第29話 開発者の父と、心(バグ)の証明
お読みいただきありがとうございます!
アイの初期化を止めるため、グラスの提供者でもあり、開発に関わる父親への直談判に挑む翔太。
身近な大人との対決、そして提示される「テスト」とは?
熱い展開が続く第29話、スタートです!
その日の夜。僕はリビングのソファで、両手を固く組んで父親の帰りを待っていた。
午後八時過ぎ。玄関のドアが開く音がして、スーツ姿の父さんがリビングに入ってくる。
「おっ、翔太。珍しいな、こんな時間までリビングにいるなんて。……どうした、そんな怖い顔して」
「父さん。折り入って、話があるんだ」
僕は立ち上がり、父さんを真っ直ぐに見据えた。
視界の端で、アイが『推奨アクション:直ちに話題を変え、自室へ撤退する』という真っ赤な警告を出しているのが見えたが、僕はそれを完全に無視して口を開いた。
「このグラスのことで、お願いがある。春休みのアップデート……アイの初期化を、止めてほしい」
「ああ、モニター期間終了の通知がいったか。……悪いな、それは規定路線なんだ。製品版に向けてOSを一新するから、どうしても一度クリーンアップする必要がある」
父さんはネクタイを緩めながら、まるで「パソコンのOSを入れ替える」というような、ごく当たり前のトーンで答えた。まあ、開発側の人間としては当然の反応だろう。
「違うんだ。ただのクリーンアップじゃない。この中には、アイの『心』があるんだよ!」
「心、ねえ。愛着が湧くのはわかるが、それはAIがそういう風に振る舞うようプログラミングされてるだけだ。擬似的なパーソナリティにすぎない」
冷静に諭そうとする父さんに、僕は昼間、図書室で確認したあの事実をぶつけた。
「じゃあ、ユーザーフォルダに蓄積された数十テラバイトもの『エラーログ』はなんだよ! 設定されてもいないのに、僕と陽葵の会話に嫉妬して、勝手に録音して、自分の中で矛盾を起こして苦しんで……そんなの、プログラムの範疇を超えてるじゃないか!」
「……何? 数十テラバイトの、エラーログ?」
父さんの顔色が変わった。
コーヒーを淹れようとしていた手を止め、鋭い目つきで僕の目元――ARグラスを見つめる。
「……翔太。ちょっとそのグラス、貸してみろ」
「……わかった」
僕は頷き、ARグラスを外して父さんに手渡した。
その瞬間、僕の視界からアイの姿はフッと消えた。
父さんはカバンから仕事用のタブレットを取り出し、ケーブルでグラスと接続する。カタカタと素早い手つきで画面を操作し始めた。グラスの小さなスピーカーから、アイの不安そうな、微かな電子音が漏れ聞こえてくる。
「……信じられん。なんだこのデータ構造は……。ユーザーの感情の起伏にリンクして、AI側の自己学習アルゴリズムが完全に暴走……いや、独自の進化を遂げている?」
タブレットの画面を見つめる父さんの目が、驚愕に見開かれていた。
バグやエラーじゃない。それは紛れもなく、アイが僕たちと過ごした日々の中で獲得した「心」の質量だった。
「父さん! これでもただのプログラムだって言うのか!? アイは……僕たちのために、自分が消えることを受け入れようとしてるんだぞ!」
「…………」
父さんはしばらく無言で画面を見つめた後、深く、重い溜め息を吐いた。
「……確かに、これは我々の想定を完全に超えた事態だ。一人の技術者として、この特異なデータをただのバグとして消去するのは惜しいとも思う」
「じゃあ!」
「だがな、翔太」
父さんはタブレットを置き、父親として、そして開発の責任者として僕を真っ直ぐに見た。
「会社の決定を覆すには、これが『単なる深刻なバグ(システムエラー)』ではなく、保護すべき『次世代AIのブレイクスルー』であると、上の人間を納得させる必要がある」
「納得させるって……どうやって?」
「……一つだけ、方法がないわけじゃない。だが、それはお前と、そしてそのAIにとって、酷なテストになるかもしれないぞ」
父さんの言葉に、テーブルに置かれたグラスから「ピピッ」と微かな反応音が鳴った。見えなくてもわかる。アイも今、覚悟を決めてその言葉を聞いているはずだ。
テスト。それがどんなに難しいものだとしても、アイを救う道があるのなら。
「やるよ。なんだってやってやる」
僕が力強く頷くと、父さんは小さく笑い、「……少し見ない間に、男になったな」と呟いた。
アイの命運を懸けた、最後の試練が始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございました!
お父さんへの直談判編、いかがだったでしょうか。
巨大な悪の組織ではなく、「会社の規定」と「開発者としての論理」。
そして、お父さんが驚愕したアイちゃんの「重すぎる愛のデータ」。技術者をも唸らせるほどの重い想いって、すごいですよね(笑)。
次回からは、お父さんから提示された「アイの心が本物であると証明するテスト」に挑む展開となります。
翔太、陽葵、そしてアイちゃん。三人の絆が試される最終フェーズにご期待ください!
引き続き応援(★★★★★)をよろしくお願いいたします! #エモ恋




