30 最終話
クリスティーナのお陰で悪魔の呪いが解けて活力を取り戻したアレクシスは再び人前へ出るようになり、すぐにクリスティーナとの婚約を発表した。
もちろん側妃ではなくて正妃として娶ることで議会に話をした。すると小国の姫を正妃にするなんて、と一部から反発の声が上がる。
「クリスティーナ王女殿下……? どこかで……?」
軍事会議に共に参加したことのある大臣がクリスティーナの顔を見て、首を傾げた。
「あれ? もしかして……! 軍師をされていたのは……」
そう声を上げたのは騎士団の団長。
「ああ、あの頃はクライヴという名で指揮を取ってもらっていた」
「なんと……」
軍事会議に参加していた者たちはクリスティーナの頭の良さをよく知っている。
危うく給金を下げられてしまう流れだったところをクリスティーナの案によって救われたこともある。
「お前たちがよく知るように、クリスティーナはただの姫などではない。賢く聡明で我が国の国母として相応しい姫だ」
過去の戦争の功績もあり、クリスティーナが正妃になることへの反発はすぐに消えた。
アレクシスとクリスティーナは婚約後、半年という速さで結婚した。
アレクシスの今までの妃は皆後宮で過ごしていたが、アレクシスはクリスティーナに後宮ではなく宮殿の中に部屋を用意した。
用意したのはクリスティーナの執務室。アレクシスはクリスティーナに公務の手伝いをするように頼んだ。
クリスティーナは喜んで受け入れ、クリスティーナは皇后としてよく意見を出した。クリスティーナの頑張りもあり、アイテール帝国はますます国力を上げた。
そして、結婚から半年、アイテール帝国はバルミュ王国を属国にした。
それはアレクシスが、ルーナ王国から帰国してすぐから狙っていたことだった。
バルミュ王国はアイテール帝国の持つ大陸内での絶大な地位を羨み、下剋上を目論見、黒真珠の指輪を盗み出した。
黒真珠の指輪の効果はバルミュ王家でも精神干渉のできる魔道具という噂程度の情報しか持っておらず、指輪を使用した場合、どんな反動があるかわからなかった。
そのため、王家の人間が自ら指輪を使うよりもまずはルーナ王国の宰相であるゼクト公爵を巧みに誘導し、指輪を使用させた。
バルミュ王の目論見通りに事は運び、指輪の効果はまずまずだったが、結局ゼクト公爵は悪魔に魂を奪われ死んでいった。
バルミュ国王はユージーンと第四王子であるセドリックにも指輪の存在は伝えていなかったため、ユージーンとセドリックが捕えられてからも、バルミュ王国が指輪を盗み出したことは知られることがないと思い、知らぬ存ぜぬを貫いた。
だが、アレクシスは早々に指輪を盗んだ窃盗犯を捕らえていたためバルミュ王国の仕業であることはわかっていた。
悪辣な方法で他国に手を出す者は叩けば簡単に埃が出る。アレクシスは徹底的にバルミュ王家の罪を調べ上げていた。
だが、志半ばで呪いによって表に出ることが難しくなり、ここまでか、と口惜しい気持ちでいた。
そんなアレクシスの元へルーナ王国の王であるランスロットから手紙が届く。我が国の姫を娶ってほしいと。
手紙を見てアレクシスは何の企みかと訝しんだ。
だが結局、クリスティーナは純粋にアレクシスのことが好きで、助けたいという想いでやってきたと聞いて、泣きそうになった。
絶対に手に入らないと思っていたものが手に入ったアレクシスは強かった。
呪いで伏せっていた半年間を取り戻すかのように一気にバルミュ王国を攻め入り、バルミュ王国を掌握した。
そしてアレクシスは、黒真珠の指輪を利用しルーナ王国を不条理に荒らしたバルミュ王家を粛清し、バルミュ王国の反体制派から新王を選び戴冠させた。
ここまでのことは、クリスティーナには一切相談しなかった。
公務を手伝うクリスティーナは全て知っていたと思うが、意見も反対なく、侍従の報告を「そう」と表情を変えずに聞いていた。
アレクシスにはただ一つ釈然としないことがあった。
◇
クリスティーナは宮殿内に私室を設けられているが、夜はほとんどアレクシスの部屋で過ごす。
忙しいアレクシスはそっちの方がクリスティーナを愛しやすいと言い、クリスティーナもアレクシスとの時間を多く取れるそちらを選んだ。
クリスティーナがアレクシスの腕の中で微睡ながら過去の話をする。
「昔ね、ユージーン様とレイチェル嬢が愛し合うところを見てしまったことがあるの」
「ああ……」
アレクシスはそれを聞いてギョッとしたが、動揺は見せずに相槌だけをした。
「当時はあんなところを見ても、ユージーン様のことを諦めることができなくて……今思うと馬鹿馬鹿しいけど……」
アレクシスは思う。例えクリスティーナが他の男と愛し合うところを目撃したとしても、自分も同じように諦めることはできないだろうなと。
「馬鹿馬鹿しくなどない。愛した相手を簡単に諦めることなどできないのは普通のことだ。嫌なものを見てしまって辛かったな」
クリスティーナを優しく抱きしめてやるとクリスティーナは少し鼻をグズグズさせながら「うん」と言って眠りについた。
ずっと心に溜め込んできた嫌な記憶を吐き出してスッキリしたのか、クリスティーナはすぐにすやすやと気持ち良さそうに眠りにつきアレクシスはホッとした。
◇
それから数日後、アレクシスは監獄を訪れていた。
「久しぶりだな、馬鹿王子」
「早く……早く、僕を殺してくれ……」
独房の柵を掴んで懇願するのはユージーン。薄暗く物が何もない、見張り以外の人もいない狭い独房で過去の出来事だけを悔いて粗末な物を食べて過ごす生活はつらかった。
髪も肌もボロボロで、瞳からは生気が感じられない。とても王子だったとは思えない男に成り下がっていた。
「お前の親も兄弟ももうこの世にはいない。お前も一緒に向こうの世界へ送ってやりたかったが、心優しいクリスティーナは親を殺されても、お前のことは生かしてやりたいらしい」
「クリスティーナ……」
ユージーンはクリスティーナを思い出して悲痛な面持ちをする。
「今日からお前は別の場所で過ごしてもらう」
「別の場所……?」
そう言われて連れて行かれたのは宮殿からそう離れていない寂しげな塔。
今は使われていない塔でアレクシスはユージーンをこの塔に幽閉することにした。
そして入れられた部屋は古臭くてカビの匂いのする部屋。
監獄の独房と変わらず殺風景でなにもない。
窓もなく閉鎖的なこの部屋で一生を過ごすように指示された。
ユージーンは床にリネンを敷かれただけの粗末な寝床に転がった。
そしてなぜここへ移動をさせられたのか考えていたが、よくわからず考えているうちに眠りについていた。
そして、夜、ふと目が覚める。
今日入れられたこの部屋を眺めていると一箇所だけ不自然な丸く穴が開いているような箇所があり、なんだ、と思い近寄った。
小さく丸く穴が開いており、塔の外が見えるように透明なガラスが嵌っている。
ユージーンは空が見えれば多少の気分転換にはなるかと思いそこを覗いてみた。
見えたのは美しい女性。
「えっ……?」
どうやらその穴に嵌っているガラスはただのガラスではなく望遠レンズだったようだ。
どくんどくんと動悸が強くなる。これは罠だ。
覗いてはいけない。
そう思い、一旦はそこから離れて、また寝床の上に戻った。
だが、寝床からよく見える位置にあるその穴が気になって仕方がない。
結局ユージーンは誘惑に負けてそれを覗く。
その覗いた穴の先に見えるのはクリスティーナ。
輝くような美しい笑顔が見えて、ユージーンは束の間の安息を得たような心地になる。
だが、パッとすぐにクリスティーナは見える箇所から消えてしまう。
「クリスティーナ……!」
ユージーンはクリスティーナを呼ぶが、遠いところにいるクリスティーナにはもちろんその声は届かない。
ユージーンはまたその穴にクリスティーナが映るかもしれないと期待を胸に覗き込んだ。
しらばらくするとまた可愛らしく笑うクリスティーナが見えて、この穴を覗くことを楽しみに過ごしていこうかなどと考え始めていた。
だが、またクリスティーナはすぐに消え、代わりに別の男が見えた。
「っ……!」
見えた男はこちらを見て一瞬ニヤリと笑い、すぐにその場でクリスティーナを引き寄せ口付ける。
ユージーンは醜く顔を歪ませる。そして、すぐにその穴を覗くことはやめた。
やはり罠だった。
聡明で美しい彼女と結婚するのは自分だったはずなのに、彼女はアイテール皇帝の腕の中にいた。
もうあの穴を覗くことはやめよう。
そう思ったはずなのに、何もない部屋ではすることが無く、気がつくとあの穴を覗いていた。
いつもクリスティーナの可愛らしい顔が見えるのは一瞬で、後は皇帝の嘲笑うかのような顔が見える。
夜に覗けば、ほぼ毎夜、クリスティーナの紅潮した色っぽい顔が一瞬だけ見える。
顔だけしか見えず、覗く角度を変えてどうにか他の部分も見たいと試みるが、顔が一瞬見えるだけで、後はすぐに皇帝の裸の上半身に切り替わる。
それを見るたびユージーンは絶望するが、どうにも覗くことがやめられない。
幼い頃は船に乗って別の大陸へいき、違う文化に触れることを夢見た。
だが、自分の夢を語った初恋の少女は別の男に抱かれている。そして自分は船に乗ることなど到底叶わない、狭く何もない塔の部屋から出ることのできない侘しい幽閉生活を送っている。
ユージーンは毎夜、元婚約者の情事の表情を一瞬見るだけの惨めな人生だと失意に陥るが、それをやめられない自分の意思の弱さに乾いた笑いを浮かべる。
◇
クリスティーナとアレクシスが結婚してから一年が経った頃。
「どうだ、産まれたか!?」
アレクシスは会議を終えて急いでクリスティーナの私室の前へ駆けつけた。
「まだみたいですよ。初めてのお産だからもう少しかかるかもと先ほど宮廷医が言っていました」
「そうか」
侍従のヴィクターから聞き、アレクシスはクリスティーナの私室の前に用意した椅子へどかっと腰掛ける。
そして、祈るように考える。
男が生まれても女が生まれてもそれはどちらでも構わない。だが、聖女と悪魔だけは産まれてほしくない。
それからまだしばらく時間はかかり、立ったり座ったり、ソワソワとその辺を歩いてみたりと繰り返していると中から「ほにゃー」と可愛い泣き声が聞こえてくる。
!?
アレクシスはすぐにクリスティーナの私室の扉を勢いよくバンッと開けてクリスティーナの許へと駆けつけた。
「クリスティーナっ!!」
「アレク……ううっ……アレク……!」
「何か、何かあったのか!?」
アレクシスの顔を見たクリスティーナは一気にぶわっと泣き初めて赤子に何かあったのかと焦った。
「あ、赤ちゃんが……ううっ……」
「子どもがどうした!?」
「黒髪の女の子だったの……! あの、禍々しい痣もないわ……!」
ぽろぽろと涙をこぼすクリスティーナの話を聞き、アレクシスはクリスティーナを抱きしめた。
アレクシスもクリスティーナもただの人となったので、聖女や悪魔が生まれることはないだろうという二人の意見が合致して、子どもを作ることを決めた。
アレクシスもクリスティーナもその後、そのことについてはお互いに何も言うことはなかったが、クリスティーナも心のどこかで心配していたらしい。
「不安にさせていたんだな……すまない」
「ううん。きっと大丈夫って思っていたんだけど、やっぱり気になっちゃって……でも良かった……」
アレクシスは産まれた赤子を産湯につける宮廷医に近づいた。
「見せてくれ」
宮廷医は「はい」と返事をし、アレクシスの見やすいように位置を変えて産湯で赤子を綺麗にした。
気持ち良さそうに目を瞑って湯につかる赤子は薄らと黒髪の生えた女の子、見たところ痣もない。
瞳の色はわからないが、銀髪でないということは聖女ではないし、痣もないので悪魔でもない。
アレクシスは心底ホッとした。
「陛下、お抱きになりますか?」
赤子をおくるみに包んだ宮廷医がアレクシスに声をかけた。
湯から出されて産着を着せられ「ほにゃーほにゃー」とか細い声で泣く我が子。自分が触れては壊れてしまうかもしれないと動揺してアレクシスは「いい」と拒否をした。
「では、皇后様に」
アレクシスが拒否をしたので宮廷医は寝台で横になるクリスティーナの横に赤子を置いて抱かせてやった。
「かわいい……」
まだ力強く泣くこと、大きな動きをとることもできずに、小さくふにゃりと手を動かすだけの赤子。
クリスティーナはこの弱い手をいつかめいっぱいの幸せをつかみ取れるような力強い手に育てていきたいと思いながら、軽く握る。
「アレクも触ってみて」
アレクシスは恐る恐る赤子の手の前に指を差し出した。
すると目を開けない我が子は何かを探すようにか弱く指を動かして見つけたアレクシスの指を握りしめた。
「ああ……ほんと、かわいいな……」
父になるというのは心が温かくなる。
こんな経験は出来ないと思っていた。心の奥では不安を抱えながらも頑張って子を産んでくれたクリスティーナに対し熱いものが込み上げる。
目頭が熱くなりグッと堪えるが、ぽたりと一滴の雫が溢れクリスティーナはアレクシスを見て「まあ」と驚いた。
そしてすぐにクリスティーナも涙目のまま、ふふっと笑い、アレクシスも誤魔化すようにははっと笑う。
アレクシスは赤子の握る手とは反対の手でクリスティーナの手を握る。そして涙の滲む目を向けて「ありがとう」と感謝を伝え、クリスティーナは「うん」と返す。
クリスティーナはこんなやりとりに幸せを感じる。腕の中には可愛い我が子がいて、目の前には愛する夫がいる。
――初恋の人に裏切られて、私は確かな愛を手に入れることができました。
これにて完結とさせていただきます。
拙い文章でしたがお読みいただき、ありがとうございました。
評価、感想等いただけると嬉しいです。
今作、私の作品にしては珍しく登場人物が多く、書きたいシーンも多かったので、私的には長大作を書いた気分なのですが、文字数が思ったよりも少なくてびっくりしています。
伏線も多く仕込んでしまい、回収するのが大変でしたが、多分考えていた展開は全て作中に盛り込めたと思います。
連載中も何度か改稿をしたりと、連載を追ってくださった皆様にはご迷惑をおかけいたしましたが、ブックマークやいいね、評価は大変励みになりました。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました(^^)
せいかな




