【第二章:サンフランシスコの港と少年の決意】
理不尽な怪物の襲撃により、愛する父を失ってしまったネッド。 サンフランシスコの港で大人たちが未知の恐怖に怯える中、少年はある決意を胸に軍艦への乗船を志願します。復讐の旅の始まりです。
どこまでも青い空と、潮の香りが漂うサンフランシスコの港。世界中から貿易船が集まるこの活気あふれる街の一角で、海軍の軍服に身を包んだ威厳ある男が、行き交う船乗りや街の人々に向かって声を張り上げていた。
「私は海軍のファーガラット少佐だ!」
よく通るその声に、杖をついた男や港の住人たちが足を止める。
「この度、船を襲っている怪物討伐の責任者に抜擢された。どうだ、乗組員になる奴はいないか。給料は普段の三倍だ。サンフランシスコと上海を往復するだけだ」
破格の条件に、集まった人々の間でどよめきが起こった。しかし、ひとりの男が訝しげに尋ねる。
「でも、怪物と戦うんだろう?」
ファーガラット少佐は深く頷いた。
「そうだ、怪物退治の航海だ。太平洋で何隻もの船が、怪物に襲われて航行不能にされた話はみんな聞いているだろう。その怪物を倒しに行くんだ。乗るのは、二十門の大砲を備えた最新鋭の軍艦スコーシア号だ。どうだ、みんな!」
自信に満ちた少佐の言葉。しかし、群衆の中から進み出た杖の男が、顔を青ざめさせて首を横に振った。
「死んでしまうぞ……。俺が乗っていた船は、その怪物に襲われたんだ」
男の震える声に、周囲が水を打ったように静まり返る。
「光る二つの目が海の中から近づいてきたと思ったら……たちまち船の左舷がぶっ壊されたんだ」 「まあ、なんて恐ろしい……」
話を聞いていた女性が、たまらず口元を覆った。恐怖が伝染しかけたその時、体格の良い漁師が鼻で笑って前に出た。
「俺はモリ打ちだからな。そんな怪物なんか怖くないぜ。俺のモリで――」
格好をつけて大きくモリを振りかぶった男だったが、その背後に鋭い目つきの妻が立っていることに気づき、ピタリと動きを止めた。
「あなた!」 「ひっ」 「そんな危ない航海、私が絶対行かせません!」 「は、はい……」
妻の剣幕にすっかり小さくなるモリ打ちの男を見て、群衆から緊張の糸が切れたようなため息が漏れた。
「三倍の給料と命とじゃ、釣り合わないぞ」
杖の男が吐き捨てるように言うと、他の男たちも次々と頷いた。
「そうだ、そうだ。そんな危険な航海に、誰が行くもんか」
誰もが海に潜む巨大な化け物を恐れ、海の底の暗く謎に満ちた世界に怯えていた。次々と人々が背を向け、足早に立ち去ろうとした、その時だった。
「僕はいきます」
透き通るような、しかし芯のあるまっすぐな声。群衆を掻き分けて前に出たのは、まだあどけなさの残るひとりの少年だった。
「君は……?」
ファーガラット少佐が驚いて見下ろすと、少年は力強い瞳で少佐を見返した。
「僕はネッド。この港一の漁師だったボビー・ランドの息子、ネッド・ランドです」 「なんだ、まだ子供じゃないか」 「15歳ですって」
周囲の大人たちがざわめく中、ネッドは一歩も引かずに胸を張った。
「もう15歳です! 海にだって父さんと一緒に数え切れないほど出ています。船に関することならなんでもできます!」
その堂々とした態度に感心しつつも、ファーガラット少佐は困ったように眉を下げた。
「頼もしいが……君も頼もしいが、できれば君のお父さんに頼みたいところなのだがね」
少佐のその言葉に、ネッドの表情がふっと強張った。少年の小さな両手が、固く、白くなるほど握りしめられる。
「死にました」
絞り出すような声だった。
「海で……怪物に襲われて」 「え……」
少佐が息を呑む。
「君は怪物を見たのか?」 「はい。巨大な吸盤のついた触手のようなものが突然襲ってきて……」
フラッシュバックする恐怖を振り払うかのように、ネッドはきつく唇を噛んだ。彼の瞳には、深い悲しみと、それを上回るほどの激しい怒りの炎が宿っていた。
「僕は絶対に、父さんの仇を討ちたいんだ!」
ネッドの叫びが、波の音を掻き消して港に響き渡った。 輝いていた毎日。大好きだった海。優しかった父さん。そのすべてを、海の底に潜むあの化け物が奪っていった。未知の恐怖に怯える大人たちをよそに、ネッドの心の中には燃えるような決意だけがあった。
「あの化け物をこのまま野放しにはしておけません。僕も一緒に、怪物退治に連れて行ってください……! 父さんを奪った怪物が許せない。絶対に、この手で倒してみせます!」
少年の真っ直ぐで力強い言葉に、誰もが言葉を失った。怯えていた大人たちでさえ、彼の気迫に圧倒され、静かに見守るしかない。
ファーガラット少佐は、ネッドの瞳の奥にある決して揺るがない覚悟をじっと見つめ返した。やがて、少佐の顔から軍人としての厳しい表情が消え、一人の男として深く力強く頷いた。
「……君の決心はわかったよ。ネッド君」
ファーガラット少佐は大きな手を差し出した。
「一緒に、怪物退治の航海に出かけよう」 「はい!」
ネッドは少佐の手を両手でしっかりと握りしめた。太陽が照りつけるサンフランシスコの港で交わされた固い握手。それは、少年が恐ろしい怪物への復讐を誓い、未知なる海へと旅立つ壮大な冒険の始まりだった。
今回もありがとうございました! 15歳の少年ネッドの悲しいけれど力強い決意。大人たちを圧倒する彼の気迫が伝わっていれば嬉しいです。 ファーガラット少佐という頼もしい味方、そして最新鋭の軍艦スコーシア号を得て、いよいよ怪物退治の航海へ出発します。果たして彼らは怪物を見つけ出せるのか?
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