24 戦後処理
国民たちは皆ゼクト公爵に精神干渉を受けていた間の記憶は残っていた。
国庫の帳簿改竄を指示されていた文官たちと同様に何かおかしなことを言われているというのはわかるのだが、自分で物事を考えることができず言われたままに行動してしまうという状態に陥っていた。
そして、クリスティーナが流した涙がきっかけで、王国には癒しの雨が降り注ぎゼクト公爵の指から指輪が外れることがなくても国民たちは悪魔の指輪の精神干渉から解放されることが出来た。
「ゼクト公爵は……」
「ゼクト公爵はもういない。あれは悪魔に心を蝕まれたただの怪物だ」
ランスロットが倒した悪鬼には悪魔の指輪が嵌っており外すことが出来ないため、悪鬼の屍ごと帝国軍が回収して処分することとなった。
ルーナ王国はアイテール帝国と三ヶ月に渡り終戦協議を重ねた。
その間、クリスティーナとランスロット、アレクシスは何度もルーナとアイテールを行き来した。
ゼクト公爵家は取りつぶしが決定した。
貴族たちもゼクト公爵の言葉に良いように操られていたという記憶があるため、その決定に口出しをするものは誰もいなかった。
そして、クリスティーナが国王の代理として一時的に国を代表することとなったが、それについても大きな反感はなかった。
ルーナ国王とクリスティーナの冤罪が認められ、ランスロットは無事にペルシュマン辺境伯の次男としての立場を取り戻すことが出来たと同時に、悪魔を討った英雄として国民からは絶大な人気を得ることとなった。
宰相を務めていたゼクト公爵がいなくなり、宰相の座にはリットレーベル公爵がついた。
「クリスティーナさまぁ!」
「シンディー!」
その日の会議を終えて部屋を出ると待ち構えていたように可愛らしいドレスを着た、リットレーベル公爵の娘のシンディーが現れ、クリスティーナに抱きついた。
「お会いしとうございました! ああ、こんなに短い髪になってしまって、おいたわしい……! お怪我はありませんか……?」
相変わらず大きな瞳にいっぱいの涙を溜めて、クリスティーナの顔や身体にペタペタ触れてクリスティーナの無事を確認する。
「ふふ、大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね」
「いいえ、いいえ。私ごときがクリスティーナ様の心配など烏滸がましいことですが……ですが……! 今回は本当にクリスティーナ様を失ってしまうかもと怖かったですー!!」
シンディーは目に溜めた涙をポロポロ溢してクリスティーナにまた抱きつく。
「ありがとう! シンディー! あなたが教えてくれた黒真珠の指輪の情報のお陰で無事に指輪の問題は解決したわ」
「お役に立てて何よりです」
シンディーは涙を流しながらもクリスティーナに微笑んで見せた。しばらく泣いて、涙が落ち着いた頃にまたクリスティーナに話し始める。
「クリスティーナ様はやはり聖女の力をお持ちだったのですね……!」
「ええ……後から覚醒したものだけどね」
「クリスティーナ様、黒真珠の指輪の効果……古いものだから、強い精神力を持つ者には効かないという話、聞きました」
クリスティーナは「ああ」と思い出す。ゼクト公爵のそばにいながらもリットレーベル公爵とペルシュマン辺境伯には効かなかった。
「リットレーベル公爵家の人たちはみんな心が強いのね! これからも強い味方になってくれそうで頼もしいわ!」
クリスティーナがそう言うと、シンディーは苦い顔をする。
「クリスティーナ様……おそらくですけど、ペルシュマン辺境伯家のみなさんは強い精神力で指輪の干渉を受けずに済んだのだと思うのですが……我が家は違うと思うのです」
「どういうこと……?」
「クリスティーナ様は王家の方で聖女の血を引いていらっしゃるのですよね?」
「そう、だけど?」
まだシンディーの言いたいことがわからない。
「今のリットレーベル公爵家の六代前に王家のお姫様が降嫁したというお話はご存知ですか?」
「ええ……、あっ……!?」
そこまで聞いてクリスティーナはやっと理解する。
「そう! きっとそのお姫様は聖女様だったのですよ! そして我が家は王家の血を引く家系として公爵の地位を守っていましたが、実は薄くても聖女の血を引く家系だったから、黒真珠の指輪の干渉を受けなかったと思うのです!」
「なるほどね……!」
「でもそのお姫様が降嫁して以降、我が家には男児しか産まれなくて、いつの間にか聖女の血は薄れていった……という具合でしょうか。あっ、私は女ですが、銀髪でも紫の瞳でもありませんからね! だいたい私の心はガラスのハートですから、強い精神力……という話を聞いたとき、変だと思ったのです」
その話を聞いてクリスティーナは「ふふふ」と笑う。
「ガラスのハートのシンディーに心配かけてごめんなさい。もう、大丈夫だから!」
「はい! あっ、でも、我がリットレーベル公爵家がクリスティーナ様の力強い味方であることには変わりありませんから!」
「ありがとう」
クリスティーナはふわりと笑う。
「クリスティーナ様……」
シンディーは再び苦い顔をする。
「なに? シンディー?」
「なぜ、クリスティーナ様は代理国王の立場にとどまったのでしょうか? 正統な王家の血を引くのはクリスティーナ様しかいらっしゃらないし、クリスティーナ様は女王になる器があると思うのですが……」
「うーん……」
クリスティーナはシンディーに曖昧に微笑む。
「それは、これからの会議で皆と相談して決めていくわ」
「クリスティーナ様……」
クリスティーナは女王になるつもりはないのだろうか。
◇
ユージーンとレイチェルは帝国軍が捕らえたため、帝国で処分が決められる。
「本当にあんな処分で良いのか?」
「うん……悪魔の指輪の影響があったことも考えればあれでもかなり厳しい処分だと思うし……」
アレクシスはクリスティーナの要望に沿って、レイチェルはアイテール帝国、最北にある戒律の厳しい修道院へと送られて、ユージーンはアイテール帝国の監獄で生涯幽閉の処分が下された。
クリスティーナはアレクシスの案内で一度だけユージーンに会いに行った。
「毎日、頭が痛いと言ってるんだ。多分いまだに指輪の干渉を受け続けているんだろう」
だからクリスティーナは祈りを捧げて指輪の干渉から解放してやった。
するとユージーンは自分のしたことを完全に思い出して震え上がる。
「ぼ、僕は……僕は……」
指輪の干渉を受けつつも、アイテール帝国で偶然クリスティーナと再会したことで、少しだけ指輪の干渉が緩和され、自らの頭で考えることができるようになった。
だが、まだ心の奥ではこのような状況になったのは、不思議な力が作用していたせいで、自分のせいではないと思う気持ちがあった。
そして、クラスティーナの癒しの力のおかげで今、指輪の干渉を受ける前と後のことを完全に思い出す。
ユージーンは指輪の干渉を受ける前からレイチェルに自ら声を掛けに行っていた。
初めてルーナ王国に行ったあのときに、自分の苦手な人参を食べてくれて、いつか船に乗って違う大陸の文化に触れてみたいと語って「いつか出来たらいいよね」と笑ってくれたあの少女ともう一度話がしたくて。
初恋なんて初めから諦めていたのに、レイチェルの金髪を見たらあの少女のことを思い出してしまい、つい魔が差した。
そして自分に好意を寄せてくれるレイチェルに良い気分になってしまったのだ。
あれは何かの作用が働いてしでかしたことではない。自らの意思でレイチェルに手を出した。
それからどうなったか。クリスティーナは……ルーナ国王は……。
それ以上考えるとユージーンに吐き気が込み上げる。
アレクシスはクリスティーナをユージーンから少し離れた場所に残し、自分だけユージーンの独房に近づいた。
そしてクリスティーナに聞こえない声量でぽそり言う。
「あのレイチェルとかいう女は良い女だったか?」
いいおんな?
そんなわけがあるか。
ルーナ王国が裕福な国でもないのに、頻繁にドレスを買い替え、皆に見せたいから夜会をしろと重ね重ね言ってくる。国政にまで口を出し、国民の負担になるような提案ばかりをしてくる。
それを甘んじて受け入れていたあの頃はどうかしていた。
アレクシスがクリスティーナの許へと戻り両手をクリスティーナの両肩に置く。
「ここは冷える。もう戻ろう」
「ええ……」
そしてクリスティーナはアレクシスの誘導でユージーンに背を向ける。
圧倒的にクリスティーナの方が良い女だった。
賢くて慎ましい。地味に見せた焦茶の髪の下にはあんなに綺麗な銀色を隠し持っていた。
先ほどクリスティーナにしてもらった癒しの力は頭がスッキリしただけでなく心までぽかぽかと暖かくなった。
本当は彼女が自分の妃になるはずだった。だが、彼女にはもう手を伸ばすことができない。そう思ったら暖かくなった心は急激に冷えていく。
ユージーンに背を向けた彼女に待ってくれと叫びたい。だが、声が出ない。
そしてこちらを振り向いたのはアレクシスだけ。
アレクシスは顔だけをユージーンに向けてふっと馬鹿にしたように笑う。
クリスティーナは良い女だろう?
そう嘲笑うかのような表情にユージーンの心は壊れていく。
ユージーンは独房の檻を掴んで「ああああーー!!」と叫び声を上げ続けた。
クリスティーナはそのときすでに独房の外の扉を閉めた向こう側におり、その声は届かなかった。
一方クリスティーナはユージーンとの再会で、初めて涙を流すことなく別れることが出来たな、とホッとしていた。
彼を殺すことはできなかったが、捕らえて幽閉するという決断が出来たので、スッキリしていた。
彼は死ぬことも許されず、働くことも生き甲斐もなく、ただ貧しい食事を摂って、自分のしたことに悔いて生きていく。
今は亡き父王もクリスティーナのこの決断に納得してくれているといいなと思った。
「ところでお前、いつまでもその頭のままで大丈夫なのか?」
銀髪は聖女の証になるので、アレクシスはクリスティーナが銀色の髪を晒し続けることを心配した。
「だって、あんなに盛大にバレてしまったし、今更隠しても仕方がないでしょう?」
「いや、すでに他国にもルーナ王国で聖女が誕生したと話が回っている。また昔のように聖女を取り合って……という事態が起こることも……」
今はランスロットがそばで守ってくれている。
城にいれば、接するのは貴族ばかりで聖女は国を豊かにするとい言い伝えがあるため、皆クリスティーナを大事にし、癒しの力を使わせようとする者はいない。
仮に聖女の力を求めてやって来た人がいても国の英雄であるランスロットが話せば皆、納得して帰っていく。
だが、彼もいつまでもクリスティーナのそばにいるわけにはいかない。
以前、ジョバンニの旅一座のマーサを抗菌薬で助けてやったとき、クリスティーナを聖女だと思い込んだ村人たちが我も我もとクリスティーナに手を伸ばして来て恐怖を感じたことがある。
それが今度は国単位で起こるかもしれない。クリスティーナの背中に寒気が走る。
「お前が私の許にくるというのであれば、徹底的に守ってやるが?」
「それはちょっと……」
クリスティーナにはやらなければならないことがある。アレクシスの許へ行くわけにはいかない。
「何か良い方法ないかしら……?」
「お前、何か情報操作の手段を持っていないか?」
「情報操作……?」
クリスティーナは考え「あっ」と一つ思い付く。
「あるわ……!」




