美しいもの
――王宮・大広間。
豪勢な装飾や煌びやかな衣装が華やかに彩る空間は、その質の高さから魔法で生成されたと判然明瞭に推察できる。聞くところによると「ファッションは元来美を探求・追求し魂を上方へ向け変え心に翼を与えるために存在するのであり、迎合に使用されるべきではない」という理念に基づいて設計されているそうな。
ふと美しいドレスが目を掠めた。ペンタゴンネック、肩にパフ、パニエないしペチコートでふんわりと広がるオーバースカート、内側スカートはフリルのティアードつき、前身頃中央に編み上げ、宝石のイヤリングやネックレス、レース手袋の構造と見てとれる。
日本では宝石やフリル・レース・ドレスなどを「女性らしい」とするステレオタイプが有るが、ここには無い。
無論、美のシナジーとしては女性が身につけるのが望ましいが、芸術として愛でる分には「男性が美しいあらゆるものを愛でる」ことは限りなく正当と言える。例えば、男性が女性向けのライトノベルを、主人公に感情移入して読むことはなくても作品特有の美しき空気感や挿絵の美しさに感嘆・堪能したり、女性が少年漫画を好んで読むことは正当と言える。
瞬間、幼いメイドが体勢を崩し盆上のお冷を溢しそうになったので無属性魔法グラビティ・コントロールで無重力空間を展開、補佐した。魔法は誰にでも使用できるわけではないから、どんなにささやかなことであっても善意に基づくこと/真に望むこと/美しいことへ使用し無意味な使用/誤用/不正利用を禁止する法律・倫理上の義務がある。本来は遠隔で発動し善行を隠すべきなのだが、急な出来事に条件反射で発動せざるを得なかったからやむを得まい。
メイドは恭しく一礼し、給仕へ戻った。
件の件をメイドの両親が見ていたらしく、とても感謝された。その時日本の知識に明るい家庭教師を探しているという話を聞き、なるほどそれも兼ねての訪問なのかと得心し快く了承した。
私は菓子折りをつまみながら、メイドの少女・フィロに哲学を説いた。
「まず、この世界は事実上エゴイストが権力と経済を掌握し我々は奴隷として馬車馬が如く働くことを強いられる。それは常識を作り、奴隷である一般市民は相互監視を行い、貨幣収集プロセスに過ぎぬ労働を限りなく美化し、これに反する者を妬み同調圧力を掛け事実上の非国民/精神が子供として扱い、更には精神的大人/子供・社会・常識・責任という明確な定義のない曖昧な欺瞞で自己正当化をする」
「それはどういうことなのでしょう。学校では確固たる基盤として奨励されています。……でも、陛下は改革されようとしていますね」
「例えば、精神的な大人/子供というのは単一の人間による主観でしかなく、それが直観的に真理であると言い張っても、その人間は勘か、盤上遊戯の名人に見られる神経回路の発達による直観か、あるいは神がかり的直観/霊感か、何れが該当するか判定できない。仮に精神が卓越した善い人間が精神的な優劣を判定できるとして、そうした人間の価値観/判断をエゴイストや大衆が賛同し常識になるとは思えない。従って常識で判定すれば失敗する。また、精神が卓越した善い人間を見抜くには、自身もまた精神が卓越した善い人間であらねばならない。ゆえに、他者の精神あるいは魂を大人/子供と判定している者の大半が自分は優れた洞察力を持ち合わせていると自惚れ、自分の発言が及ぼすバタフライエフェクトによる損害へ目を瞑る偽善者と言える」
「では、その者の精神性はどう推し量れば良いのでしょう」
「今どういう生き方をしているか/食事の内容が現代栄養学に準じ健康かで概ね判定できるが、こと指導者としての質を見る場合、今の生き方をいつ始めたのかを見るのがいい。つまり若い頃に、哲学を学び欲望を排し善を為すことを生き甲斐にし始めた者しか信用できない。なぜなら、若者でなければ偏見が堆積し、認知的不協和と確証バイアスで正不正を無意識に歪曲し真理探究を放棄するから。彼らは信仰によって哲学を上書きしているから、なぜ正しいのかと問われると答えられず、人の話を最後まで聞かずに遮り、問答法によって無知が露呈すると腹を立て無視するようになる。若い頃は世間一般の生き方で何もしてこなかったのに、歳をとってから哲学に目覚め善くあろうとし始めても雀の涙程度の成長しか望めないのだ」
私は異世界での例を交え解説した。
尚、ここでいう欲望を排するとは、男の場合は自慰・性行為とは無縁の生活を言う。女はこれが容易な分、これに加え常に平静さを保つ境涯を言う。




