19 夜の作業
大丈夫。アレクシスに抱かれたからといって、ランスロットとの関係が変わるわけではない。
そもそもクリスティーナとランスロットは結婚して良いような関係ではなく、たとえ想い合っていたとしても結ばれることはない。
恋心を抱いていてもそれは心の奥に仕舞い込んでおくものだ。
アレクシスに抱かれたことなどわざわざランスロットに言うことでもないし、今までと同じようにしていれば問題ない。
そう思っていたのだが、ランスロットと少し気まずい。
ランスロットへの想いを自覚して気恥ずかしい気持ちもある。だが、そんな想いの中アレクシスに抱かれた後ろめたさもある。
そしてなぜかランスロットもクリスティーナに対してぎこちない。
いつも少し離れようものなら絶対にくっついてくるはずなのに……
「ランス、私ちょっとやりたい作業があるから今夜は先に休んでて」
「どこへ行かれるんです?」
「すぐ向こうのテントよ。アレクに頼んで用意してもらったの……」
クリスティーナがテントの入り口の布をめくって向こうを指差す。
「わかりました。くれぐれもお気をつけて」
「うん……」
ランスは衝立の向こうに用意した寝床へと向かう。
クリスティーナはアレクシスに何度も呼ばれ軍議を重ね、帝国軍の中では皇帝お気に入りの軍師という立場が出来上がっているため、クリスティーナに何かしようという兵士はいない。
クリスティーナは一人作業をするためテントへ向かった。
そして深夜、クリスティーナはテントへ戻る。
男装しているクリスティーナは衝立で隔てて、ランスロットと同じテントで寝起きしている。
物音でクリスティーナがテントへ戻ってきたことはわかる。
翌日も帝国軍は王都に向かって進軍した。そしてまたその日の夜もクリスティーナはアレクシスに用意してもらったというテントへ向かっていった。
もうあと一週間もすれば王都へ着いて王城へ攻め入ろうという時期なのに、こんな夜中までクリスティーナはアレクシスの用意したテントに何をしに行っているのか。
イライラするが、本人に確認する勇気もない。
「ランス……起きてる?」
深夜遅くに衝立の向こうからクリスティーナの声がした。
だが、ランスロットは寝たふりをした。
「主人よりも先に寝るなんてダメな護衛」
クリスティーナはふふっと笑って横になる。
本当にランスロットが助かって良かった。
クリスティーナは先ほどある作業をしている途中、アレクシスに呼び出された。
「クリスティーナ。お前、聖女の力は自在に使えるのか?」
「…………わからないわ」
その応えにアレクシスは眉根を寄せる。
ランスロットを助けようとしたとき、願いを込めて祈りを捧げたが毒を受けたランスロットに変化はなかった。無理なのかと涙を流したらランスロットは助かった。
「ふん、試してみるか」
アレクシスはそう言って、短剣を取り出し自身の左手の甲をシュッと刃を突き立てた。
「え、?」
かなり深く刺したのかアレクシスの手の甲からプシュッと血が噴き出てくる。
「え、何してるの!?」
クリスティーナは慌てて手巾を取り出し、アレクシスの手の甲を強く押さえる。
「力を使ってみろ。この傷が治せるか?」
――こんな自分を傷つけるような方法で力を使えるか試すなんて……!
クリスティーナはアレクシスを見上げて睨みつける。
「わかったわ」
クリスティーナはアレクシスの手から手を離し、両手を組んで祈りを捧げた。
身体から温かな感覚が込み上げて、ぽうっと穏やかな光がアレクシスの手の甲に降り注ぐ。
そして、血が噴き出ていた手の甲の傷がじわじわと癒えていく。
「ほう……!」
「できたわ!」
ランスロットのときには自在に扱えなかったが、今回は出来た。
クリスティーナが嬉しそうにしてアレクシスを見上げると、アレクシスもよくやった、と微笑みを向けてくれてた。
至近距離で目が合ってドキリとしてクリスティーナは目を逸らす。
そしてすぐにアレクシスはヴィクターを呼ぶ。
「ヴィクター、あの者たちを連れてこい」
「はい」
ヴィクターは三人の男たちを連れてきた。
服装は貴族のようだが、顔は目隠しがしてあって誰だかわからない。手首を拘束された男たち。
何のつもりだろうか。クリスティーナは警戒する。
「この者たちにも先ほどのように癒しの力を使ってみろ」
「え?」
この人たちは怪我でもしているのだろうか。ヴィクターの誘導に従って、普通に歩いているようにも見えたし、パッと見でわかるような傷もない。
クリスティーナが戸惑っているとアレクシスは「いいからやってみろ」と言う。
「わ、わかったわ……」
アレクシスの意図がわからないが、クリスティーナは両手を組んで祈りを捧げ、穏やかな光が三人の男に降り注ぐ。
男たちに特に変化は見られず成功したかはわからない。
戸惑いながらアレクシスの顔を見ると、今度は無表情で「それでいい」と言う。
「ヴィクター、連れていって確認しろ」
「はい」
ヴィクターは三人の男を連れて出ていった。
一体なんだったのか。
「クリスティーナも戻っていいぞ」
そう言われ、クリスティーナは無言で作業に戻る。
先ほどの行為にどういう意図があったのか、本当であればアレクシスに聞く必要がある。
癒しの力を使うのは自分なのだから、自分は聞く権利があるはずだ。
だが、クリスティーナはそれをしなかった。
アレクシスに聖女の力を求められて呼び出されたことが哀しかった。どういうことか確認できないくらいに傷ついていた。
アレクシスはクリスティーナのことを好きだ、愛している、と言っていた。だが、目的は聖女の力だった。
――やっぱり私を手に入れて利用しようと思っていたのね……
クリスティーナは瞳に涙を滲ませ黙々と作業をした。そしてその日は遅くまで作業をしてからテントに戻った。
「ランス……お前だけは私が何者でも変わらず側にいてくれるかしら……」
そう呟いて眠りについた。
◇
日中は一日一回の休憩を挟んで王都へ向かって進軍する。
ランスロットはクリスティーナのそばに付いているが、極力クリスティーナの方を見ないようにしていた。
毎夜クリスティーナは別のテントへ行く。クリスティーナのことを見て、また先日のように不意に赤い痕を見つけてしまうのが嫌だった。
昼の休憩のときだった。ランスロットはクリスティーナより先に馬を降りて座る場所を用意しようとした。
「あぶないっ!」
それはアレクシスの声だった。
声のする方を見ると落馬しそうになったクリスティーナをアレクシスが受け止めて抱きかかえていた。
しっかりと横抱きに受け止められたクリスティーナはアレクシスに「ごめんなさい」と謝った。
「だ、大丈夫ですか!!?」
ランスロットは慌ててクリスティーナに駆け寄った。
「大丈夫……アレクが助けてくれたから」
「気をつけろ。お前も、護衛ならちゃんと見ておけ」
アレクシスに注意されてランスロットはブワッと顔を赤くして俯き「すみません」と謝った。
自分の不注意で主人が怪我をするところだった。
それをアレクシスに指摘されて、最悪な気分だった。
「私が悪いのだからランスを責めないで……本当にごめんなさい。少し寝不足で……」
「無理しすぎるな、こんなに手も荒れて……」
――手?
アレクシスがクリスティーナを腕から降ろし、立たせてから手を掴む。二人の距離感に目を背けたくなるが、アレクシスが掴むクリスティーナの手は本当にすごく荒れていて、赤い線がいくつも入っていた。クリスティーナの手は、この生活をするようになってから多少荒れてはいたがこれほどまでに酷い状態ではなかった。
クリスティーナは夜な夜な何をしているのか。
「そうね、みんなに迷惑をかけるのは間違っていると思うから、作業時間は考えるようにするわ」
「そうしろ」
クリスティーナは昨夜、アレクシスに利用されたのが哀しくて作業に夢中になることで自分の気持ちを誤魔化した。そして寝不足でふらついて、馬から降りようとした際、足を踏み外して落馬しそうになった。
こんなことではいけないと気を引き締める。
「ランスも心配かけてごめんなさいね」
「い、いえ……」
そしてその夜クリスティーナはまた作業をしたいからとテントを出る。
「ひ、姫様! お、俺も……」
ついて行っても良いかと聞こうとするが、もし断られアレクシスと密会でもしていたら立ち直れないかもしれない。続きの言葉が出てこず口籠る。
「なに? お前も手伝ってくれるの?」
「え、? あ、はい……」
何を手伝えと?
ランスロットはクリスティーナについて向こうに建てられた小さなテントへ入る。
いくつかの荷がまとめてあって、クリスティーナは荷を解く前に布を顔に巻いて鼻と口を覆う。
「ランスもして」
クリスティーナに布を渡されランスロットも同じようにした。
そしてクリスティーナは荷を解いて広げていく。
草?
クリスティーナは乾燥させた薬草を取り出す。
そしてテキパキと蒸留器を用意して水と薬草をセットする。そしてランプに火を灯して、水を熱する。
「これは……?」
「ラーリ草よ。眠り薬の素になるの。二日前の野営地に大量に群生していたから採取したの」
「なんで……?」
なぜクリスティーナは眠り薬など作ろうとしているのか。
「アレクには武力で制圧できるからいらないって言われたけど、ルーナの兵でもできるだけ傷つけたくないの」
アレクシスには甘いと言われたが、前の戦で自国の兵士が鷲に襲われる様子を見るのは辛かった。だから眠り薬を上手く使って切り抜けたい。
アレクシスは結局好きにしろと言って、クリスティーナに作業用のテントを用意してくれた。
クリスティーナは薬草を蒸留する間に、生の薬草を入れてある袋を取り出し、素手でプチプチと丁寧に根を外していく。
この作業をしていたから手が荒れていたのか。
ランスロットは変な思い込みをしていた自分を恥じる。
「俺も手伝います」
ランスロットはクリスティーナの隣で、クリスティーナの手つきを見ながら同じようにする。
クリスティーナは出来るだけ国民を傷つけずに自国を取り戻すため、前を向いていた。
なのに自分は何を考えていたのだろうか。
クリスティーナの目指すところがたとえ地獄であってもついていくと誓ったではないか。
クリスティーナとアレクシスのことは気になるが、今はそんなことを考えている場合ではない。
その晩からランスロットは毎晩クリスティーナとともに眠り薬を精製した。




