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11 髪を切る

 ランスロットは複雑な生い立ちのせいで幼い頃から辺境伯領からわざわざ王宮に来ることが多かった。

 養父が国王に用事があると中庭に残されて、時間を潰していた。

 そのときにクリスティーナとは出会った。


「聞いて! ランス! 王子様に出会ったの! 白馬には乗っていなかったけど、本物の王子様だったわ」

「へぇー、初恋か?」

「そうかもっ!」


 クリスティーナはユージーンとの出会いを嬉しそうにランスロットに話し、ランスロットは優しく話を聞いてやった。


 王国のお姫様。初めはそれなりに敬意を持って接していたが、頻繁に会うにつれ、三歳年下のクリスティーナを妹のように思うようになる。


 幼い頃のクリスティーナは色素が薄く、ランスロットと色味が似ており、親近感を感じていた。

 ランスロットはダークブロンドに水色の瞳。

 クリスティーナは今では焦茶の髪だが、昔はくすんだ金色の髪をしており、成長と共に髪色が濃くなった。瞳の色も幼い頃は水色で徐々に赤みが現れ、今では綺麗な紫色の瞳となった。



 クリスティーナが十二歳を過ぎると、クリスティーナの結婚相手についての話が上がる。国内の高位貴族の子息が有力な候補だった。


「初恋は叶わないって本当ね」

「仕方ないさ、初恋の相手は隣国の王子様なんだろ? 陛下はきっと姫さんにぴったりな優しい貴公子を選んでくれるさ」


 不貞腐れるようにそう言うクリスティーナに何度もそうやって慰めた。


 だが、結局クリスティーナが婚約した相手は隣国の王子でクリスティーナの初恋の相手だった。



     ◇



 ランスロットが初めてユージーンに会ったのは、クリスティーナの婚約前の顔合わせで護衛として付き添った時だった。


「初めまして、クリスティーナ王女」


 ユージーンが柔らかくそう挨拶するものだから、ハラハラとした心地でクリスティーナを見た。

 だが、クリスティーナも笑顔で「初めまして」と挨拶をしており、とりあえず傷ついた様子は見えなくてホッとした。


「王子様に十年前の出会いの話、しなくてよかったんですか?」

「別に良いわ」


 無表情でそう言うから、初恋の人に出会いの出来事を忘れられて不貞腐れているのかと思った。だが、次の瞬間クリスティーナは恥ずかしそうに笑った。


「だってそんな忘れられてしまった思い出よりも、これから二人でもっと素敵な思い出を作ることが出来るのでしょう?」


 その恥ずかしそうに笑う顔が可愛くて、こんな顔を向けてもらえるユージーンに嫉妬した。

 ずっと妹のように思ってきたのに、最悪なタイミングで自分の恋心を自覚した。


 相手は一国の姫。しかも隣国の王子と婚約を結んだばかり。

 辺境伯家次男の自分が敵うような相手ではない。


 ランスロットは自身の気持ちに蓋をして、少し離れた場所から二人のやり取りを眺めて護衛をした。


 クリスティーナとユージーンは良い関係のように見えた。

 ユージーンの提案で定期的に会う機会を設けていたし、国政について議論して、ユージーンが笑うとクリスティーナも嬉しそうに笑っていた。

 それを見てランスロットは胸がツキリと痛んだ。

 二人を見るのが辛ければ、配置換えを願い出ることも出来たのだが、やはりクリスティーナのことは自分が守りたくて、胸の痛みに気付かないふりをしてクリスティーナの護衛を続けた。



 ユージーンとクリスティーナが婚約して二年が過ぎ、クリスティーナは十八歳を迎え、ますます美しさに磨きをかけた。

 そして二人の婚約披露の夜会で護衛をしているときだった。


「っ……!」


 一瞬クリスティーナが傷付いた顔をした。

 すぐ次の瞬間には平気な顔をして隣に立つユージーンに話しかけているが、間違いなく傷付いている。

 原因は何か。

 ユージーンの視線の先をみてすぐに理解した。


 目を見開いている彼の視線の先には公爵令嬢のレイチェル・ゼクトがいた。


 ランスロットはギリッと歯を食いしばる。


 クリスティーナという美しい姫を隣に置いて、他の女に気を取られるなど最悪だ。

 そのときからユージーンには嫌悪を覚えたが、ユージーンがさっそくあからさまにレイチェルと交流を持つということはなかった。


 今まで通りクリスティーナと過ごし、今まで通り国王から公務の引き継ぎを受け、今まで通りクリスティーナの婚約者としての立場を過ごしていたように見えた。


 だが、それから半年を過ぎた頃から徐々にクリスティーナと会う機会が減ってくる。代わりに見かけるようになったレイチェルとユージーンが笑い合う姿。


「ローヴァン大公。姫様を蔑ろにするようなことはおやめください」


 一度だけ進言した。


「レイチェル嬢とは別になにもないよ。それにしても、護衛が立場も弁えずにそんな発言をするなんてね。クリスティーナに申し入れする必要があるかな」

「なっ……!」


 クリスティーナに迷惑をかけたくない。


「申し訳ございませんでした」


 ぐっと堪えて謝罪した。



 そしてそれからさらに半年、明らかに雲行きが怪しくなる。


 ユージーンが堂々とレイチェルを連れて歩くようになり、それをクリスティーナが咎めるとクリスティーナが悪者にされる。

 そのときのレイチェルの勝ち誇った顔に腹が立って「姫様の前で不敬ですよ」と声を上げるとレイチェルは泣きそうな顔でユージーンに縋りつき、さらにクリスティーナが悪者にされた。

 他の貴族たちもユージーンとレイチェルらを味方するようなことばかり言う。


 どう考えてもユージーンとレイチェルの関係がおかしいのにクリスティーナが責められていて、みんな頭がおかしいのではないかと何度も思った。

 だが、何かを言うたびクリスティーナが悪者にされていくので何も言えなくなっていった。


 そしてとうとうルーナ国王とクリスティーナが革命軍という名のユージーン率いるゼクト公爵が作り上げた組織に捕まり、あの悲劇が起こった。



     ◇



「姫様……本当にこんなに切っちゃって良いんですか?」

「ええ、思いっきりいってちょうだい」


 裏路地から宿屋へ戻り、変なところから切ってしまった髪をランスロットに整えてもらうことにした。



「ああ……! 姫様の髪が……!」


 ザクザクとナイフでクリスティーナの髪の毛を切り落としながらランスロットが嘆く。


 ランスロットは緩く波打つクリスティーナの長い髪が好きだった。


「こんな……男みたいな……!」


 ランスロットに肩口で髪の毛を切り揃えてもらおうとしていたが、その一言でクリスティーナの気が変わる。


「うん……そうね……! どうせならそれくらいした方が都合が良いかも!」


 クリスティーナのキラキラとした目に、ランスロットは失言をしたと嫌な汗を流す。



「い、嫌だ! 俺にはできない!!」

「いいからやりなさいよ!」

「む、無理だ!」

「お前が出来ないならいいわよ、自分でやるから」


 クリスティーナはランスロットからナイフを奪う。そして躊躇うことなく耳の横の髪の毛を掴んでザクッと切り落とす。


「あっ……切りすぎちゃったかも……! まっいっか!」

「うわぁぁっ! ひ、姫さん! 俺が切るから、やめてくれー!!」


 クリスティーナにやらせると髪が全部なくなってしまいそうだ。

 ランスロットは嫌々クリスティーナの髪をさらに短く切った。


 手鏡を見て笑って見せる。


「うん、お前なかなか上手じゃない」

「長期の軍事演習なんかじゃ、団員同士で髪切りあったりしてたんで……」


 はぁーと哀愁漂う深いため息を吐きながらランスロットは応える。

 鏡に写るクリスティーナの髪は男がするような短い髪になってしまった。

 ランスロットは悲しんでいるが、クリスティーナはスッキリとした気持ちになる。


「ねぇ、この髪型に似合う服を買いに行きたいわ! ランスロット、お金貸して!」


 嬉しそうに上目遣いでおねだりされた。髪が男のように短くなってもランスロットから見たクリスティーナの可愛らしさは変わらなかった。


 わかった。せめてとびきりに可愛い服を買ってやろう! そう思って張り切って服を買いに行ったのに……


「どう? ランス、似合う?」

「ティナ様は何着ても似合ってますよ……」

「もう! 全然見てくれてないじゃない!」


 ランスロットの投げやりな返事にクリスティーナは文句を言う。


「やっぱり詰襟の方が喉元を隠しやすいから、こっちにしようかな」

「はいはい、そちらもお似合いでしたよ」

「もう!」


 クリスティーナは怒るが仕方がないと思う。なぜならクリスティーナが選ぶ服は全部男物で、クリスティーナは男装をしている。


 いや。追っ手の目を誤魔化すためにも王女のクリスティーナが髪を短くし、男装をするというのは理に適っているとは思う。

 頭ではそう理解ができるのだが……だが、やはりランスロットはクリスティーナは王女のままでいて欲しかった。


 長い髪を靡かせて、王女らしいドレスを着て、護衛の自分に守られる日々を過ごしてほしい。

 だが、クリスティーナは髪を短くし、男物の服を着て、自ら剣を持って馬に乗る。



「ほら、ランス……どうしたの? もうこの国には用はないから、さっさと帰りましょう?」


 今も馬の上から声をかけられた。


「あ、はい……! そうですね」


 そして二人はアイテール帝国をあとにした。

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