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27 毒の真相

「いやっ!」


 クリスティーナはドンとランスロットの胸を押して突き飛ばす。


「あっ……姫さんっ!!」


 そして慌てて執務室を出て、外にいた女官に尋ねる。


「アイテール皇帝は?」

「簡単な挨拶がしたいだけだから、中庭で待っているとおっしゃっていました」

「わかったわ」


 クリスティーナは動揺を隠して中庭へ向かった。



     ◇



「目が赤い。泣いたのか?」

「泣いてないわ」


 込み入った話がしたいからと人払いをした中庭でアレクシスに聞かれて、クリスティーナは泣きそうな気持ちを我慢しながら、アレクシスの方を見る。


 ランスロットと口づけをした。好きな人との口づけは嬉しいはずなのに、胸が痛くてたまらなかった。

 アレクシスに純潔を捧げたことがバレてしまったから?

 強引な口づけだったから? わからない。


 ランスロットに「姫様の気持ちがわかりません」と言われたときギクリとした。

 だってそれはクリスティーナ自身にもわからない。


 ランスロットのことが好きなはずなのに結婚と聞くと怯んでしまう。


「私との別れを惜しんで涙してくれたのかと期待したが違ったか……」


 アレクシスがニヤリと笑う。


「まさか」


 クリスティーナはクスッと笑う。クリスティーナの笑う顔を見てアレクシスは優しい目をする。


「お前は笑っていろ。つらい思いをした分、幸せになれたら、と思って法改正を提案したが、ゆっくり考える時間が欲しいなら保留にすれば良い。ランスロットなら待ってくれるだろう」

「うん……」

「なんだ、歯切れが悪いな……?」


 クリスティーナは明らかに悩んでいる顔をしている。


「私にもまだチャンスがあるのかと期待をしてしまうではないか」


 アレクシスはクリスティーナを口説く時にしていたようにクリスティーナに一歩近づき、クリスティーナの顎を掴んで引き上げる。


 クリスティーナのランスロットへの想いはぐちゃぐちゃになっている。

 つい縋るような目でアレクシスを見てしまう。


「そんな顔をするな、欲が出るじゃないか」

「ご、ごめんなさい……!」


 クリスティーナは顔を赤くして、視線をアレクシスから外す。


「帝国でもやることがあるから明朝帰る。今後は使者を出すから使者を通じてのやりとりになる」


 宗主国と属国としての協定の骨子もほぼ決まったのでわざわざ皇帝が残ることはもうない。


「わかったわ」

「視察も必要だから、たまに会いに来る」

「ええ」

「次に来るのはお前とランスロットの結婚式かもしれないがな……」


 結婚式……本当にランスロットと結婚できるのだろうか。

 ランスロットのことを好きだと言いつつ、他の男に身を捧げるような身持ちの悪い女だと思われているかもしれない。


「ランスロットと幸せになれよ」

「うん」


 涙を堪えて「うん」と返事をした。


 意地悪に見えて、意外にもいつもクリスティーナの欲しい言葉をかけてくれたアレクシス。

 だが、今欲しかったのはその言葉ではない。この日のアレクシスの言葉はクリスティーナの胸を強く抉る。


 このままでは泣き出してしまいそう。


「アレク、ごめんなさい……私この後予定が……」

「ああ、いいよ。長い戦いだったな。また会おう」

「ありがとう。さようなら」


 クリスティーナはじわりと滲む涙が溢れてしまわないよう急いでその場から立ち去った。




「アイテール皇帝陛下……いいですか?」


 クリスティーナと入れ替わるように中庭にランスロットがやってくる。


「ああ、お前のところへも明朝アイテールへ帰国するからと言いに行こうと思っていたところだ」

「あの……聞きたいことが……」


 ランスロットは硬い表情をしている。


「なんだ、さっきのクリスティーナも様子が変だったが、お前もか。知らないままで良いことまで知ってしまったか?」


 アレクシスに問われてランスロットの顔は引き攣る。


「なぜ……姫様のことを……?」

「クリスティーナはなんて言っていた?」

「何も……答えてはくれませんでした」


 アレクシスはふう、と息を吐く。


「クリスティーナは知られたくないんだろう。だったら触れずにそっとしておいてやれ」

「で、でもっ……」


 ランスロットはクリスティーナがアレクシスのことを想っているのでは、と気になる。


「そんな些細なことで騒ぐな。小さい男だな。ルドシアンの毒にやられたお前を助けるために、クリスティーナは私に抱かれた。そう答えれば満足か?」

「え……ルドシアン……?」


 ルドシアンといえば解毒剤がないことで有名な猛毒だ。


「お前が戦のときバルミュ王国の第四王子から受けた毒はリクウールなどではない。ルドシアンだ」

「っ……!」


 それを聞いてランスロットは顔をくしゃりと歪ませ、青ざめた顔で握った拳を震わせた。


「あの場では救護班がお前のことを診ていたこともあり、聖女の力で回復したと言うわけにもいかず、リクウールの毒を受けたと言ったんだ」

「そんなっ……! 姫さん……俺なんかのために……そんな……」


 アレクシスはため息を吐く。


「そうやって思って欲しくなかったからだろう。お前もクリスティーナのことが好きならあいつの気持ちを考えてやれ」


 アレクシスの言う通りだ。クリスティーナが誰を好きなのか、そればかりが気になりクリスティーナが知られたくない、と思っていることを考えてやることが出来なかった。


「クリスティーナにとってお前は自分の処女を失ったとしても助けてやりたい大切な人だったのだろう。その気持ちを汲んでやれ」


 ど正論を思いっきり叩きつけられ、ランスロットは俯いて歯を食いしばる。


「邪魔者はもう帰るから、あとは二人で解決しろ」


 アレクシスはそれだけ言って中庭から去っていく。


「ありがとう、ございました……!」


 ランスロットは去っていくアレクシスの背中に向かって礼を叫んだ。アレクシスは振り返らずにそのまま中庭から去っていった。



     ◇



 明朝、早くにアレクシスはアイテール帝国へ帰っていった。

 その日の夜、ランスロットはクリスティーナの部屋を訪れる。


「姫様……すみませんでした。俺、姫様の気持ちも考えずに、アイテール皇帝とのことを……」

「いいの。私が汚れてしまったことは事実よ」


 クリスティーナはつらそうな顔でランスロットから目を逸らす。


「好きと言ってくれて、結婚したいと言ってくれてありがとう。でもこんな私じゃあなたとは結婚できない」


 そして、ランスロットを見ないようにランスロットに背を向けた。

 だが、すぐにランスロットに腕を引っ張られて正面から抱きしめられる。


「すみません……すみません……!」

「ランス……?」


 ランスロットはクリスティーナの肩口に顔を埋めて謝った。


「汚れてなんていません。あなたはいつだって綺麗で美しい」

「ランス……」

「俺のせいで……申し訳ありません……。俺のせいで……。愛している女性を守ってあげられなくて、不甲斐ない自分が悔しいです……」


 ランスロットは泣きそうな声でクリスティーナにひたすら謝るので、クリスティーナはランスロットが毒を受けた時の真実をアレクシスから聞いたのだろうと察した。


 クリスティーナはランスロットの両頬を掴んで顔を上げさせる。


「ランス、綺麗だと言ってくれてありがとう。私はあの時、お前を助けることができて良かったと思っているわ」

「もっと早くに想いを告げて、俺が姫様の身も心も抱きしめていれば……姫様にこんなつらい思いをさせずに済んだのに」


 ランスロットがあまりにつらそうな顔をするものだからクリスティーナはクスリと笑う。


「お前がつらそうな顔をしなくても、私は平気よ」


 クリスティーナはランスロットに微笑んで見せた。


「もう、後悔したくない。姫様……あなたを愛しています。俺にあなたを抱かせてください」


 クリスティーナはランスロットにハッキリと言われて、バクバクと鼓動が早くなる。


 そしてランスロットの背中にそっと腕を回してコクリと頷いた。

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