22 悪魔に
「陛下! こちらは武器を持った国民たちでいっぱいです!!」
「くそっ、あれを使うか……!」
アレクシスが何かを投げる。
「耳を押さえろっ!」
「えっ!!?」
クリスティーナとランスロットは慌てて耳を押さえる。
するとアレクシスが投げた何かが人だかりの中で弾けてバーンッとすごい爆発音が鳴り響く。
その爆発音に帝国兵が「急がないと燃え広がるぞー!」と声を上げると皆がわーきゃー叫びながら慌てて逃げ出す。
「ちょ、ちょっと!! あそこには兵士以外の国民もいたのよ!!」
「大丈夫だ。あれは物騒な音がするだけで、音以外なんの効果もない。兵士たちにはわざと煽るようなことを言うよう指示してあるだけで実際に火が出るような物は何もない」
「なるほどね……」
おかげで広場までの道が開けて、三人は急いで広場へ向かった。
広場では台の上でゼクト公爵が演説をしていた。大袈裟に帝国は敵だ、武器を持って今立ち上がれ、と国民に向けて叫んでいる。国民たちもそれを聞いて、異様な熱気に包まれている。
すぐにクリスティーナは広場の台に上がる。
「みんな! ゼクト公爵の話を聞いてはいけないわ!! ちゃんと自分の頭で考えて!! 相手はあなたたちが武器を持って対抗できるような相手ではないのよ!」
「おい! 衛兵! 乱入者を捕えろ!」
ゼクト公爵がすぐに声を上げて兵士たちが台に上がってクリスティーナを捕えようとする。
だが、すぐにランスロットが剣を振ってそれを阻む。
その様子を見てゼクト公爵はふっと笑う。
「誰かと思えば、クリスティーナ王女殿下ではありませんか。そっちの兵士の格好をした男はランスロット・ペルシュマンですな。国を追われた二人が今更何の用ですか? わざわざ再び処刑されにやって来たのでしょうか?」
「ゼクト公爵! もうこんなことはやめて! あなたが黒真珠の指輪を使って皆の精神を干渉しているのはわかっているのよ! このまま指輪を使い続ければ、あなたの魂は悪魔に持っていかれてしまうわ!」
ゼクト公爵はハハハと笑う。
「黒真珠の指輪? 悪魔? 何を言っているんですか? ほら、民たち! ルーナ王国を貧しい国にした元凶! ルーナ国王の娘、クリスティーナ王女が戻ってきた! 処刑すべきだと思う者は私に賛同せよ!!」
ゼクト公爵が両手を広げて大きな声を上げると国民たちが「ワー!」と歓喜の声を上げる。
「痛っ!」
クリスティーナは突然石を投げつけられた。
「お前たちのせいで俺たちは貧しいんだ!」
民衆の一人が声を上げると「そうだ、そうだ!」とまた石が飛んでくる。
「違うわ! 父も私も冤罪よ!」
少なくとも王都の国民たちは綺麗な服を来ているし、食べるものに困っている様子もない。ゼクト公爵に貧しい国という先入観を植え付けられているだけで、本当に貧しいというものがどういうことかわかっていない。
「帳簿ではあなたと国王が湯水のように血税を使っていたという記録があったではありませんか? 冤罪だという証拠はあるのですか?」
「……」
クリスティーナが石を投げつけられながら、ギュッと拳を握りしめる。
「証拠ならある」
!?
広場の台に上がって来たのはアレクシスだった。
「誰ですか? あなたは……?」
「ゼクト公爵とは初めましてになるのか? 私はアイテール帝国皇帝、アレクシス・ハーパー・アイテール」
「アイテール皇帝!!?」
ゼクト公爵が大きく目を見開く。
「おい! 敵国の大将だ! 早く首を取れ!!」
台の上にさらに兵士が上がって来て、アレクシスは大剣を振る。
わざとゼクト公爵の目の前でギリギリ当たらない距離で振りかぶり、ゼクト公爵は「ヒィ」と小さく声を上げる。
「とりあえず、黙って話を聞け」
圧を感じる言い方と行動にゼクト公爵は命の危険を感じ顔を青くした。
「連れてこい!」
アレクシスの合図で三人の男たちが台の上に上がってくる。
ルーナ王国の貴族たち。みな王宮で文官をしている者たちだ。
つい最近見た三人にクリスティーナはもしやと思う。
「お前たち、国庫の帳簿管理でここ一年違和感のあったことを話せ」
「は、はい……! ここ一年、ありもしない架空の支出を立てるようにゼクト公爵から指示があり、ルーナ国王とクリスティーナ王女の名義で支出の帳簿をつけておりました。そしてその際出金した金はゼクト公爵に渡すように指示を受けておりました」
「なっ……!」
ゼクト公爵は予想外の発言に顔を真っ赤にした。
「そんなものはでまかせだ!!」
「いえ……私も同じように指示を受けておりました!」
もう一人の男が反論する。
「こんなのダメなことだとはわかっていたんです。でも、ゼクト公爵から直接言われるとなぜだか逆らえなくて、それが当たり前のことのように思えてしまったのです」
また別の男が説明した。
「すでに三人の証言が集まったな。探せばもっと証言が出てくるんじゃないか?」
アレクシスがニヤリと笑う。
集まっていた民衆たちはザワザワとし始め、石を投げる手を止める。
一気に風向きが変わってクリスティーナは驚いた。
「皆のもの! こんな話は聞く耳を持つな!! お前たちは私の言う話を聞いていれば良い!! クリスティーナ王女はアイテール皇帝に取り入って、我が国を売ろうとしている! そんなことは許してはならない!」
ゼクト公爵が叫ぶと、つい先程までザワザワとしていたのにすぐに民衆たちは「そうだそうだ」とまた騒ぎ出す。
「クリスティーナ! まずいぞ! 国民みなが、指輪の干渉を受けている!」
また民衆たちが石を投げ始める。
「この人たちみたいに癒しの力で元に戻るかしら……?」
この人たちというのは台の上に上がって来た三人の貴族男性のこと。彼らは以前野営地でアレクシスに呼び出されて癒しの力をかけた者たちだった。
あのときはアレクシスの私欲のためにクリスティーナの聖女の力を利用されたと思い込んでいたが、あれはクリスティーナの冤罪を晴らすために、指輪の精神干渉が癒しの力で元に戻るかを確かめてくれていただけだった。
何の目的があったのか、ちゃんと聞けば良かったのだが、あのときはただクリスティーナの力を利用された気分になって聞けなかった。
「たぶん、この者たちと症状は同じだから、癒しの力で元に戻るとは思うが、これだけの人数がいて出来るのか?」
「わからない……でも、やるしかないわ……!」
クリスティーナが両手を組んで祈りを捧げると、クリスティーナから一番近くにいる民衆の一列だけは穏やかな光が降り注ぐ。
だが、すぐにゼクト公爵が叫ぶ。
「クリスティーナ王女を捕えよ! アイテール皇帝も捕まえるんだ!」
ゼクト公爵が叫ぶとたった今癒しの力を注いだ者たちも、武器を持ってクリスティーナとアレクシスに襲い掛かろうとする。
「姫さん!」
すぐにランスロットがクリスティーナの前に出て剣を振って民衆を遠ざける。
「さっきの……後でどういうことか説明してくださいよ」
ランスロットはアレクシスとクリスティーナの話についていけず、祈りを捧げ光が降り注ぐ様子を驚いた顔で見ていた。
「ええ……! とりあえずここを切り抜けてから……」
クリスティーナは必死でまた祈りを捧げるが、ゼクト公爵が「クリスティーナ王女を捕まえろ」「アイテール皇帝を捕まえろ」と何度も叫ぶ。
アレクシスも大剣を振り回して民衆を遠ざける。
「クリスティーナ! ゼクト公爵はいよいよまずいかもしれないぞ!!」
アレクシスに言われてゼクト公爵を見ると、ゼクト公爵のいつもの青色の瞳が赤色に変わっている。
ゼクト公爵の周りからは禍々しいオーラが溢れている。
「ゼクト公爵!! もうやめて! 本当に悪魔に魂を奪われて、あなたの自我がなくなってしまうわ!!」
だがゼクト公爵の目は完全に色が変わり、もうどこを見ているのかもわからないようになっている。
「ゼクト公爵! ゼクト公爵!!」
急にゼクト公爵の目がカッと見開き身体が変化を始める。
痩せた体をしていたゼクト公爵が二回り以上大きな体になり、頭から角が生えている。顔は人の顔とは言えない鬼のような顔をしている。
クリスティーナはゼクト公爵にも祈りを捧げるが、悪鬼のように変化したゼクト公爵にはクリスティーナの祈りは通用しない。
それどころか、太い腕に大きな爪を持ったゼクト公爵が、クリスティーナに向けて腕を振り下ろして来た。
「姫さん危ない!!」
ランスロットがクリスティーナを抱いて急いで転がり避ける。
ゼクト公爵の爪は地面を深くえぐり削っており、明らかに人とは違う異常な力に、ランスロットもクリスティーナも目を見開く。
なんとか避けられたが、まだランスロットとクリスティーナが転がった状態のままで、悪鬼となったゼクト公爵が再び爪を立てて襲いかかる。
「ちっ……! 私が相手だ!」
クリスティーナとランスロットの前に出たのはアレクシスだった。
爪を立てて向かってくる悪鬼を大剣で押さえ込み押し返す。そして悪鬼に向けて大剣を振り、悪鬼の胸に直撃した。
「よし……!」
「アレク!」
だがしかし、悪鬼は耳を劈くような咆哮を上げてアレクシスに反撃する。
悪鬼はすごい形相でアレクシスへ襲い掛かり、鋭い爪を振りかぶった。アレクシスは大剣で押さえるが、すごい威力に弾き飛ばされ、悪鬼の鋭い爪はアレクシスの防具を貫き、胸をえぐる。そしてアレクシスは台の端まで飛ばされる。
アレクシスは胸から血を流して倒れ込む。
「いやー!! アレク! アレク!」
クリスティーナは青ざめて叫び声をあげる。
「くそっ!」
再び襲い掛かろうとしてくる悪鬼をランスロットが剣でなんとか食い止める。
その間にクリスティーナは急いでアレクシスに駆け寄った。
「アレク! アレク……! 今、治すから……!」
クリスティーナが祈りを捧げ、アレクシスに穏やかな光が降り注ぐがアレクシスは反応しない。
「うそ……! やだっ、やめて……お願い! 死なないでっ!!」
クリスティーナの後ろでは必死にランスロットが悪鬼と戦うが、攻撃をくらわないようにするのに精一杯で、どんどんと追い詰められている。
そして帝国兵は悪鬼の存在に恐怖を感じているのに、国民たちは「もっとやれ」と叫ぶ者、武器を持って帝国兵に襲いかかる者とおり、帝国兵は悪鬼に怯えながらも必死に国民たちを食い止め、辺りは大混乱を巻き起こしていた。




