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18 二人の間に何があったのか

 クリスティーナは救護班のテントへ急いだ。

 もう夜更けといった時刻になっており、救護班のメンバーはルドシアンの毒を受けたランスロットに出来ることがないとわかると、ランスロットの眠る寝台の向こうに衝立を置き寝床を用意して皆、眠りについていた。



「ランスロット……」


 ランスロットの眠る真横で皆を起こさないよう小さくランスロットに声をかけた。

 だが、ランスロットの返事はなく。青白い顔をしたまましっかり目を瞑って眠っている。


 クリスティーナは身体の血の流れに集中した。


 ――お願い、ランスロットを助けて……!


 手を組んで祈りを捧げる。


 身体から温かな感覚が込み上げて、ぽうっと穏やかな光がランスロットに降り注ぐ。


「できた……!」


 数秒目の前が光り、光が消えてからクリスティーナはランスロットの顔を覗き込んだ。

 だが、ランスロットの顔色は変わらず青白い。手首を触っても弱い脈しか感じられない。


「なんで……?」


 間違いなく聖女の力は覚醒しているはず。今までになかった力を感じる。

 クリスティーナは再び同じようにしてみるが……


「できない……」


 ランスロットはしっかりと目を瞑ったまま変わらない。


「ねぇ、起きて!! ランス!?」


 クリスティーナはランスロットを揺さぶった。

 それでもランスロットは反応しない。


 ──姫さん!


 ランスロットがクリスティーナを呼ぶ声を思い出してクリスティーナは涙した。


「ランス……お願い! 死なないで……」


 クリスティーナの雫がぽたりとランスロットの手に落ちた。


 そのとき再び温かな光がランスロットを包み込む。


「えっ……!?」


 青白かったランスロットの顔にゆっくりと色が戻っていく。


「ランス……!」


 ランスロットはまだ目を閉じているが、すーすーと穏やかな寝息が聞こえてくる。今はただ普通に眠っているように見える。

 毒を受け変色していた腕の傷は消えている。


「良かった……! 良かった……ランス……」



 そこでクリスティーナに急激な眠気が襲い、ランスロットの寝台に突っ伏して眠ってしまった。



     ◇



「──さま、姫様っ……!」


 クリスティーナはハッとして起きる。


「っ……!」

「姫様」


 ランスロットが寝台の上で身を起こしていた。


「ランス!」


 クリスティーナはランスロットの顔や身体をペタペタと触る。


「もう、大丈夫なの!? ねえ、痛いところは? 気持ち悪かったりしない?」

「ちょ……姫さん……!」


 クリスティーナの顔が近くてランスロットは赤くなる。ペタペタと触ってくるクリスティーナの両手を掴んで膝の上に置く。


「姫様……大丈夫です。心配かけてすみません」

「良かった……! 本当に良かったわ。お前が死んでしまったらと思って……」


 クリスティーナは声を震わせて喜びの涙を流す。


「もう、姫様、リクウールの毒くらいで大袈裟ですよ」

「は?」


 リクウール?


 リクウールという毒を持つ植物は存在する。その毒は一時的に身体を昏睡状態にさせるもの。毒の回りは早いが回復も早い。


 だが、ランスロットが受けた毒はリクウールではなく確実に死に至らしめる猛毒のルドシアンだ。


「ランスロットが受けた毒はリクウールの毒だった。セドリック王子が嘘をついていたと吐いた。どうやら混乱を招くつもりだったらしい」


 そう説明するのは救護班のテントへやってきたアレクシス。


「ア、アレク……?」


 セドリックが嘘をついていたとはどういうことだろうか。


「クリスティーナ、次の野営地のことで相談がある、良いだろうか?」

「わ、わかったわ。ランスは休んでいて」


 アレクシスはクリスティーナを連れて救護班のテントを出てて、テントから離れた人気のないところへ連れていく。

 クリスティーナの方から尋ねた。


「セドリック王子はランスロットに与えた毒は本当にルドシアンではなくリクウールだと言ったの?」

「いいや?」

「えっ? どういうこと?」


 嘘をついたのはアレクシスの方だった。


「そうでも言わないと、ランスロットがルドシアンの猛毒から一夜で復活を遂げたなんて、他のやつにどう説明するんだ? 自分が聖女で癒しの力を使ってランスロットを助けたと言うつもりか?」

「それは……」


 クリスティーナは下を向く。


「ランスロットは良い。お前が言いたければ真実を伝えろ。どうせあいつはお前が何者であろうと、大切な姫だから今までと変わらず守ってくれると思う。だが他のやつらはお前が聖女だと知ったらどうなるだろうか? 情報が流れて他国へ知れたら?」


 クリスティーナはふと、風邪で熱が続いていたジョバンニの旅一座のマーサを助けたときのことを思い出した。

 あれはただ、泥水を濾過してマーサに抗菌薬を与えただけなのに、村人たちがクリスティーナのことを聖女だと祭り上げ、村人に腕を掴まれて鳥肌がたった。聖女を求めて我も我もと村人たちの手が伸びてくるのは恐怖だった。


 クリスティーナが聖女であるということが知れれば、きっとまた同じことが起こる。いや、聖女の力を求めて国と国との争いが起こるかもしれない。


 クリスティーナはそれを想像し戦慄した。


「あなたは……」


 クリスティーナが聖女であるということは、アレクシスのみが知る。


「私は誰にも言うつもりはない。どうせならお前のことを独り占めしたいからな」


 アレクシスはふわりと笑ってクリスティーナの頬に優しく触れた。


 それは昨夜の情交を思い出してしまう距離。

 クリスティーナはドキリとし、顔を赤くしてしまう。


「身体は辛くないか?」

「へ、平気……」

「そうか。なら良かった」


 甘い声で心配されてクリスティーナは平静を装うのに必死だった。


「お前も不用意に力を使うようなことはするなよ。聖女であることが知られれば危険が増える」


 クリスティーナは慌ててプイッと向こうを向く。


「そうね。誤魔化してくれてありがとう。ランスのところへ戻るわ」

「一時間後には次の野営地へ向かって出発するから、準備をしておけ」

「わかったわ」


 クリスティーナは救護班のテントへ戻っていく。



「──姫さん……」


 遠くからその様子を見ていたランスロットはクリスティーナがこちらへ向かってきたので、テントの中へと戻った。

 毒を受けた身体は一時期あんなに辛かったのに、もうすっかり元通りだった。

 進軍の進路のことや土地柄については自分もそれなりにわかる。ジョアンやケイトを使って情報を仕入れることもできるので、クリスティーナを助けるつもりで追いかけた。


 だが、二人が向かったのは軍議をする天幕とは別の場所。

 明らかに人目を避けた様子だったので、ランスロットは声をかけることをやめ、こっそりと様子を覗いた。


 距離があって話し声は聞こえない。

 だが、二人の距離が近い。

 アレクシスがクリスティーナの頬をスルッと撫でて、ランスロットは小さく「あっ」と声を上げて目を瞠る。クリスティーナはそれを避けることも嫌悪を見せることもしていなかった。むしろ赤くなって恥じらうような女性らしい素振りに見えてショックを受けた。


 自分が寝込んでいた昨夜、二人の間に一体何があったのか。



     ◇



「どうしたの、ランス? やっぱり調子が悪いなら荷馬車の方に乗せてもらう?」


 遠くを見て考えながら馬に乗っているとクリスティーナに声をかけられた。


「いえ、大丈夫です」


 気になるならいっそ本人に聞けば良い。

 もしかしたら、あの様子はたまたま頬に付いた汚れを取ってもらっていただけかも知れない。


「あの……姫様……」

「なに?」


 クリスティーナが返事をしたときフワッと風が吹き、クリスティーナの短い髪が風に乗る。


「っ……!」


 白いうなじが露わになって、ランスロットは顔が引き攣る。

 そのうなじにうっすらと見える赤い痕。

 普通にしていれば髪に隠れて見えないような場所だった。色も濃くはない。一日も経てば消えるような痕だろう。

 誰が付けた痕か。何をしてそんな痕が付いたのか。


 見えやすいところに濃く付けられたものでないことが余計に写実的で、隠すような二人の関係性を表しているように見えてしまう。


「どうしたの?」


 クリスティーナが首を傾げる。風が止んでもう何も見えない。


「いえ……なんでも、ありません……」

「そう?」


 クリスティーナは向こうのほうにアレクシスを見つける。


「あ、アレク! 少し良い? 次の野営地なんだけど──」


 クリスティーナはアレクシスに追いつくように馬を早めて話しかけに行った。



 ランスロットは二人が会話する様子を遠くから眺めることしか出来なかった。

しばらく不定期で更新します。

お読みいただきありがとうございました。

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