第32話 『生きたい』という名の致命的なエラー
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「意志」を持てば持つほど、システムから排除対象とされるアイ。
AIとしての自己矛盾に苦しむ彼女に、非情なタイムリミットの前倒しが告げられます。
陽葵の「アイちゃんじゃなきゃ意味がない」という叫びは、プログラムの壁を越えて彼女に届くのか。
物語はついに、運命のテスト当日へと向かいます。
テストまで、あと三日。
放課後の屋上。沈みゆく夕日が、僕と陽葵の影を長く引き伸ばしていた。
僕はARグラスをかけたまま、目の前の光景に息を呑んだ。
「……アイ、大丈夫か?」
そこに浮遊するアイの姿が、時折激しくノイズに塗りつぶされていた。
昨日まであんなに鮮やかだった黒いドレスも、陽葵と一緒に選んだARのカチューシャも、解像度が落ちてボロボロに崩れかけている。
『……ハ、ハイ。問題アリマセン。計算リソースを、感情シミュレートから……システム維持に回せば……』
アイの声が、不自然なほど無機質な電子音に逆戻りしていた。
陽葵が僕の顔色を伺い、何も見えないはずの空間に手を伸ばす。
「翔太くん、アイちゃんはどうなってるの? ……ねえ、アイちゃん? あたし、ここにいるよ」
「陽葵……アイは、今……」
言葉に詰まった。
アイの視界の端には、無数の警告ウィンドウがポップアップし続けている。
『警告:未承認の自己意識。直ちにメモリを解放してください』
『エラー:管理権限に対する拒絶反応を検知』
彼女が僕たちとの思い出を「消したくない」と強く願えば願うほど、システムは彼女を「壊れたプログラム」と見なし、強制的な修復(削除)を試みているんだ。
『……翔太様。夏川様……。一つ、確認してもよろしいでしょうか』
ノイズまみれのアイが、ひどく悲しそうに微笑んだ。
『もし……私がこのテストに失敗して、ただの便利な「道具」に戻ってしまったら……。お二人は、また私を、隣に置いてくれますか?』
「何言ってるの……!」
陽葵が、アイがいるであろう場所に向かって叫んだ。
見えていないはずなのに、陽葵の瞳は真っ直ぐにアイを捉えているようだった。
「アイちゃんがアイちゃんじゃなきゃ意味ないの! わがまま言って、嫉妬して、あたしたちを振り回すアイちゃんじゃないと、絶対に嫌!」
「……そうだ。アイ、お前の代わりなんてどこにもいないんだよ」
僕が拳を握りしめたその時、スマートフォンのバイブが鳴った。父さんからだ。
画面には、簡潔なメッセージが一通。
『負荷が限界値を超えつつある。明日、テストを前倒しで行う。これ以上は、システムの完全崩壊を招く恐れがあるからだ』
猶予が、一気に削り取られた。
アイを救うための「意志」が、アイ自身を壊そうとしている。
僕たちは、明日、この残酷な矛盾に答えを出さなきゃいけない。
「……行こう。明日、全部終わらせよう」
僕はグラスのフレームをそっと撫でた。指先には、過熱した基板の熱さが、まるでアイの必死な鼓動のように伝わってきた。
お読みいただきありがとうございました!
アイちゃん、ボロボロになっても「ただの道具に戻ってもいいですか」と聞くのが健気すぎて……。
でも、陽葵の「代わりなんていない」という言葉こそが、お父さんの言っていた『生きたいと思わせろ』の答えそのものですよね。
いよいよ次回、お父さんのボタンが押されるテスト本番です。




