28 悪魔の血
先に謝っておきます!ごめんなさい!!
あれから二年半の月日が流れた。
アレクシスは夜、宮殿の私室に一人でいた。
後宮にいた側妃は全員離縁して、臣下へ下げ渡し皆アイテール帝国の高位貴族と再婚した。
夜にアレクシスの許へと訪れるものは誰もいない。
そんなアレクシスの部屋にコンコンとノック音が響く。
「陛下、お約束の方がお見えです」
「通せ」
扉が開き、案内された女性が部屋に入る。
「気分はどう?」
「ああ、最悪だよ……一人で死んでいくつもりだったのに。こうノコノコやってこられると期待をしてしまう」
アレクシスには子どもがいない。側妃と離縁をする際、貴族院からは次期皇帝もいないのにとかなり激しく反対されたが、アレクシスはその反対を押し切って離縁した。
次期皇帝には皇家の遠縁である公爵家に任せようと調整を考えていた。
そんな中、アレクシスに一通の手紙が届く。
「なぁ、クリスティーナ……? 一体何しにここへ来た? 同情か? 恩返しか? それともとうとう私に惚れたか?」
「全部じゃないかしら? だってひどいじゃない。今まで属国にしてきた国には姫は人質代わりに側妃にすると娶っていたくせに、ルーナ王国だけには要求してくれないなんて」
クリスティーナは不貞腐れたような顔をした。あんなに短かった髪は肩の下あたりまで伸びている。
「ルーナ王国の姫はそんなに魅力ない?」
「まさか。魅力的すぎて諦めるのが大変だった」
クリスティーナは寝台で横になるアレクシスに近づいた。
「触れても良いのか?」
アレクシスがクリスティーナの顔に手を伸ばす。
「それは後で。それより診せて」
クリスティーナはアレクシスのシャツの釦を外していく。
現れたアレクシスの肩を見てクリスティーナは顔を顰める。
「アレク……あなた、やっぱり病に侵されていたのね……」
アレクシスはフッと笑う。
「これは病なんて可愛いものじゃない。アイテール皇家に代々続く悪魔の呪いだ」
「悪魔の呪い……!?」
現れたのはアレクシスの肩から広がる黒い痣。禍々しいオーラを感じる。
アレクシスは二年前、黒真珠の指輪を探し、ルーナ王国にやってきた。そして奇妙な催しがあると聞き広場へ行くと、断頭台の上で闇の中の光を見つけた。
一眼見て欲しいと思った。
自分の探し求めていたものはここにあった。自分の身体に流れる悪魔の血が騒ぐ。
彼女の力は自身に流れる悪魔の血を何とかしてくれる。そう確証を持った。
だがその彼女は今まさに目の前で首をはねられそうになっている。
ああ、もっと早く見つけていれば……そう思ったとき彼女に救いの手が差し伸べられた。
彼女を失いたくない。そう思い広場で大剣を振り回して加勢した。
彼女は自分にとって希望の光になる。
アイテール皇家は悪魔の血を引いている。特別な力があるわけではなく、ただ皇帝としての才に恵まれた優秀な子が生まれてくるだけのもの。
そして、生まれてくる子は長く生きられない、という。
悪魔の血を引く皇家直系のほとんどの者が悪魔の血の呪いのせいで四十まで生きることが出来ず、それでも皇家という立場の問題で皆急いで子をもうけて、若くして帝位を継いでいく。
アレクシスもそれが自分の運命だと受け入れた。だが、子をもうけることに関してはどうしても積極的にはなれなかった。
貴族院からうるさく言われ側妃を迎えたが、命の短い子を産ませることに関しては抵抗があった。
クリスティーナと出会ったとき、彼女が自分の運命を変えてくれる。そう思って近づいた。
美しい彼女を手に入れたい。
だが、彼女は簡単には靡かなかった。
それもまたアレクシスの興味をそそる。手に入らないと思えばより欲しくなる。
彼女のことを知れば知るほど欲しくなる。
「クリスティーナ。私はお前が好きだ。愛している。姫のくせに剣を持つ姿も、賢く前向きで、男のフリして戦おうとする姿も、好きな男のためにここまで出来るその心意気も、お前の全てを好ましく思っている」
彼女を抱いたときに告げたその言葉。心からの想いだった。
ただ、ランスロットを想って涙するその姿は痛々しくて、無理矢理に自分のものにしてはいけないと思った。
愛している女性だからこそ、彼女の望むようにしてあげたい。そんな想いで身を引いた。
◇
「俺にあなたを抱かせてください」
ランスロットにそう言われ、クリスティーナは頷いた。
ランスロットはクリスティーナを奥の寝台へと連れていき口づける。
これからランスロットに抱かれる。クリスティーナは覚悟を決めて口づけを受け入れる。
ランスロットがクリスティーナのことを寝台へと押し倒した。
するとランスロットが苦しそうな顔をした。
「姫様……やめましょう……」
「えっ……?」
ようやく二人結ばれようというのになぜ?
クリスティーナは良くわからないという顔をして苦しそうな表情のランスロットを見た。
「姫さん、気付いてないのか。あんた……泣いてるんですよ……」
「っ……!?」
クリスティーナが自分の目元に手を置くと確かにそこは涙に濡れていた。
「ご、ごめんなさい……! 平気だから……!」
クリスティーナは手でゴシゴシと涙を拭い、ランスロットに笑って見せる。
「いい、やめましょう」
ランスロットは押し倒したクリスティーナの身を起こしてやる。
クリスティーナは俯いた。
「姫さん……認めましょうよ。あんたはアイテール皇帝のことが好きなんだ。ずっと見てたから俺にはわかります。あんたがどんな顔であの人のことを見ていたのか……」
ランスロットの発言にクリスティーナの瞳が揺れる。
「違う……私が好きなのはお前よ。だって、お前は私のことを一番大切にしてくれて、いつだって守ってくれた」
ユージーンとは違っていつもクリスティーナを一番に大切にしてくれたランスロットに惹かれていった。
「姫さん、いつも俺に守って欲しいと思っていましたか?」
それを言われてギクリとした。守ってほしいと思ったことはない。クリスティーナはいつだって守られて生きることより、戦って自ら運命を切り開いて生きることを望んでいた。
「アイテール皇帝は戦のときも姫さんに安全な帝国で待っているようにとは言わなかった。戦に同行して頭で戦うようにと指示をした。俺はそんなこと言えない。姫さんのことは守って隠して誰にも傷つけられないようにしたいと思ってしまうんだ。あんたは自分のしたいようにしてくれる、共に戦う選択肢を与えてくれるアイテール皇帝に惹かれている」
「そんなことない。私はランスのことを愛しているわ!」
アレクシスに抱かれているときは間違いなくランスロットを想っていた。
「それはローヴァン大公のことがあったから、近くにいた大切にしてくれる男に一時的に惹かれてしまっただけですよ。俺は姫さんのことを考えているようで自己満足にあなたを守っているだけだった。でもアイテール皇帝は本当にいつも姫さんの気持ちを考え汲んでくれていた。俺ではあの人に敵わない」
ランスロットが悔しそうな顔をする。そしてクリスティーナの目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちていく。
「うっ……ううっ……私……ふっ…ううっ、最低だわ……」
今自分が誰のことを想っているかを考えて、涙が溢れる顔を押さえた。
そして涙も嗚咽も堪えきれず、子どもように蹲って泣き続けた。
ランスロットはその様子を見て、そっとクリスティーナの部屋から出ていった。
◇
翌朝クリスティーナは泣き腫らした目でランスロットの執務室を訪れた。
「ランス……」
とにかく昨夜のことを謝らなければと思ってここへ来たが何と言えば良いのかわからない。
口を開くことができずに困っているとランスロットは緩く笑った。
「大丈夫ですよ、クリスティーナ王女。たとえ王女と結婚できなくとも、私がちゃんと国王をやってみせますから」
「ランス……」
「国王になる道を選んだのは、確かに邪な気持ちもありました。ですが、あなたの守ってきたものを私が引き受けたいという気持ちがあったのも確かです。これからはあなたに代わって私がこの国を守っていきますから」
笑ってそう言われ、クリスティーナの瞳に再び涙が滲む。だけど今度はそれがこぼれ落ちないようにグッと堪えた。
「私にあなたの時間を三年ください。その三年で立派な国王になって見せますから」
「わかったわ。ありがとう」
クリスティーナはしっかりとランスロットの目を見て頷いた。
もうランスロットはクリスティーナのことを「姫」と呼ばなくなって自身のことも「私」と言う。
そしてそれから二年が過ぎたときだった。
「クリスティーナ王女、ジョアンとケイトからの情報だ。アイテール皇帝の露出の頻度が減っていると聞くが、アイテール帝国に何かあったのだろうか?」
ランスロットは帝国の調査を影にさせていたが、それ以外には何も変わった様子はないと聞く。
「もしかして……!?」
「心当たりがあるのか?」
ある。ずっと気がかりだったことが。
「あの……ランス……戴冠式って……」
今はまだクリスティーナが代理国王として立っている。だが一年後に戴冠式を迎えてランスロットが国王として立つことが決まっていた。
「半年なら早められるが……?」
「あ、ありがとう!!」
ランスロットとクリスティーナは急ピッチで引き継ぎを行い、ランスロットは戴冠式でクリスティーナから王冠を受け、無事に王位に就くこととなった。




