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23 雨

 深く抉られたアレクシスの胸からは大量に出血して、クリスティーナのいる場所までアレクシスの血液が流れてくる。


「いやよ! アレク! 死んじゃいや!」


 クリスティーナが叫びながらも何度も祈りを捧げ、その度にアレクシスは穏やかな光に包まれる。

 白い顔をしたアレクシスの胸から血が流れ出るだけで、他に何の反応もない。


 そうこうしていると、民衆の一人が斧を持って台の上に上がってくる。

 瞳の色は消え失せ、何かに取り憑かれたようにゆらりと武器を振り上げる。


 クリスティーナは気付かずひたすらアレクシスに祈りを捧げていた。


「姫さん、危ないっ!!」


 鋭い爪を振るう悪鬼の向こう側にクリスティーナを狙う男が見えた。だがランスロットの目の前には悪鬼がいて助けに行くことは出来ない。


 クリスティーナがランスロットの声にハッとしたときにはもう目の前で斧が振り上げられていて逃げるような時間はない。


 殺される。

 そう思って目をギュッと瞑った。



 …………だが、思った衝撃はやってこず、ガキンッと鈍い金属と金属がぶつかる音がした。



「遅くなりました……!」

「ジョアン!!」


 目の前で黒ずくめの衣装を着たジョアンが剣で斧を弾き返してくれた。男が持っていた斧はくるくると回転しながら飛んでいく。


「こっちは私たちが……!」

「ケイト!」


 次々に台に上がってこようとする武器を持った民衆をケイトが薙ぎ払う。


「頼んだぞ!」

「はっ!」


 ジョアンとケイトでクリスティーナに襲い掛かろうとする民衆を台の下へ押し戻していく。だが……


「くっ……すごい数でキリがない……!」


 押し寄せる民衆が多すぎる。

 いつこちらの台に上がって来てもおかしくない。帝国兵も民衆たちを押さえ込むが、次から次へと人が集まってくる。


 さらに遠くから違う兵がやってくる。こんな修羅場に一体どこの兵がやってきたのか。最悪だ。

 そう思ったが、ランスロットは良く聞き慣れた声が聞こえて来てホッとした。


「ランスロットー! ペルシュマン辺境伯軍も加勢するぞ!!」


 兵を引き連れてやって来たのはペルシュマン辺境伯嫡男、ゴドフリー・ペルシュマンだった。


「兄さん!!」

「これ以上国民は広場に入ることができないよう封鎖するぞ!!」


 ゴドフリーの指示で広場の周りに均等に兵を配置され、国民はこれ以上広場に侵入できないように封鎖された。


 そして、クリスティーナは近くでジョアンとケイトに守られて、またアレクシスへの祈りを再開する。


 グサッと悪鬼に剣が当たる。


「よしっ!!」


 ランスロットの剣が悪鬼の脇に命中すると、悪鬼は苦しそうに吠え哮る。

 そして大きな腕を振り回しながら、のたうち回る。


「うわ、危ないっ!!」


 ケイトやジョアンの方にまで近づいていき、二人はすぐに悪鬼から離れる。


 少しの間、のたうち回っていた悪鬼は興奮が落ち着いたのか、突然前を向きジョアンは悪鬼の赤い瞳と目が合った。


「うっ……!」


 ジョアンに嫌な汗が流れる。


 悪鬼はすごい速さでジョアンに駆け寄り、大きな片手でジョアンのことを投げ飛ばす。


「ジョアン!!?」

「ぐぁっ……!」


 ジョアンは勢いよく地面に叩きつけられた。


「ジョアン!!」


 !?

 ケイトが叫ぶと今度はケイトの目が悪鬼の目と合ってしまう。


「い、いやだ……」


 目の前でジョアンが地面に思いっきり叩きつけられる様子を見た。悪鬼が言葉を発することはないが、次はお前の番だ、と赤い目が言っている。

 ケイトは剣を持ってふるふると震えた。


「くそっ!」


 ランスロットがケイトをじっと見ていた悪鬼に後ろから斬りかかる。

 悪鬼の背中にズサッと思いっきりランスロットの剣が入り悪鬼は再び咆哮を上げる。


「お前の相手はこの俺だ!!」


 悪鬼はまた我を忘れたように暴れ回り、地面に落ちていた斧をランスロットに投げつけた。


「くっ……!」


 その斧はランスロットの腕を掠め、ランスロットの腕から血が流れる。

 そしてランスロットは悪鬼と目が合った。


「それでいい。お前は俺が倒す」

「隊長!」

「ケイトは民衆たちを……!」

「はいっ!」


 ランスロットは悪鬼に剣を打ち込んだ。だがやはり悪鬼は簡単には倒れてくれない。

 ことごとく剣を弾き返され、とうとう悪鬼の爪がランスロットの肩に食い込む。


「ぐはっ……!」

「ランス!?」


 ランスの声が聞こえ、クリスティーナは慌てて振り返る。

 ランスロットも悪鬼の攻撃をうけ、肩から血を流していた。


「大丈夫です……!」


 ランスロットは負傷した肩とは反対の手で剣を持ち、悪鬼の攻撃を躱していくが、躱しきれず、ランスロットの腕や身体にどんどんと傷が増えていく。



 また奪われる。

 アレクシスを奪われた。ジョアンも。今度こそランスロットまで奪われてしまう。


 民衆たちはケイトが押さえ込んでくれてはいるが「殺せ、殺せ」と石を投げて叫んでいる。

 ガンッとクリスティーナの顔に石が当たる。

 こめかみに当たって、クリスティーナの頬を血が伝う。もう痛みも感じない。

 

 嫌だ。息苦しい。

 もう前を向いていられない。


「もうやめて……」


 顔を下げて、小さく呟き涙を流す。


 クリスティーナの涙がぽたりと溢れて小さく丸く地面の色を変える。


 するとぽたぽたと次々に雫が溢れて地面の色を変えていく。


「え、?」


 クリスティーナはそんなにたくさんの涙は流していない。顔を上げると、雨が降り始めていた。


 だが、空は異様に明るいし、雨なのにキラキラと光って見える。



「は? なんだ……!?」


 ひたすら剣で悪鬼の攻撃を躱していたランスロットが動きを止める。


 悪鬼となったゼクト公爵が苦しそうな咆哮を上げ、頭を押さえての膝をつく。


 雨がどんどん強くなり、武器を持っていた民衆たちも武器を地面に落として頭を押さえて苦しみ出す。

 そして少しすると「なんだ?」「俺は何を?」と国民はみな瞳に光を取り戻す。



「一体なんなんだ……?」


 ランスロットは呆然と周りを見渡していた。


 民衆は台の方を見て悪魔のような怪物に「なんだあれは!?」と声を上げる。

 そして、禍々しいオーラを発する怪物に民衆たちは震え上がる。


「あ、あくまだ……!」



 光り輝く雨がザーザーと強く降る中、クリスティーナの目の前で血を流して倒れていたアレクシスの手がピクリと動く。


「アレク!?」


 クリスティーナはまた両手を組んで祈りを捧げるとアレクシスは光に包まれ、大きくえぐれていた胸の傷がじわじわと塞がっていく。

 そしてゆっくりと目を開ける。


「アレク!? アレク!!」

「……ああ、聞こえてる」


 静かな声で返事をし、ゆっくりと起き上がる。


「私は助かったんだな……ありがとう、クリスティーナ」

「ああ……! 良かったわ……!」


 またじわりと瞳に涙を馴染ませるクリスティーナの頭をアレクシスがぽんぽんと撫でると、苦しみの咆哮を上げる悪鬼が目に入る。


「ランスロット! ぼさっとするな! チャンスだ、今のうちに討て!!」


 アレクシスはすぐに声を張り上げ、ランスロットはハッとする。


「は、はい!!」



 ランスロットは思いっきり力を込めて悪鬼の胸を突いて、剣で悪鬼を貫いた。グサッと肉を引き裂く音と悪鬼の最期の咆哮が響き渡る。

 そしてグッと剣を引き抜くと、悪鬼はバタリと倒れ込む。


「た、倒した……!」



 悪鬼はもうピクリともしない。

 完全に動かなくなった悪鬼を見て民衆たちは「わーっ」と歓喜の声を上げる。


「姫さん!! 倒した! 倒したぞ!!」

「良かった……! 良かった!!」


 クリスティーナは顔を押さえてぼろぼろと涙を流す。


「英雄様だ!! 英雄様が悪魔を倒したぞ!!」


 民衆の一人が声を上げた。

 すると次々と「英雄、万歳」と言う喜びの声が上がる。


「ジョアン……」


 ケイトが台の上で倒れているジョアンに駆け寄った。

 その様子を見てすぐにクリスティーナもジョアンに駆け寄る。

 そしてジョアンのすぐ横で両手を組んで祈りを捧げた。今ならできる。きっとジョアンは回復する。

 そう自信を持って祈り続けるとジョアンにぽうっと柔らかな光が降り注ぐ。

 同時に雨も上がっていく。


「ケイト……」

「ジョアン!!」


 ジョアンがゆっくり目を開けるとケイトが心配そうな顔で覗き込んでいた。

 悪鬼に地面に叩きつけられた身体はもうどこも痛いところはなく、ジョアンはケイトに支えられながらゆっくりと立ち上がる。


「姫様……ありがとうございます」


 ジョアンはクリスティーナに礼を言う。


 今度は何も失うことはなかった。今度こそ本当に終わりだ。

 そう思ってクリスティーナが息を吐いた。


「姫さん……髪が……!」

「え、?」


 髪がどうしたというのだろう。クリスティーナが自身の短い髪の毛に触れたとき、民衆たちがまた騒ぎ出す。


「すげぇ! 聖女様だ! 聖女様まで現れたぞ!!」

「銀色の髪に紫色の瞳、癒しの力を持っている! 間違いなく聖女様だー!」


 民衆たちが「聖女様、万歳」と沸き立った。一体どういうことだろう。


「クリスティーナ、髪の毛が銀髪になっているぞ」

「えっ……うそ……」


 近づいて来たアレクシスに言われて、横の髪の毛を引っ張って見ると少しだけ目に入る雨で濡れた髪の毛は元の銀色が現れてしまっている。


 民衆たちが「聖女様」「聖女様」と台の下から手を伸ばしてきてクリスティーナの背筋はぞくりとした。


 だが、すぐにランスロットがクリスティーナの前に出る。


「姫様、俺があなたを守ります」


 ランスロットのまっすぐな目にクリスティーナは頷いた。

 そしてごくりと唾を飲み込み覚悟を決める。

 すーっと大きく息を吸い込んでから声を張り上げる。


「皆のもの、良く聞きなさい! 皆を苦しめていた悪魔はこの英雄、ランスロット・ペルシュマンが退治した!」


 クリスティーナがランスロットの剣を持つ腕を取って、剣ごと上に上げさせる。その様子に民衆たちはまた「ワーッ!」と歓喜する。


「それはここにいるアイテール帝国軍の協力があって成し得たこと! ルーナ王国は悪魔退治に協力してくれたアイテール帝国に感謝の意を表する!」


 クリスティーナが跪いて大袈裟にアレクシスに頭を下げる。

 すると民衆たちは「アイテール帝国、万歳」とまた声を張り上げる。


「我々はこれよりアイテール帝国の属国となり、アイテール帝国の傘下にくだる。異論は認めない!!」


 それを聞き「アイテール帝国万歳」と声を上げていた国民たちはザワザワと戸惑いを見せる。


「ルーナ王国の国民の生活と安全はアイテール帝国が保証する! みなの生活が大きく変わることは何もない」


 アレクシスが声を張り上げると「それなら……」と少しずつ民衆たちは譲歩し始める。


「悪魔を倒すことが出来たのはアイテール帝国の協力のお陰だ! 心を悪魔に蝕まれたルーナ国民を誰一人傷つけずに食いとどめてくれたのはここにいるアイテール帝国軍の兵士たちだ! 今自分たちが悪魔の糧にならずにここに立っていられるのはアイテール帝国軍のお陰であることを理解してほしい!」


 ランスロットが叫ぶと「そうだ……」「そうだよな」と皆が共感する。

 そしてザワザワしていた様子が徐々に「アイテール帝国万歳」という声に変わり、しばらくすると先ほど以上に一段と大きな歓喜の声に変わっていった。


「英雄様万歳!」「聖女様万歳!」「アイテール帝国万歳!」と民衆たちは歓声を繰り返した。


 その様子を見てアレクシスは「さすが英雄様だな……」と呟いた。

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