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29 浄化

「クリスティーナ、こんなに近くにいるのに触れてはいけないのか?」


 アレクシスは縋るような目でクリスティーナを見つめる。


「では手を握ってて、久しぶりだからちゃんとできるか心配だわ。アレク、あなたも一緒に祈ってて」

「ああ」


 アレクシスの上で両手を組んだクリスティーナの手に自分の手を添える。


「この呪いはいつからなの?」

「生まれた時からだ。寿命を感じるようになったのはここ半年くらいだがな」

「そう」


 肩から広がる禍々しい痣は昔からあった。だがここ半年で急激に広がり、自分の寿命があと十年もないと感じ始めていた。


 クリスティーナは聖女になるためアレクシスと身体を重ねたときに違和感を感じていた。

 身体を重ねるとき、アレクシスは首元を緩めるだけで服の一枚も脱ぐことがなかった。そして聖女の力を手に入れた後、何か嫌な気を感じとっていた。

 すぐにそれをアレクシスに問いただそうとしたが、アレクシスにはすぐにランスロットの許へ行くようにと話をはぐらかされた。

 それ以降あの嫌な感じがずっと気になりながらもアレクシスには聞けずにいた。



「お前とランスロットの別離を国民は受け入れたのか?」

「大丈夫よ。あなたに教えてもらった方法で納得してもらったわ」


 クリスティーナをアイテール帝国に行かせることを決めた時、クリスティーナとランスロットはジョバンニを呼び出した。

 そしてジョバンニに再び聖女と英雄のお芝居を作ってもらった。


 それは恋仲にあった聖女と英雄は実は兄妹であったと発覚する話で、切ない演出の悲劇だった。


 大団円で終わった話を続編で非恋に演出したため、批判もあった。

 だが、悲劇の中にも救いのある芝居だったため、単調なハッピーエンドに飽きていた国民からは刺激的な芝居でウケていた。


 ランスロットはその芝居に合わせて、公爵家のシンディ・リットレーベルと婚約を結んだ。

 それは英雄としての人気はあるが、王甥という微妙な立場のランスロットの強い後ろ盾となった。


 そして、クリスティーナがアイテール帝国へと旅立ってからは、ジョバンニはランスロットの指示でさらに、兄との恋を諦めた聖女は悪魔を倒した時に協力してくれた他国の王に慰めてもらい心惹かれていくという演出を付け加えた。



「どう? 楽になった感じするかしら?」

「ああ、お前の祈りは心地良い」


 冷え切って虚脱感のすごかった身体がポカポカと温かくなり力が漲る感じがする。


「でもこの痣は全然変わらないわね」


 やはり涙が必要か。


 クリスティーナが涙を流そうと祈りに集中しようとしたとき、寝台に腰掛けるように身体を起こしたアレクシスがグイッと腕を引いて「我慢できない」と一言呟き唇を重ねた。


「んっ……!」


 ずっと恋焦がれてきたアレクシスとの口づけ。性急でやや強引なものだが、クリスティーナも気持ちは同じだ。


 深く深く口づけながら、クリスティーナはアレクシスの呪いが解けるように願いを込めて涙を流す。

 クリスティーナもずっと会いたいと、本当は再会した側から泣き出したい気持ちを堪えていた。

 熱く甘い口づけでクリスティーナは簡単に涙を流した。


 クリスティーナの涙が頬を伝ってアレクシスにポタリとこぼれ落ちたとき、アレクシスは穏やかな光に包まれた。


 しっかりと唇を合わせながらアレクシスはクリスティーナの癒しの力を感じとる。

 じわり、じわりと身体の毒気が抜けていく。


 アレクシスは悪魔の血が完全に浄化されたところでクリスティーナから唇を離した。


「はぁっ……すごいな」

「痣が消えてるわ! アレク……何か、感じる?」


 アレクシスは自身の血の流れに集中する。


「すごいぞ。なにも感じない。あんなにどくどくと感じていた悪魔の血は一切感じられない」

「良かった……!」

「お前は、大丈夫なのか?」


 アレクシスはクリスティーナの両頬に手を添えて顔を覗き込む。


「あのね……私も何も感じないのよ。あんなにぽかぽかと感じてた温かな聖女の力が一切感じられないの」

「もしかして……!」


 アレクシスは枕の下から短剣を取り出し、自身の左手の甲に刃を突き立てようとしたので「あっ」とクリスティーナはすぐにアレクシスの短剣を取り上げる。


「あっ、おい……!」


 クリスティーナに短剣を取り上げられ、アレクシスは声を上げた。


「だめよ! 自分を傷つけるようなことしないで!!」

「こうでもしないと、確認ができないだろう」


 そう言われ、クリスティーナはアレクシスのはだけたシャツをグイッと引っ張り、アレクシスの首元に吸い付いた。


「えっ……!?」


 ぢゅーっと強く吸い付き、長いこと吸い付いてようやく赤い痕がアレクシスの首に付く。


「なんだ、ご褒美か?」


 クリスティーナのしたいことを理解しつつもアレクシスは笑ってそう言う。

 そしてクリスティーナはアレクシスのことを無視して両手を組んで祈りを捧げた。


 だが、アレクシスとクリスティーナの予想通りアレクシスに光が降り注ぐこともなく、赤く色づいた内出血が消えることもなかった。


「消えない……」

「私からは見えないじゃないか」


 アレクシスは結局自身の親指を立てて、ガリっと歯で傷を付ける。じわっと親指の腹から血液が滲み出る。


「あっもう!」


 クリスティーナが血液が垂れてしまわないよう、その親指をパクリと咥える。


「なんだ、またご褒美か?」

「バカっ……」


 クリスティーナはすぐに口を離して祈りを捧げたが、やはり傷は治らない。

 クリスティーナがポケットからハンカチを取り出し、そのハンカチで強く押さえて止血すればアレクシスの親指の出血はすぐに止まるが、傷跡が残る。


「伝説には伝説が有効というのは本当だったんだな」


 それは以前クリスティーナが黒真珠の指輪についてアレクシスに尋ねたときに聞いた話。


 悪魔の血と聖女の血は打ち消しあって消えていった。そして二人はただの人となった。


「クリスティーナ……お前の目的はこれだけか?」


 アレクシスは眉を下げてクリスティーナに問う。


「ここにきた理由……全部って言ったけど? あなたはもう私のこと好きじゃない?」

「そんなわけないだろう。諦めたフリをして、ずっとずっと想い続けてきた。もう、抱きしめても良いか?」

「うん……」


 アレクシスはクリスティーナを抱き寄せ、しっかりと抱きしめる。


「もう、今さら手放すことなんてできないからな……!」


 もう二度と抱きしめることなどできないと思っていた。


「うん……」


 クリスティーナもしっかりとアレクシスの背中に腕を回した。


「愛してる」

「わ、私も……、あなたのこと……愛してるわ」


 それはクリスティーナから初めてアレクシスへ告げる愛。


「ずっとその言葉が聞きたかった」

「何度でも言うわ。アレク、あなたのことが好き。愛してる」

「ああ……たまらないな……」


 二人は吸い寄せられるように口づけをした。

ムーン版との兼ね合いで、明日は更新をお休みします。

お読みいただきありがとうございました。

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