無視こそ最上のスキルなり
我々は幾つかの問答を終えた。
フィロはトロッコ問題同様の問いを真摯に投げかけた。
「この場合如何なさいましょう」
「私は多数の人間を生かすためなら、少数の人間を見殺す。……しかしこれは一般的な話で、もし善人1人とそうでない70億人なら私は迷わず善人一人だけを生かす。人の値打ちは心の善さ博愛精神であり、それ以外に無い。私はダンジョン内で自分しか転移で助からなかったとき、パーティメンバーを見捨てた。なぜなら、私が彼らよりずっと善い生き方をしていると知っているから」
フィロは感心した面持ち。
「ところで、とても性格が誉められたものではない人々は常々誹謗中傷をしますが、あれはどのような原理なのでしょう」
「実に良い質問だね。まず、人間は他人を虐めることによって脳からドーパミンが放出される。これは生存競争の残り香で、コミュニティ維持機能の弊害と言える。恐怖による支配が集団の利益になるのは短期的なもので、長期的には崩壊する。個人では健康的な方法でドーパミンを放出できない脳の機能不全に陥りQOLは大幅に低下する。にも関わらず、我々の脳裏に焼き付いているのは何百万年もの歳月を司法無き狩猟生活で生き抜くための手段だったからだ。彼らが無視されるとこの上なく深刻な耐え難い苦痛・パニックが生じるのは、不正という限りなくコストの高い自傷行為に対し、脳の報酬未払いが発生し破産するから。感情を司る大脳辺縁系や扁桃体は不正な思念の生成段階で負の表象を被弾する。負の表象は慢性的な交感神経優位/闘争状態によるコルチゾールの過剰分泌で雑多な疾患を併発するのだ。その手の連中は何ら価値のあるものを心に精神に魂に宿していない。肉体という器には魂と呼べるような輝きが無い。神という一者から流出した善の輝きが届かない無明こそ不正の実相なのだと、プロティノスは言ったのだ」
「では虐めに対する最大の回答は、善意を持ち無視に徹することなのですね」
フィロは熟考の末経験との照合を完了したのか、頭上に豆電球の漫符が浮かぶような面持ちで左掌にすとんと右拳小指側側面を落とした。
「それにしても、なぜ興味のある勉強はこんなにも楽しいのでしょう。ずっとこういうことだけ勉強したいのに……」
「適正に合致しているからだろう。大前提として、日本でも異世界でも義務教育は必ずしも学校に行く必要はないし、勉強せずとも生活保護で経済的に余裕のある生活ができ娯楽費用で困ることもない。もちろん不労×生活保護受給に診断書は必須だが、仕事をする気力が起きず働くくらいなら死んだ方がマシである、と真実を医師に伝えテストを受ければ結果如何で回避性パーソナリティ障害の診断書を得られるライフハックも存在する。当人にとっては単に働きたくないだけなのだが、医学上は思考習慣による後天的な障害と見做される」
フィロは目から鱗といった様子。
「ご両親はそうしたことを予め学ぶ必要性が有った。親の無知ほど子の人生を縛るものは無いのだよ」




