの団体じゃないが。
「それでいいの? 不安はない?」
「いいに決まってる。不安はあるけど乗り掛かった舟だ。自分から降りるつもりはない」
経緯はどうであれ結果的に機械が取り出せなくなっちまったが、天恵は俺の母親を救ってくれたんだ。それに自業自得とはいえ、こんなヤバイ発明が世間に公開されて自分が人体実験をしたことばバレるかもしれないのに名乗りを上げて、救う申し出をしてくれたんだ。
「そっかならいいよ。源太郎のように天恵のお母さんを救えるように頑張る」
家族の話題になっていたので、天恵の家族につい聞こうと思ったがなぜか聞く雰囲気じゃないと気がしたので、少しの間沈黙の時が流れた。
「逆に私は合格?」
「知らん。じゃねーの?」
あいつが決めることに従うつもりだ。
「俺が最低限保証してほしいのは俺を含めて身の回りの安全くらいだ」
「自分で言うのもなんだけど結構色んな方面に顔が利くからこれからはもっと安心して欲しいな。天恵も身辺警護の人を増やしたみたいだし」
「じゃあ俺も合格だ。それと安全保障についてはありがたい。まずバレないことが一番だが、もしものことは常に考えておいたほうがいいからな。といってもこの前の救出みたいな危険なことは当分ないだろう」
これなら俺の中学のとき生徒会をやっていたときのほうがよっぽど危ない目にあってるからな。
「あっでも合格といったのはまだちょっと早いかも」
「なんでだよ」
「文音に手を出さない?」
「ねーよ」
そこだけは心配ないぞ。この前もいったはずだが、妹よりも年下の小学生女子とそういう関係になるのは気が引ける以前に無理だ。例え同級生の高一の牧之瀬天恵よりも大人っぽいとしてもだ。
「告白されても?」
「断る」
「ふーん……」
なにやら意味深に目を細めてこちらを見ている。
「いっか。二人で話し合ったあと文音に聞けば」
「そうしろ」
「じゃあこの話は終わり」
「待て。俺も合格に一言だけものいいたい」
「なに?」
「俺の脳を開くってのはマジか?」
「……しないようにする……なるべく善処する」
天恵が普段クラスメイトと話すときのような喋りで言った。ちょっぴり不安だ。悪い人体実験だけはしないように天恵に釘を刺してもらおう。そしてこのあと面談を行う文音ちゃんにもお願いしておこう。
「それよりもさ~せっかく仲間になったわけだし源太郎のことをもっと知りたいな。色々これからやっていくわけだしさ」
オレンジジュースを飲み干すと、矛先を逸らすために別の話題に切り替えた。どうしようかと思ったが、なんとかなるだろうと楽観的にそれに乗かった。
「いいぞ」
文音ちゃんとの面談まではまだ時間がある。
さっきごちそうになった料理の料金分――いや、半額分くらいは、話して楽しませてやらないとな。なぜ全額分じゃないのかって? そりゃ、料理の値段が高すぎたからに決まってる。




